予期せぬ来客
食事を終えると、アルス皇子とマイリーとヴィゴ、それからカウリは揃って城へ行ってしまい、ロベリオとユージンも来客があるからと家へ戻っていった。
「悪いけど、僕も友人達とお茶会なんだ」
タドラの言葉に、ルークが目を見張る。
「あれれ、俺も、この後ちょっと来客があるんで行かないといけないんだよな」
一人になるレイを見て、ルークが困ったようにそう呟く。
「あ、僕に構わずどうぞお仕事してください!」
慌ててレイはそう言うと、少し離れたところで食事をしていたラスティ達に手を振って合図をした。
「悪いな。それじゃあ先に戻っててくれるか。まあ、ゆっくり休んでてくれて良いからな」
「分かりました」
出て行く二人を見送り、ラスティ達と一緒に本部へ戻った。
「えっと、それじゃあ本でも読んでいようかな」
久し振りにゆっくり時間がありそうなので、読みかけていたオルベラート旅行記を持ってきてソファーで読み始めた。
あっという間に本の世界に没頭して行くレイを見て、ラスティはお茶の用意をしてから、一礼して部屋を出ていった。
夢中で本を読んでいるレイの周りでは、退屈そうなシルフ達が何とか相手をしてもらおうと、髪を引っ張ったり襟元に潜り込もうとしたりして遊んでいるのだった。
三点鐘の鐘の音が聞こえてしばらくした頃、控えめなノックの音がしてラスティが入って来た。
「レイルズ様、読書中に申し訳ありませんが、レイルズ様に来客です」
しかし、レイは本に夢中で顔も上げない。
恐らく聞こえていないだろうと予想していたラスティは、苦笑いしてレイのすぐ近くまで行って、もう一度同じ事を言った。
「レイルズ様、読書中に申し訳ありませんが、レイルズ様に来客です」
目を瞬いたレイが、驚いたように読んでいた本から顔を上げる。
「えっと、僕に来客ですか?」
「はい、カウンティ辺境伯の紹介状を携えた冒険者の方々が、レイルズ様を訪ねて来ておられます。如何なさいますか?」
その言葉に、レイは目を見開く。
以前、竜騎士見習いとして紹介された後の挨拶回りで、レイは自分から希望して、丁度オルダムを訪れていたカウンティ辺境伯と面会したのだ。
その際に、彼の領地の中にあるエケドラの事を詳しく聞いた。辺境伯は、戻ったら誰か人をやって神殿での彼らの様子を聞いて来てくれると言ってくれのだ。四の月の最初の頃だったので、きっと連絡が来るのは秋以降だと思っていたから逆に驚いた。
この辺りの事は、ラスティにも詳しく話しているので、彼も驚いているようだ。
「念の為確認させて頂きましたが、紹介状は、間違いなく辺境伯のサインの入った本物でございました」
「分かりました、とにかく会ってみます」
本に栞を挟んで立ち上がるレイを見て、頷いたラスティが剣を渡してくれた。
剣帯にもらった剣を装着して背中のシワを直してもらい、一緒に隣にある第二休憩室へ向かった。
そこにいたのは、いかにも冒険者と言った出で立ちの大柄な男性が二人と、女性が一人だった。
女性も冒険者らしく、二人の男性と同じように革の鎧に身を固めていて、剣帯も装備しているので、剣置き場に置かれていた三振りの剣は彼らのものなのだろう。
「お待たせしました。レイルズです」
こんな時どう言ったら良いのか分からず、一礼してまずは名前を名乗った。
立ち上がった三人は、片膝をついて両手を握り合わせて額に当てて揃って深々と頭を下げた。
驚いたレイは、思わず目の前にいるニコスのシルフに助けを求めた。
『構わないから顔をあげてくださいって言えば良いよ』
『それからお話を聞かせてくださいって言えば良いからね』
彼女達の言葉に小さくて頷き、レイは口を開いた。
「どうぞ構わないから立ってください。そしてお話を聞かせてください」
立ち上がった三人が一礼するのを見て、レイはテーブルを挟んで向かい側に座った。
ニコスのシルフがここに座れと教えてくれた場所だ。
ラスティが、手早くお茶を用意して彼らの前にも出してくれた。どうやら、全員の分がカナエ草のお茶のようだ。
彼らの前にも蜂蜜を置いて下がるラスティを見て、レイは小さく笑った。
これは教えるべきなのだろうか。
考えていると、真ん中に座った女性が一礼して口を開いた。
「事前の連絡も無しに押し掛けましたのに、お時間を頂き感謝します」
「辺境伯の紹介状をお持ちとの事でしたが、あの……」
何と言ったら良いのか分からず、そう言うと、女性は小さく頷いた。
「申し遅れました。私はシャルートと申します」
「ラインムートです」
「ルーベントと申します」
女性に続いて、左右に座った大柄な男性達も名乗って一礼した。
この場合、離れているので握手はしなくて良い。
「私達は、辺境伯から知らせを受け、エケドラより参りました」
予想通りの答えに、レイは身を乗り出す。
「じゃあ、もしかして辺境伯から頼まれて、エケドラの様子を見に行ってくれたんですか?」
行くのにも相当の時間が掛かると思っていたが、実は冒険者の人ならもっと簡単に行き来出来るのだろうか。
期待を込めて聞いてみたが、返ってきた返事にレイは驚きのあまり言葉を失った。
「いえ、我々は密かに命を受け、オルダムからテシオス様とバルド様を内密に護衛してエケドラまで共に参りました。街道沿いでは隠れての護衛でしたので言葉を交わす事もありませんでしたが、クームスの街から以降は街道を離れて道無き荒野を行く事になりますので、そこからは名乗って同行いたしました」
頷いて話を聞いていたレイだったが、女性の名乗った名前に聞き覚えがあり、思わず横で一緒に聞いているニコスのシルフを見た。
『マイリー様が彼らの護衛を密かに依頼した冒険者だね』
『以前マイリー様に彼女がシルフを通じて到着の連絡をしているよ』
ニコスのシルフの言葉に、レイは小さく頷いた。
聞き覚えがあるはずだ。
以前、休憩室にいた時に、彼らがエケドラに到着したと言う連絡が神官様からあった直後に、マイリーに同じ内容を連絡してきた冒険者がいた。確かにあの時のシルフはシャルートと名乗っていた。
「もしかして、マイリーが彼らに付けた護衛の方々でしたか?」
レイの言葉に、三人は苦笑いしながら頷いた。
「我々は護衛専門の冒険者なんですよ。主に巡礼の聖職者の護衛で、辺境の地へ赴く事が多いのです。ですが、エケドラへの依頼は滅多にありません」
「我らも、エケドラの教会に到着寸前、その、少々怪我を致しまして、結局春まであの神殿で世話になりました」
女性に続いて、ラインムートと名乗った男性が肩を竦めてそう言って小さく笑った。
「そうだったんですね。もうお怪我は良いんですか?」
レイの言葉に、三人は笑顔で頷いた。
「それで、その……彼らの怪我の具合は如何ですか?」
遠慮がちなレイの言葉に、シャルートは懐から二通の封書を取り出して机の上に置いた。
「お二人共、ようやくお元気になられて、そろそろ葡萄畑へもまだ時間は短いですが出ておられます。ただお二人共、その……少々お身体が不自由ですので、なかなか思うように行かぬようで色々と苦労しておられます。これは我々がかの地を出立する際、お二人から預かって参りました。もしも叶うなら、オルダムにいる竜騎士見習いのレイルズ様に届けてくれ、と、そう仰られて」
シャルートの言葉に、レイは言葉も無く目の前の封書を見つめた。
堪える間も無く、レイの目に涙が浮かび頬を伝って流れるのを、彼らは驚きつつも黙って見つめていたのだった。
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