和やかな食事会

 ラプトルに乗った三人は、護衛の者達と共に一の郭にあるヴィゴの屋敷に到着した。

 玄関で出迎えたクローディアとアミディアに挨拶をして、今年も見事に作られた玄関に置かれた花の鳥を見せてもらう。

 それからヴィゴ夫妻の案内で、大きな丸い机と幾つもの椅子が置かれた庭に通されると、そこにはすっかり大きくなった猫のローズマリーを飽きもせずに撫でている、クラウディアとニーカ、それからカウリの三人が別に置かれた大きなソファーに並んで座っていたのだった。

 そのソファーの上には日避けの大きな傘が立てられていて、優しい影をソファーに落としていた。



「遅くなりました!」

 レイの声に、三人が顔を上げる。

「おお、花撒きご苦労さん。上手く出来たか?」

 手を上げたカウリの言葉に、レイは笑顔で胸を張った。

「もちろんだよ。いっぱい撒いてきました」

「あはは、だけど自分で撒いた花束は、残念ながら取れないもんな」

 からかうようにカウリにそう言われて、レイとそれからクラウディアはほぼ同時に真っ赤になった。

 それを見て、皆で笑い合った。



「さて、待たせたな。それでは食事にしよう」

 笑ったヴィゴに背中を叩かれ、レイも笑って席に着いた。

 レイの隣にクラウディア、その隣にニーカ、カウリが座り、アミディアとクローディアとタドラがその横に並んで座る。その隣にヴィゴ夫妻が座り、その隣にジャスミンが座った。つまり一周回ってレイの隣だ。

「丸いテーブルだと、皆の顔が見えて良いわね」

 嬉しそうなニーカの言葉に、皆も笑顔になる。確かに、四角いテーブルよりも、皆の顔がよく見える。

 彼女は知らなかったが、丸いテーブルで家族以外の人と一緒に食事をするというのは、ここでは身分を気にせず気楽に食べてください、という意味があるのだ。

「マナーは気にしなくて良いから、好きに食べなさい」

 ヴィゴの言葉に、嬉しそうに返事をするニーカだった。



 用意された食事は昼食とは思えないくらい華やかで豪華なものだったが、ニーカとクラウディアの前に置かれた料理は、彼女達が食べやすいように肉は小さく切り分けられていたし、添えられた野菜も、食べやすいように工夫されていた。

 実は彼女達は日常のお勤めの合間を縫って、公爵様が寄越してくれた執事から最低限の行儀作法やテーブルマナーを学んでいる真っ最中なのだ。

 しかし、さすがにそう簡単に覚えられるようなものではなく、二人ともかなり苦労している。

 用意されたそれらを見て食前のお祈りを終えた二人は、それぞれ真剣な顔でカトラリーを手にしたのだった。

「ディーディー、大丈夫だよ。上手に使えてるよ」

 食べながらも緊張してカチカチになっているクラウディアを見兼ねて、レイが小さな声でそう言ってやるが、彼女は真顔で頷くだけでなかなか緊張が解れる様子は無い。ニーカも、マナーは気にしなくていいと言われても、やはり緊張しているようだ。

 その様子を見ていたヴィゴは、小さく笑って口を開いた。



「クレアもニーカもそんなに緊張せずとも良い。いい機会だ。知らないようだから教えてあげよう」

 その言葉に、二人は不思議そうに手を止めて顔を上げる。

「この丸いテーブル。先ほどニーカは、皆の顔が見えて良いと言ってくれただろう?」

 笑顔で頷く彼女に頷き、ヴィゴは皆の顔を見回した。

「通常は、こういった場では四角いテーブルを使う。しかし、そうなるとそれぞれの席に上下が出来るのだよ」

「席に上下が出来るって? どういう事ですか?」

 不思議そうなニーカの言葉に、ヴィゴは執事に合図して小さな手拭き布を持って来させた。長方形のそれを広げて見せてから机の上に置く。

「例えばこれがテーブルだとすれば、ここが一番身分の高い席。主賓、つまりその場の一番中心になるお客様が座る席だ」

「ええと、例えば今日なら、誰がその主賓なのですか?」

 ニーカが嬉しそうに全員を見回す。

「そりゃあ、婚約が整ったこの二人だろうなあ」

 カウリの言葉に、ヴィゴも頷く。

「そうだな。なので、この場合なら二人はこの席、そしてクレアがここ、ニーカはここに座る」

 そう言って、指で順番にそれぞれ誰がどこに座るかを教えていく。

「まあそんなところだ。それとは逆に丸いテーブルの場合は、どこが一番上、というのが基本的に無い。つまり、ここでは身分を気にせず楽しんでください、という意味になるのだよ。分かるか? 貴女達がこういった席でのマナーを知らない事は、ここにいる全員が知っている。今まさに勉強中だという事もな」

「だから、ちょっとくらい失敗してカトラリーを飛ばしても、誰も笑わないし叱られないよ」

 これも優しいカウリの言葉に、二人は明らかにほっとしたようだった。



 それから後は、お喋りも楽しみつつ、豪華な昼食を頂いた。



 食後のデザートに出されたのは、柔らかな薄紅色のベリーのムースの上にたっぷりのクリームと刻んだ果物が乗せられたもので、そんなお菓子を初めて食べたニーカとクラウディアは、一口食べて大喜びしていたのだった。

「良かったら俺の分も食ってくれよ」

 あっという間に平らげてしまい、かけらも残さず綺麗になったニーカの前のお皿を見たカウリが、笑って自分の前に置かれた華やかなムースを彼女の目の前に押して寄越す。

「俺にはこれはちょっと甘すぎるんだよな。まだ腹に余裕があるならどうぞ」

 目を輝かせたニーカは、しかし、何か言いかけて、まだ半分以上残っているムースを食べているクラウディアを振り返った。

 視線だけで彼女が何を言いたいのか察したクラウディアは笑って首を振る。

「私は一つあれば充分だわ。食べられるなら頂いて……よろしいんですよね?」

 思わず最後は小さな声でヴィゴを見てそう尋ねる。

「まあ、ニーカはまだ未成年ですからね。構いませんよ。どうぞ」

 優しくそう答えてくれたヴィゴに一礼して、ニーカはもらったムースを満面の笑みで食べ始めた。

「すごく美味しいです。こんなお菓子は初めて食べました」

 嬉しそうなニーカの言葉に皆も笑顔になる。

 そこから、普段の神殿での食事の話になり、クラウディアが幼い頃に食べていた食事、それからレイが母と暮らしていた自由開拓民の村でどんな物を食べていたかという話をした。

 狭い貴族の生活しか世界しか知らないクローディアやアミディア、それに、ジャスミンも、真剣な顔で話を聞いていたのだった。



「普段私たちが口にしている食べ物だって、材料となる一つ一つを、どこかの見知らぬ誰かが作ってくれているから食べられるのですね。感謝しなければ」

 真剣なジャスミンの言葉に、その場にいた全員が真剣に感謝の祈りを捧げたのだった。

 そんな彼らを、お皿の縁やテーブルに飾られた花に座ったシルフ達が嬉しそうに見つめていたのだった。

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