花祭り最終日の表彰式

「そろそろ時間だな。では行くとしよう」

 陛下の声に立ち上がった一同は、まずは陛下と女性陣が出ていくのを見送ってから揃って奥殿から外へ出た。

 花馬車の乗り場の奥に、竜騎士達のためのラプトルが用意されている。

 前回と同じく首に綺麗に花を飾ってもらい、手綱も綺麗な色の革で編み込まれた特別製の道具だ。

 竜騎士達の乗るラプトルは、一番前に整列して、その背後には陛下とマティルダ様が乗り込んだ特別華やかな花馬車が並んだ。それに続いて皇族の方々の乗ったこれも特別製の花馬車が並び一行は花祭りの会場へ向けて城を出発した。

 このまま、一の郭を通って花祭りの会場まで行くのだ。

 去年は、最終日のレイは皇族の方々と一緒の花馬車に乗ったので、こんな風に整列して一の郭まで行くなんて知らなかった。

 沿道には大勢の市民達が出ていて、皆、顔を真っ赤にして歓声を上げ、手を振ったり花束を投げたりしていた。




「へえ、陛下や皇族の方が、こんなに市民と近い場所を通るんだ」

 思わず感心したように、小さな声でレイが呟く。

 陛下とマティルダ様が乗った花馬車は特に大きく、真ん中に大きな椅子が固定されて置かれているだけだ。

 しかも四方が囲まれた箱型では無く、四方に柱があって花で飾られた斜めになった屋根を支える形だ、その為、真後ろ以外なら、どこから見ても陛下とマティルダ様がよく見えるようになっているのだ。

「もちろん、強力な結界を張ってお守りしているよ。だけど、ああやって市民達の前に元気なお姿を見せるって事も、大事な公務のうちだからね」

 ルークの言葉に、レイは前を向いたまましっかりと頷いた。

「そうですね。それに皆、笑顔で楽しそう」

「そうだな。確かに楽しそうだ」

 嬉しそうなレイの言葉に、ルークも小さく頷くのだった。



 初日と同じように、見事な花で飾られた一の郭のお屋敷の前を通り過ぎ、ようやく花祭りの会場に到着した時には、レイは正直言って緊張のあまりちょっと疲れていた。

 大勢の人々が自分の名前を呼び花を投げてくれる。嬉しくもあるがどうにも照れ臭い。

 手を振っても良いと聞いてからは、子供の声が聞こえたら出来るだけその方に向かって手を振ったりもしていたので、肩のあたりがちょっと強張っている。

「大人気だな」

 からかうようなカウリの声に、レイは小さく笑って首を振った。

「カウリも人気者だよ。あちこちから呼ばれてたよ」

「こんなおっさん呼ぶよりも、そりゃあ可愛いレイルズ君の方が良いだろうさ」

 笑ったカウリの言葉に、レイはわかりやすく口を尖らせた。

「こら、人前でその顔はやめろ」

 笑ったルークの声に、狭い階段を登りながら二人揃って小さく吹き出すのだった。



 陛下やマティルダ様と共に会場に入って、去年よりも一段低い竜騎士の為の特別席に座る。

 手を挙げた陛下が席に着くと、会場中が拍手と歓声に包まれた。しかし特に挨拶などは無く、広場では軽業師達の出し物が始まっていた。

 席について、会場の人たちと一緒に手拍子を取って見事な技を見ては歓声を上げた。

 小さな子供達のダンスが終わってから、促されて立ち上がり出て行く。

「表彰式だね」

「段取りは聞いてるな?」

「はい、ラスティから聞きました」

 まずは、男女混成の合唱隊と一緒に広場に出て行く。

 手に、ミスリルの鈴のついた短い笏を手にした合唱隊は、お揃いの真っ白な服を着て、頭には花冠を飾っている。

 ニコスのシルフが教えてくれた場所に立ったレイは、胸を張ってやや赤い顔を上げた。

 大勢の人達が自分を見つめている。



 こうやって人前に出るようになって理解した事がある。

 視線には、ある種の強い圧力がある。明らかに見られていると分かると、なんとも言えない圧倒されるような感覚に襲われるのだ。

 しかし、決してそれに負けてはいけない。弾き返すくらいの気迫でしっかりと胸を張って立っていなければならないのだ。


 一人の恥は竜騎士全体の恥になると思え。

 見習い期間中とは言え竜の紋章を背負っている時、決して自分一人では無いのだ。背後に、常に仲間達がいる事を決して忘れるな。


 恥ずかしがって俯きがちなレイに、マイリーやグラントリー達が何度も言って聞かせた事だ。

 しかし、万一何か失敗をしても構わないから恥ずかしがらずに堂々と胸を張っていなさい。とも言われた。その為の見習い期間なのだと。



 それを思い出して小さく深呼吸をしたレイは、俯きたくなる自分を必死になって叱咤して、少し離れた場所で、自分に向かって手を振ってくれるニコスのシルフを見つめていた。

 こんな風に、彼女達は何処を見れば良いかなども、密かに教えてくれたりもする。

 去年と同じく、竜騎士隊の背後に百人以上の合唱隊が整列し終えた時、陛下がゆっくりと立ち上がった。

 ざわめいていた会場が、一気に静まり返る。

「花祭りの終わりをここに宣言する。精霊王に祝福あれ」

 陛下の声が広い会場に響き渡る。

「精霊王に祝福あれ」

 背後の合唱隊と竜騎士隊の全員揃って、一斉に声を揃えて唱和する。

「女神オフィーリアに祝福を!」

 続いてアルス皇子がそう言って、竜騎士隊が全員揃って腰に装備したミスリルの剣を軽く抜いて聖なる火花を散らした。

 それを合図にしたように、合唱隊が一斉に口を開いて歌い始める。続いて竜騎士隊の皆も同じく声を揃えて歌い始めた。

 最初は、女神オフィーリアを称える歌が二曲続く。

 一斉に鳴らされる軽やかなミスリルの鈴の音と見事に調和した美しい歌声は、広い会場を優しく包み込んだ。

 その美しい歌声に誘われて、呼んでもいないのに大勢のシルフ達が現れて、大喜びで手を繋いでくるりくるりと舞い踊っていたのだった。

 最後は、ようやく歌い慣れてきた精霊王を称える歌だ。

 全部歌い終わった時には、レイは緊張のあまり額に汗をかいていた程だった。



 歌が終わると、一旦退場する。

 割れんばかりの拍手に送られて一旦下がった後は、会場の準備が出来次第、第二部隊の兵士達と一緒に改めて出て行く。

 今度は、花の鳥の人気投票の結果発表と表彰式だ。

 それぞれの手には、受賞者達に渡す記念の盾がある。他にも賞金の入った袋も用意されていて、それぞれ手渡す事になっているのだ。

 袋には小さな札が括り付けられていて、どの袋が、どの賞への賞金か間違わないようになっている。



 竜騎士達が出てきたのを見て、また会場が歓声と拍手に包まれる。

「静粛に! ただ今より、花の鳥の各種投票結果を発表致します」

 進み出た第四部隊の司会役の兵士の声が、拡声されて会場に響く。その言葉に、またピタリと会場が静まり返った。




 特別賞、激励賞、女神の花束章、カラクリ特別賞が最初に発表される。

 これは皇族と貴族達及び竜騎士達による投票で決められた文字通りの特別賞で、一般の人気投票とは関係しない賞になる。



 順に発表され、女神の花束賞の担当だったレイは、去年も受賞した、あの見事な親子の女神像を作った若い神官達に、笑顔で記念の盾と賞金を手渡した。

 人気投票は三位から順番に発表され、レイは三位の賞金を渡す役目を務めたのだった。

 一位は、あの歩く大きな花の鳥が受賞していた。

「へえ、去年に引き続き同じ工房が受賞したな。これは来年が大変だぞ」

 ルークの面白がるような呟きに、レイは首を傾げる。

「後で教えてやるよ」

 笑ってそう言われて、小さく頷き前を向いて胸を張った。



 まずは、陛下を始めとした皇族方が退場して行き、それに続いて竜騎士達も拍手の中を退場した。

 そしてそのまま、特別製の花馬車に乗って城へ帰る陛下や皇族の方々を見送り、彼らも準備されていたラプトルに乗って、大急ぎで城の本部まで戻って行った。

 この後、午後の一点鐘の鐘の音と共に、全員揃って花撒きに出る為だ。

 本部へ向かってラプトルを速足で歩かせながら、レイは無事に役目を務め終える事が出来て心底ホッとしていたのだった。

『なかなか上手く出来たな』

 右肩に現れたブルーのシルフに、レイも笑顔になる。

「そうだね、すっごく緊張したけど、上手く出来て良かった。皆も嬉しそうだったね」

 笑って頷くブルーのシルフと一緒に、既に本部の兵士達が花撒きの為の準備を整えていてくれている、竜の為の中庭に大急ぎで向かうのだった。

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