最終日の花撒きと金具の不具合

 竜達の為の広い中庭だが、ルビーを始めとする竜達全員が出て来ればさすがにいっぱいになってしまいブルーの降りる場所が無くなる。

 レイは上空で旋回しているブルーに手を振り、準備を終えたルーク達が順番に竜の背に上がって上昇するのを見送った。

 広くなった中庭に、既に準備を整えていたブルーが降りて来る。

「そっか、先に来て準備をしてくれてたんだね。ありがとうね」

 差し出された大きな頭に抱きつき額にキスを贈った。そのままブルーが鳴らす喉の音を目を閉じて聞く。

『おおい、早く上がって来いよ』

 耳元で笑ったルークの声が聞こえて、レイは慌てて顔を上げた。

「はい、今行きます!」

 返事をして、急いでブルーの腕から背中に上がる。

 いつものように、幾つもの花箱が載せられているのを見て笑顔になる。

「それじゃあ行こう。ブルー」

 そっと首を叩くと、大きく翼を広げたブルーはゆっくりと上昇した。

 上空で編隊を組んで待っていてくれた彼らの一番後ろにつく。

『では行くとしよう』

 アルス皇子の言葉に、綺麗な編隊を組んだ竜達は花祭りの広場へ向かった。



 時を告げる鐘の音と同時に到着した花祭りの会場からは、湧き上がるような大歓声が聞こえてくる。

「出来るだけ色んな所に投げてあげてね」

 周りで、今か今かと待ち構えているシルフ達に、笑ったレイはそう言い、身を乗り出して会場を見下ろした。

 皆、目を輝かせて上を見ている。

 顔を上げたアルス皇子が、ゆっくりと口を開いた。

「めでたき祭りの日に、我らより皆さまへの贈り物を!」

 拡声された大きな声が広場に響き渡る。

 その声を合図に、花箱の蓋がシルフ達の手によって一斉に開けられる。

 箱から花束が溢れて大歓声が沸き起こった。



 目の前の大きな箱から花束を取り出したレイも、あちこちに向かって大急ぎで花束を投げた。

 子供達の歓声と拍手が聞こえる度に、レイは嬉しくなった。

 そして、囃立てる口笛と、笑うような歓声も聞こえる。

 今日も、大勢の愛し合う二人が将来を誓い合ったようだ。

 最後の花束を力一杯遠くに放り投げたレイは、両手を大きく下に向かって振りながら大きな声で叫んでいた。



「皆、幸せにね!」



 やっぱり、頼みもしないのにその声はシルフ達によって大きく拡声されて、先程のアルス皇子の口上のように広場中に響き渡った。

 笑い声と大歓声が起こり、拍手と口笛の嵐になる。

 竜騎士達の吹き出す音まで、レイの耳元に律儀にシルフ達が届けてくれた。

「お前、最高だな」

 笑ったカウリの声が耳元でして、レイは声を上げて笑った。


『だって良い事だもんね』

『良い事良い事』

『皆笑顔だよ』

『笑顔笑顔』

『幸せなんだって』

『幸せ幸せ』


 無邪気なシルフ達の言葉に、他の竜騎士達も城に戻りながら、上空で遠慮無く声を上げて笑っていたのだった。




 城に戻った一同は順番に中庭に降りて、装備を外した竜達は手早く竜舎へと引き上げて行った。

 広くなった中庭に最後にブルーが降りて来る。

 いつもお世話になっているハインツ少尉が、一礼してブルーの腕を伝って上がって来た。

 レイも、ベルトに取り付けた花箱の金具を外して降ろすのを手伝った。

「あれ、ここちょっと外れにくくなってますね。見ていただけますか」

 鞍の手前側にあるベルトの金具が、何だかちょっと歪んでいるみたいに見えて、レイは慌ててハインツ少尉を呼んだ。

「ええ、どこですか?」

 慌てたように、外したベルトを巻き取りながらハインツ少尉が駆け寄って来る。

「ほらここ、ちょっと金具が歪んでいるみたいです」

 覗き込んだ少尉は頷くと、自分の腰のベルトに取り付けた道具入れからニッパを取り出してその金具を根本から切り落とした。

 手早くその部分に赤いリボンを括り付ける。

 これは、ここが不良だという合図で、このまま修理班に渡されるのだ。

「こういった金具は、消耗品ですからね。何度か使っていると不具合が出る物なんです。特に金具を取り付けた時に少しでも歪んでいたりすると、移動中に一部分だけに負荷が掛かって曲がるようになっているんです」

 心配そうに覗き込むレイに、少尉は笑って切り取った金具を見せてくれた。上側の部分が確かに斜めになって歪んでしまっている。これでは固定仕切れずにすぐに外れてしまいそうだ。

 実際には、どんな物でも一箇所だけで固定しているわけでは無いのでいきなり落下するなどの危険があるわけでは無いが、固定金具の歪みは、必ずすぐに修理する決まりになっているのだ。

「どうしてもっと頑丈に作らないの?」

 曲がった金具を見ながら首を傾げる。

「逆なんですよ、レイルズ様。もしも、とても頑丈な金具を作って使っていたら、切れて壊れるのは金具では無くベルトの方なんです。いかがですか? 万一飛行中に破損した場合、金具一つが壊れるのと、ベルトそのものが切れるのとでは、どちらが危険だと思われますか?」

 少尉の言葉に納得した。

 確かに、取り付け金具が一つ壊れたところでそれほど問題では無いが、いきなりベルトが切れたら、荷物の落下や、破損などの危険性があるだろう。万一、落ちたところに誰かいたりしたら、それだけでもう大惨事だ。

「凄いや、そんな事まで考えて作られているんですね」

 感心したようなレイの言葉に、少尉も笑顔になる。



 壊れた金具を返して、ベルトを外すのも手伝った。

「それじゃあ、後はよろしくお願いしますね」

 少尉にそう言うと、一礼したレイは、高いブルーの背中から軽々と飛び降りた。

 しかし、慣れている兵士達は特に驚きもしない。

 軽々と着地したレイは、差し出された大きな頭に、改めてキスを贈った。

「お疲れ様ブルー。それじゃあ戻るね」

「ああ、ゆっくり休みなさい」

 笑ったブルーの言葉に頷き、待ってくれていたルーク達と一緒に本部へ戻った。




「お疲れさん。食事をした後は、午後からはゆっくりしてくれて良いからな」

 ルークの言葉に、食堂へ向かいながらレイは嬉しそうに頷いた。

 久し振りの、全員揃っての食堂での食事だ。

 奥殿での食事会とは違い、のんびりと賑やかに話しをしながら好きに取ってきた山盛りの食事を楽しんだ。

 レイが楽しみにしている花祭り最終日のお菓子は、掌ほどの平たいカスタードタルトの上に、ベリーで色付けした薄紅色のクリームを花のように飾り付けた綺麗なケーキだった。クリームの間には、刻んだ何種類もの果物や、真っ赤なキリルの砂糖漬けも飾られていてとても華やかだ。

 間にはナッツを使った薄緑色のチョコレートも飾られていて、まるで本物の花畑のようだ。

「うわあ、可愛い。本当の花畑みたいだね。

 目を輝かせたレイは、迷う事なく二つ取ってカウリに呆れられていた。

 満面の笑みであっと言う間にケーキを平らげるレイに、皆呆れつつも笑って見ていたのだった。


『主様は可愛い』

『花畑のお菓子も可愛い』

『美味しくて可愛い』

『素敵素敵』

『素敵素敵』


 勝手に集まって来たシルフ達は、大喜びでレイのお皿の周りでそう言いながら、大はしゃぎして遊んでいる。

 ブルーのシルフは、お皿の縁に座って楽しそうにそんな彼女達をのんびりと眺めているのだった。

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