今日の予定と事務所での作業

 朝練を終えて部屋に戻ったレイは、軽く湯を使って汗を流してからいつもの竜騎士見習いの制服に着替えて食事の為にラスティ達と一緒に食堂へ向かった。

「えっと、今日は何をするの?」

 確か、花祭り明けは、精霊魔法訓練場はお休みだったはずだ。

「ルーク様から、幾つか資料を預かっております。今日中に目を通しておくようにとの事です。夕食は、ゲルハルト公爵閣下からお誘い頂いておりますので、おやつは軽めにお願いします」

「分かりました。じゃあ夕方までは、事務所でその書類を読む事にします」

 顔を上げたラスティの言葉に、レイは頷いてパンをちぎった。




 しっかり食べて、デザートの果物までしっかり平らげてから本部へ戻った。

 ラスティから渡された資料は、殿下のご成婚に際しての竜騎士達の役割と、式までの間の祭事に関しての書類で、レイは時々メモを取りながら一生懸命資料を読み込んでいたのだった。

 事務所は静かなざわめきといった感じで、少し遠くに人がいて小さな話し声や物音が聞こえる。不思議な事に、誰もいない部屋などの静かで物音一つしない場所よりも、この程度の少しのざわめきが有るくらいの方が集中出来る事に、レイは気が付いていた。

「不思議だね。うるさい方が集中出来るなんてさ」

 積み上げた資料に座ったブルーのシルフに笑いかけて、降りてもらってから、その上に今読んだ資料を積み上げた。

 そろそろ太陽が頂点に差し掛かる時間だ。

 キリの良いところで一旦やめて食事に行くべきか考えていると、足音がして何人かの挨拶する声が聞こえた。



「お、頑張ってるな」

 背後からかけられた声に振り返ると、書類を持ったマイリーとヴィゴとルーク、それからカウリの四人が揃って戻ってきた所だった。

「お疲れ様でした。揃って朝から会議だったんですね」

 手にした書類を机に置いたマイリーは苦笑いして頷き、大きく伸びをして肩を回した。

「花祭りの期間中は御前会議は行われないからな。いつもなら月初めにある会議だよ。今月の予定を確認してきた。覚悟しろよ。月末の殿下のご成婚まで予定がぎっしりだぞ。それが終われば来月は閲兵式と竜の面会だからな。今年の面会申込者の一覧表や日程の資料を貰ってきたが、今年も去年以上に大変そうだな。総人数は去年よりも多いぞ」

 去年の、応援に行った時の面会に来た人の多さと、様々な騒ぎを思い出して遠い目になるレイに、その顔を見たルークが隣の席で大笑いをしていた。

「そうか、誰かさんが、応援要員だって言って倉庫へ来たのって花祭りの後だったもんな。へえ、もうあれから一年になるんだ」

 自分の席に座ったカウリのその言葉に、レイは嬉しそうに頷いた。

「すっごく楽しかったよ」

「あはは、こき使われてたと思うけど、それでもそう言ってくれるのかよ」

 からかうように笑ったカウリの言葉だったが、レイは満面の笑みで大きく頷いた。

「だって、あそこにいた間は、僕はただのレイルズだったんです。ここへ来てからずっと、皆にお世話ばかりかけてばかりで、全然自分で出来る事なんて無かったから、ここでは自分にも出来る事があるんだって思えてすごく嬉しかったんです」

「いや、冗談抜きでお前さんは滅茶苦茶優秀な応援要員だったよ。おかげで俺は、かなり楽させてもらったもんなあ」

 無邪気なレイの言葉に、カウリは腕を組んでしみじみとそう言って笑っている。

「確かに。今から考えたら、僕、かなりこき使われてたかも」

 上目遣いでカウリを覗き込むレイの言葉に、面白そうに横で聞いていたルーク達は、揃って吹き出していたのだった。



「その後、竜の面会だったんだよね」

 嬉しそうなレイの言葉に、カウリも笑って頷いた。

「去年の今頃は、来年の閲兵式の段取りまで考えていたのになあ。まさか、一年後の自分が竜騎士隊の本部でこんな風に仕事してるなんてな。去年の俺に言っても絶対信じないぞ」

 ため息を吐いて天井を見上げたカウリに、レイも笑って同じように天井を見上げて大きく伸びをした。

「それを言うなら、誰かさんが竜熱症を発症して、顔色変えたラピスがここまでぶっ飛んできたのも、二年前の花祭りの少し後だったよな」

 ルークのからかうような言葉にカウリが吹き出し、ヴィゴとマイリーも揃って苦笑いしていた。

「うう、あの時は本当にお世話おかけしました!」

 深々と頭を下げたレイの言葉に、また皆で笑い合った。




 その後は、ルークに見てもらって、もらった資料の分からないところや気になる箇所を教えてもらったりして過ごした。

「ああ、そうだ。今日の夕食の予定、ラスティから聞いたか?」

「えっと、ゲルハルト公爵閣下が夕食にお誘い下さってるって聞きました」

 資料を整理していたレイが顔を上げてそう言うと、ルークも自分の机の上を片付けながら振り返った。

「おう、俺とカウリも一緒に行くからな」

「そうなんですね。よろしくお願いします」

 てっきり一人で行くんだと思って少し不安だったので、ルークとカウリが一緒だと聞いて密かに安心していた。

「ライナーとハーネインが、お前に会えるって聞いて、大喜びしているらしいぞ」

 ルークの言葉に、遠乗りの時の大騒ぎと、あの年齢の子供達の元気さを思い出して苦笑いするレイだった。

「まあ、夕食の席ではあんなに騒ぐ事は無いよ。その辺りはさすがは公爵家の息子だね。行儀作法は完璧だって言われてるよ。だけどまあ、食事の後は……頑張って遊んでやっておくれ」

「分かりました。それにしても何度見ても思うけど、あの子達の元気さって、どこから来るんだろうね」

「さあなあ。まあ、死なない程度に頑張って遊んでやれ」

 笑ったルークの言葉に、レイはわざとらしくため息を吐いて肩を落とした。

「大丈夫かなあ。僕、今日はちょっと寝不足なんだけどな」

 レイのその言葉に、一瞬ルークの手が止まる。



 昨日、エケドラからの使者である冒険者がレイルズを訪ねてきた事や、昨夜から明け方近くまで、ずっと窓辺に座って空を見ていた事も、ルークは報告を受けている。

 同席してたラスティから、彼らがどんな事を話したのかの詳しい報告も聞いているので、レイが眠れていないであろう事も予想していた。

「それなら、昼食の後は部屋で休んでていいぞ」

 資料の整理を手伝ってもらおうと思っていたのだが、別に急ぐ仕事では無い。同じように昨日から昨夜の出来事を聞いているマイリーも小さく頷いてくれたのを見て、ルークはレイの背中を突っついた。

「良いんですか?」

「おう、急ぎの仕事は無いからな。これ、もう読み終わったんだろう?」

 積み上がった資料を指差すルークにレイは自慢げに胸を張って頷いた。

「それじゃあ、ちょっと遅くなったけど食事に行くか」

 こちらも仕事が一段落したらしいマイリーの声に、レイは立ち上がって元気に返事をしたのだった。



「あれも、充分過ぎるくらいに元気だと思うけどなあ」

 同じく資料を置いて立ち上がったカウリの呟きに、周りにいたシルフ達は揃って笑いながらも大きく頷いているのだった。 

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