彼女達の役割

 食後にはまた別室に案内され、大人達には酒が用意され、子供達とレイにはお茶とお菓子が用意された。

 しばらくお菓子を楽しんだ三人だったが、ライナーが、ちょっと教えてくださいと神妙な顔で、最近買ってもらったのだと言う大きな天体盤を持ってきたのでレイは驚いた。

「いつも父上が合わせてくれていたので、まだ自分で使うには合わせ方がよく解らないんです」

「僕もよくわかりません」

 情けなさそうに言う二人に、レイは天体盤の合わせ方の説明を丁寧にしてあげたのだった。



「ほら、ここに日付があるでしょう。こっちの動く側に付いている時間の目盛りに合わせるんだ。例えば北側を見るなら北がこっちだから、体はこっち向きだね。ここに方角が書いてあるから、自分が見たい方角の部分を持ってその方角を向けば良いんだよ」

 そう言いながら、実際に天体盤を持って向きを変えて見せる。少年達は目を輝かせて同じように向きを変えた。

「日付がここで、今はえっと……ここだね」

 上側の動くお皿を動かして、端に刻まれた日付と時間を合わせて見せる。

「それでこうやって見ると、今の夜空が見えるんだよ」

 頭上にかざして、お皿に出た夜空の絵を見せてやる。

「じゃあ、合わせてみて」

 わざと動かしてから、天体盤を返す。二人はそれを受け取って、目を輝かせながら教えられた通りに日付と時間を合わせていく。

「そうそう、上手だよ」

 横から覗き込む嬉しそうなレイの声に、二人が歓声を上げる。

「ほら、窓の外の空と一緒だ!」

 立ち上がって窓から空を見たハーネインの言葉に、レイもライナーと一緒に窓へ向かう。

 実際の星を見ながら楽しそうに夜空の説明をするレイの言葉を、子供達は目を輝かせて聞いていたのだった。




「ありがとうございました!」

 満面の笑みの少年達と公爵に見送られて、レイ達三人は、護衛の者達と一緒に本部へ戻った。

「すっかり暗くなっちゃったね。えっと光の精霊さん、照らしてもらえますか」

 胸元のペンダントに小さな声で話しかけると、三つの光の玉が飛び出してきて彼らの前を照らしてくれた。

「おお、さすがに明るいな」

 自分は光の精霊魔法を使えないカウリが、嬉しそうに光の玉を見ながらそう言って笑っている。

「もうすっかり、花は片付けられちゃったんだね」

 周りのお屋敷の庭には、植えられた花はあるが、あんなに沢山飾られていた花輪や花の鳥は無く、もう綺麗に片付けられていてすっかり元通りになっている。

「祭りが終われば、飾りは即座に分解してしまうからな。もう祭りの気配は無いよな」

 ルークの言葉に、カウリも頷いている。

「あんなに綺麗だったのに、勿体ないね。もう少し、花が枯れるまで置いておけば良いのに」

 光の精霊が暗闇から見せてくれる、それぞれのお屋敷の庭の花々をこっそり眺めながら無邪気な事を言っているレイに、カウリは笑って首を振った。

「花輪などの花飾りも、花の鳥も、全部女神に捧げたものなんだよ。祭りが終わって、女神も神殿の祭壇へお戻りになったんだから、これ以上外に飾っていても意味は無いんだよ。あれは、あくまでも女神への捧げ物って扱いなんだからさ」

「そりゃあそうだけど。花にしてみたら切られて千切られて枯れる前に捨てられちゃうんだもの、災難だね」

 肩を竦めたレイの言葉に、ルークとカウリが小さく吹き出す。

「だから、女神の神殿では、花祭りの後は今月いっぱい花喪に服すんだろう?」

「そうだったね。あれ? でも今年は殿下のご成婚があるのって今月末なんでしょう?」

 改めて考えたら、花喪に服している間に結婚式がある事になる。良いのだろうか?

「ああ、グラントリーから詳しい説明があるから、その時に聞いてくれればいけど、オルダムの王族の結婚式って伝統的に六の月の月末が多いんだよね。今の陛下もそうだったし、先代の陛下も確かそうだったはずだよ」

「へえ、そうなんですね」

「だから女神の神殿では、ご成婚の担当になった巫女や僧侶達は、特例として幾つかのお祈りだけ参加をして、後は結婚準備を手伝うんだよ。確か、彼女達やジャスミンにも今回は役割が与えられるはずだよ」

 驚くレイに、ルークは笑って頷く。



 特に、直接花嫁のお世話係になる巫女や僧侶達は、神殿内部でも将来が期待される人が担当する。それはつまり、近い将来王妃となる人物と知り合いになっておくと言う、将来への準備の意味もあるのだ。



 実はルークはタドラから、クラウディアとニーカ、そしてジャスミンの三人が、ティア姫の神殿側の担当として派遣される事を聞いている。

 式までの間、花嫁は神殿からは一歩も出ず、ひたすらお祈りと沐浴、そして幾つもの決められた祭事への立ち合いをするのだ。

 実際の身の回りのお世話はもちろん専任の侍女達が行うので、巫女達は神殿関係の務めの際に、常に一緒に行動する事になる。

 ティア姫様の性格ならば、恐らく彼女達と仲良くなるだろう。

 将来、彼女達が担う事になるであろう様々な役割について、ルークは密かに楽しみにしてもいるのだった。




「明日は、久し振りに精霊魔法訓練所へ行ってくれて良いぞ。彼女達も来るはずだから、詳しい話を聞いておいで」

「そうなんだね、分かりました。じゃあ、ディーディーから詳しい話を聞いてきます」

「頑張れって伝えておいてくれよ。大変らしいよ。花嫁の担当になると」

「ああ、噂は聞きますね。実際どうなのか、俺も後でいいから話を聞いてみたいもんだな」

 横で聞いていたカウリまで一緒になってそんな事を言うので、レイは内心では、彼女達にそんな大変な務めが果たせるのか心配になってくるのだった。

「大丈夫かな。何か失礼があったりしたら処罰されたりしないかな?」

 思わずそう呟くと、ブルーのシルフが現れて、レイの頬にキスをしてくれた。

『心配は要らぬ。彼女達には支えてくれる者達がいるぞ』

 優しい声でそう言うと笑ってもう一度頬にキスをくれた。


『大丈夫だよ』

『ニーカには僕がついてるからね』

『私もいますよ』

『我も愛しい巫女殿にシルフを付けてやる故心配するな』


 ブルーのシルフだけでなく、クロサイトのシルフとジャスミンの竜であるルチルの使いのシルフが現れて、自慢気に胸を張ってそう言ってくれたので、安心したレイは笑顔になる。

「そうだね。彼女達の事、どうかよろしくね」

 レイの言葉に、三人のシルフ達は揃って大きく頷いてくれたのだった。

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