休息の時とタガルノの様子

 昼食の後、部屋に戻ったレイは部屋着に着替えてベッドで仮眠する事にした。

 実を言うと、資料を読み込んでいた時、最初のうちは良かったのだが、後半はかなり眠くて集中力が途切れがちだったのだ。

 心配そうなラスティに笑って肩を竦め、横になったレイは胸元に毛布を引き上げた。

 ラスティがカーテンを引いてくれ、薄暗くなった部屋を見てお礼を言ったところで小さな欠伸が出る。

「時間になりましたら起こして差し上げますので、どうぞごゆっくりお休みください」

 笑顔のラスティにそう言われて、もう一度お礼を言って目を閉じた。

 ラスティが出て行った後、レイの静かな寝息が聞こえてきたのはすぐの事だった。

 枕元にはブルーのシルフを始め、ニコスのシルフ達や大勢のシルフ達が集まり、ぐっすりと眠った愛しい彼の額や頬に次々にキスを贈った。

 ブルーのシルフはそのまま枕元で癒しの歌を歌い始め、ニコスのシルフ達がそれに続く。

 すると、シルフ達だけでなく、ウィンディーネや火蜥蜴達、それから光の精霊であるウィスプ達までが何人も姿を現し、それぞれに歌い始めた。

 眠るレイを癒す為、ブルーのシルフに寄って結界が張られた静かな部屋は、精霊達が紡ぐ優しい歌声に包まれたのだった。




「おう、お疲れさん。今週の薬のお届けだよ」

 もうすっかり聞き慣れた馴れ馴れしい声に、パルテスは書類を書いていた手を止めて顔を上げた。

「ああ、あんたか。ありがとう。そろそろ追加をお願いしないといけないと思っていたところだ」

 振り返って立ち上がったパルテスは、いつもの黒い服ではなく商人の格好をしたガイとタオの二人に、笑って椅子を勧めた。

 まずは、持ってきてもらったカナエ草の薬を始めとした竜達の為の薬と、王妃の為の薬を受け取り、正式な納品書にサインをした。

 今の彼らは、パルテスからの正式な注文を受け、商人として堂々とタガルノ王宮に出入りしているのだ。

 持って来ているのは、ガイの言葉通りにタガルノ内部では決して作る事の出来ない薬の数々だ。

 贄の印が消えていない王妃は、いまだに時折体調を崩す。

 しかし、それらが月のものに合わせた定期的なものである事が判明し、今では痛み止めだと言って、闇の気配を浄化する作用のある薬を事前に飲ませている。

 これを飲ませていると、全く無いわけでは無いが贄の印が痛むことが少ないらしく、国王と王妃のパルテスへの信頼と依存は相当なものになっているらしい。

 今までのタガルノの王宮なら、ここでパルテスの発言権が増し、権力を手にした彼が私腹を肥やし始めるのだが、そう言った贅沢に全く興味の無い彼はせっせと働き、結果としてタガルノの二頭の竜はかなりの回復を見せ、まだごく一部ではあるが、農場が整備されて春の畑の畝が起こされ、麦や穀物の種まきが始まっている。

「無能な王が立ったことで、結果として国が強くなるって、なんとも皮肉な話だな」

 からかうようなガイの言葉に、苦笑いしたパルテスは肩を竦めた。

「しかし、こういった実際の統治の部分ではかなり手出し出来ますが、軍部への私の発言権は全く有りませんからね。例の地下のあいつが軍部に手を伸ばしていても、私には分かりません。万一、何らかの策が進行していたとしても、それを私が止める事は事実上不可能です」

「まあそっちは、例の坊やに頑張ってもらうべきだな」

 笑ったガイの言葉に、パルテスも苦笑いして頷く。

 例の坊やとは、突然現れた前王の庶子である第三王子の事だ。

 堂々と名乗り出た彼を、今更処分する事も出来ず、彼の後見についたのが宮廷内部でも権限のある人物だった為、大騒ぎの末、ようやく正式に王子として認められたのだ。

 当然、現在の彼の皇位継承権は第一位。王妃か妾に子供が出来るまでは変わらないだろう。

 しかし、彼は十六歳と言ったが、実際にはかなり小柄で正直言って十六歳には見えない。

 パルテスは密かにシルフ達に調べさせたが、前王の血筋である事は間違い無いらしい。

 リヒト、と名乗ったその彼は今、軍人としての訓練を課せられ、政治的な発言権は全く無い状態になっている。

 しかし当の本人は、不平を一切言わず、真面目に訓練の日々をおくっているそうだ。

 パルテスとは一度だけ面会したが、その際、リヒトは笑ってこう言ったのだ。

「必ずここを良い国にしましょう。かの国のように」と。

 そんな彼を決して死なせるわけにはいかない。パルテスはそう考えてシルフ達を常に守りにつかせている。それだけでは無く、ガイ達に頼んで複数の光の精霊を借り受け、常に王子の側に護衛として付き添わせてもらっている。

 これは、アルカディアの民の側にしても内部事情を堂々と覗き見出来る良い機会なので、喜んで協力している。

 当然パルテスはそれを承知で、彼らに護衛の協力をお願いしているのだ。




「王子を軍人にするってのは、あの馬鹿王としては良い考えのつもりなんだろう。いざとなったら最前線へ放り出して始末しようって魂胆なんだろうさ。しかし、その彼に、逆に軍部を掌握される可能性については考えないのかね?」

 呆れたようにそう言い、ガイはパルテスが手ずから用意してくれたお茶を飲んだ。

「そんな事を考える頭があれば、そもそも王子が名乗り出た時点で闇討ちしているさ」

 隣に座ったタオの言葉にパルテスも同じ意見だったようで、笑って頷き肩を竦めている。

「ただ、彼の後見人が公爵で闇の冥王の熱心な信者だってのはなあ……」

 何か言いたげなガイの言葉に、パルテスも顔をしかめた。

「そうは言うが、この国の貴族達で冥王を信仰していない奴を探す方が大変だよ。今のところシルフを総動員させて調べた結果、こちら側に引き込むつもりで繋ぎが取れたのは数名だけだ」

「そこまでか。となると何かするにしても慎重にしないと、足元を救われかねないぞ」

「肝に命じているよ」

 ため息と共にそう言い、パルテスは小さく笑って天井を見上げた。

「凝り固まった人の考えを変えるのは、簡単では無いよ」

「そうだな。特に今の状態が自分にとって都合が良ければ、考えを変えさせるのは尚の事難しかろう」

 タオの言葉にガイも頷く。

「本当にその通りだよ。今は自分に出来る事をやるだけだ。とにかく働き手を確保して食料の自給を上げるのが急務だ。短い春から夏の間に、とにかく作れるだけ麦を始めとした穀物や保存の効く根菜類を作らせる。この国の冬は厳しい。民を飢えさせてはならない」

 パルテスはそう言って小さく頷く。

「その意見には俺も同意しかないね。何をするにしても、生きるためには食い物が必要だよ」

 頷いたガイの言葉に、もう一度ため息を吐いたパルテスは、首を振った。

「大地の精霊竜だけでも早く戻ってきて欲しいよ。あれがいるだけで、どれだけ土地が肥え、ノームに力が与えられるか」

 またため息と共にそう呟いたパルテスは、顔を上げてガイ達を見た。

「いっその事、一部の地域を私の権限で封鎖して、そこに大地の竜を戻せば良いのではないかと考えているんだ。そこの周りで耕作すれば、大地の竜の恵みが受けられるだろう?」

「ああ、それも一つの方法だな。竜のいる場所は塀で囲んで外から見えないようにすれば良いんじゃないか?」

 手を打ったガイの言葉に、パルテスは笑って頷いた。

「それなら、良さそうな土地を探して、陛下にその土地を私に頂けないか陳情してみよう。私有地内なら柵で囲んで仕舞えば外部から攻撃される事もあるまい」

「おお、良いなそれ。頑張れ」

 笑ったガイの言葉に、パルテスも笑顔で頷くのだった。

 横で聞いていたタオは何か言いたげにしていたが、嬉しそうに笑ったパルテスを見て、黙って首を振り口を噤んだ。

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