花撒きと午後からのお出掛け

 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイだったが、なんとか起きようとしたが目が開かず、枕に抱き付いたまま二度寝の海に沈んでいった。


『寝ちゃったね』

『寝ちゃった寝ちゃった』

『時間なのにねー!』


 文句を言う割には楽しそうなシルフ達は、眠るレイの首元や襟足、真っ赤な赤毛の間、枕に抱き付く腕の隙間など、それぞれ好きな所に潜り込んで一緒に寝るふりをした。

 静かな部屋に、レイの規則正しい寝息だけが聞こえていた。



 ぼんやりと微睡んでいたレイは、聞こえたノックの音とラスティの声に何とか目を開こうとした。

「レイルズ様、朝練に行かれるのなら、そろそろ起きてください」

 掛けられた声に唸るような返事をしたレイは、起きようとして悲鳴を上げた。

「うわあ、両手が痺れて感覚が無い!」

 うつ伏せになって枕に抱き付いたまま熟睡してしまったおかげで、枕の下敷きになっていた両腕の肘の上あたりから指先の感覚が無い。

「だ、大丈夫ですか!」

 ベッドに突っ伏して悶絶するレイの肩を叩く。くぐもった悲鳴が聞こえて、ラスティは思わず吹き出した。

「酷いラスティ! 今の、絶対わざとでしょう!」

 物凄い勢いで横に転がり、そのまま腹筋だけでレイが飛び起きる。

 その瞬間、レイの額と覗き込んでいたラスティの額がまともにぶち当たった。部屋に鈍い音が響き、そのままラスティが声も無く床に沈んだ。

「ひ……久々の石頭攻撃……」

 まともに食らった額を抑えて小さく呟いたきり、無言で悶絶していた。



 同じくベッドに逆戻りしたレイも、額を抑えて悶絶していた。

『全く、朝から何をしておるか』

 呆れたような声でそう言ったブルーのシルフは、まだ悶絶しているレイの側へ行って無言で額を叩いた。

「あれ、ちょっと痛いのが引いたや。あ、ブルーおはよう。もしかして癒しの術を使ってくれたの? ありがとうね」

 笑顔でそう言って額を触ろうとした時、まだ床に転がったままのラスティに気が付いたレイは、焦って起き上がろうとした。

「うわあ、ラスティ! ごめんなさい! 大丈夫ですか! ああ駄目だ。まだ腕が痺れてるよう」

 そう叫んで、起き上がろうとした勢いのまま、もう一度ベッドに倒れ込む。

 床から吹き出す音が聞こえて、レイはベッドに倒れたまま笑いながら叫んだ。

「ラスティ、今笑ったね!」

「も、申し訳……」

 ラスティは必死で笑いを堪えながら謝ろうとしたが果たせず、結局二人揃って大笑いになった。




「全く、何をしているんですか」

 呆れたようなハン先生の言葉に、レイとラスティはずっと笑っている。

 二人の額には、揃って大きな湿布が貼られている。

 結局、朝練に行き損なってしまったレイは、ハン先生の指示で食事の後は午前中は大人しくしている事になった。

 二人揃って湿布を貼ったまま、笑いながら食堂へ向かった。



「ねえ、これってずっと貼ったままですか?」

 一緒に食堂へ来たハン先生に、レイは額に貼られた湿布を触りながら質問した。

 今日は、午後一番の十二点鐘の鐘で花撒きを行い、戻って来たらそのままヴィゴの所へ行く予定になっている。

 ディーディー達も来ると聞いているので、出来ればこれは外しておきたい。

「花撒きはそのまま行ってください、どうせ上空ですから見えないでしょう?」

 からかうようにそう言われて、口を尖らせつつ頷く。

「戻って来たら、改めて診てあげます。腫れが引いていれば大丈夫ですが、引かないようならそのままですね。そうなら諦めてください」

 ハン先生の言葉に無言で突っ伏したレイは、午前中いっぱい、教えてもらったばかりの陣取り盤での一人遊びをして過ごし、その間中ウィンディーネ達に頼んで、必死になってひたすら額を冷やしてもらっていた。

 ソファに座ったレイの側で呆れたように笑いつつも、ブルーのシルフもせっせと額に何度も癒しの術をかけてくれていたのだった。






「それじゃあ行って来ます!」

「申し訳ありません、行ってまいります」

 神殿での午前中の務めを終えたクラウディアとニーカは、見送りに来てくれた巫女達に笑顔で手を振って、迎えに来てくれた馬車に乗り込んだ。

「スマイリーから聞いたけど、レイルズは今日、花撒きの担当なんですって」

「あら、それなら昼食は一緒じゃないのね」

 残念そうなクラウディアの言葉に、ニーカは笑って首を振った。

「大丈夫よ。今日の花撒きは、十二点鐘からなんだって。

 そう言って馬車の窓から空を指差した。

 馬車の窓から見えたのは、今まさに花祭りの会場へ向かう、並んで飛ぶ三頭の竜の姿だった。

「シルフ、レイルズに声を届けて!」

 笑顔のニーカの言葉に、あちこちにシルフが現れる。

「いってらっしゃい!」

「ヴィゴ様のお屋敷で待ってるからね!」

 見えないと分かっていても、馬車から上空の竜に向かって手を振った。

『ありがとう、花撒きが終わったら行くからね!』

 目の前に現れた大きなシルフが、レイの言葉を伝えてから手を振っていなくなる。

 それを見た二人は、手を叩き合って大喜びしていたのだった。






 もう、花撒きの準備もすっかり慣れたものだ。

 レイも手伝って、ブルーの大きな背中にいくつもの花束の入った箱を載せてまわり、最後の一個の金具を締め終わると、そのまま鞍に跨った。

 ロベリオとユージンが見送ってくれる中を、ルークとタドラと共に、花祭りの広場へ向かった。

 湧き上がる大歓声に迎えられて到着した会場で、ルークの挨拶の後に一斉に花束を撒いた。

 シルフ達が、大喜びで箱に入った花束を撒き散らかしていく。ブルーのシルフや、ニコスのシルフ達も一緒になって、楽しそうに大はしゃぎで花束を投げ落としている。

 下から冷やかすような歓声が聞こえる度に、レイも笑顔になってあちこちに花束を投げた。

 それから最後の花束は、思いっきり遠くに放り投げた。

 一生懸命花束を取ろうとする真面目な人達の縁を繋いでください、と願いを込めて。



「皆、幸せにね!」



 ついそう叫んだら、当然のようにシルフ達が頼みもしないのにレイの言葉を拡声して広場中に届けてくれる。

 会場中から、笑い声と拍手が沸き起こる。もう三度目になると、会場もレイの言葉を聞いて、当然のように大喜びしている。

 更に、あちこちから冷やかすような口笛の音も聞こえて、レイも笑顔になる。



 無事に花撒きを終えて、本部へ戻った。



 ブルーにキスをしてから第二部隊の兵士達に後片付けを任せて、レイは皆と一緒に休憩室へ向かった。

 まずはハン先生に額の様子を診てもらい、無事に湿布を剥がしてもらう事が出来た。

 少し休んだら、タドラとジャスミンと一緒にラプトルに乗ってヴィゴの所へ向かう。

「カウリは一の郭のお屋敷から直接ヴィゴのお屋敷へ向かったんだね」

 レイの言葉に、タドラも頷く。

 最初の予定では、カウリも一緒に向かう予定だったのだが、屋敷に戻っていたのでそのままヴィゴの屋敷へ向かうことになったのだ。

 カウリは、花祭りの期間中、ほぼ屋敷に帰っている。

 その理由についてはあまり深く考えなかったレイは、仲が良くていいな、程度にしか考えていない。


『お出掛けお出掛け』

『楽しい楽しい』


 周りではしゃいでいるシルフ達に笑いかけ、レイも笑顔で何度も頷いた。

「そうだね、楽しいお出掛けだね」

 その言葉に、タドラとジャスミンも笑顔になる。

 それぞれの竜の使いのシルフも主の肩の上で嬉しそうに頷いているのだった。

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