陣取り盤での遊び
「すっかり遅くなっちゃいましたね。それじゃあ戻りますね」
ようやく全ての作業が終わり、お茶を淹れてもらって寛いでいたレイは、真っ暗になった窓の外を見て急いで立ち上がった。
「ああ、助かったよ。ご苦労だったな。野の花はすぐに処置をしてしまわんと、傷んでしまうからな」
そう言ってガンディは処置の終わった薬草がぶら下がる乾燥台を見た。
「あの中のいくつかは、其方達竜騎士にも僅かだが効果がある薬になる。出来上がったら、ハンティラスに渡しておこう」
「ハンティラスって?」
初めて聞く名前に目を瞬くレイに、ガンディは小さく笑った。
「ああ、彼の名を知らんかったか。其方達がハン先生と呼んでおる彼だよ」
「へえ、ハン先生ってそんな名前だったんですね」
そう言えば、ハン先生はレイが一番最初に竜熱症で運ばれて来た時から知っているが、よく考えてみたら改まって挨拶をした覚えがない。ロベリオ達に連れられて改めてここへ来た後も、皆がハン先生と呼んでいるので、レイもそのままそう呼んでいたのだ。
「ハンティラスは、タキスと同じで彼もまた天才でな。こと医術に関しては右に出るのもはないんだが、それ以外は色々と抜けておる所が多々ある。多分、本人はもう自己紹介の事なんぞすっぱり忘れておろうな」
「気にしてません、ハン先生にはすごく世話になっていますから」
朝練で叩きのめされた時など、いつもレイの面倒を見てくれる有難い先生だ。
その言葉に、ガンディも笑って頷いている。
「それじゃあ戻りますね。えっと、明日は大勢で押し掛けますので、よろしくお願いします!」
「おお、待っておるぞ」
笑顔でそう言ってくれたので、改めて一礼してから部屋を後にした。
「すっかり遅くなっちゃったね。早く帰らないと」
白の塔の建物を出て渡り廊下を歩く。
廊下の横には、等間隔に篝火が焚かれていて明るく足元がよく見える。
「へえ、夜のお城って空からしか見たことが無かったけど、こんな風なんだね」
嬉しそうにそう呟いて辺りを見回す。
篝火に照らされた城は、影が大きく落ちてとても綺麗だ。
お城の中庭に到着すると、篝火が一気に増えて一層明るくなった。
日が暮れたとは言っても、まだそれ程遅い時間ではないので、あちこちに人がいて、中には華やかなドレス姿のご婦人も見える。
「へえ、今から夜会かな?」
そんな事を呟きながら、中庭を突っ切って本部の方へ向かう。
竜騎士隊の本部へ行く扉は普段は閉められていて、誰かが通る時だけ警備の兵士が扉を開けてくれる。
「おかえりなさいませ」
顔見知りの兵士がそう言って扉を開けてくれる。
「ご苦労様です」
笑顔で返事をして、渡り廊下に出た。
見慣れたいつもの景色に、帰って来たんだと思ってなんだか安心した。
「お城の中に行くと、あちこちから本当に見られるんだよね。もう慣れたけど、やっぱり気になるよ」
小さく呟き、ちょっと背中を丸めて歩き出した。
『お疲れのようだな』
からかうようなブルーのシルフの声に、レイは笑って顔を上げた。
「一人でお城へ行くとさ、もの凄く見られるんだよね。やっぱり気になるし恥ずかしいよ。僕、本当にやっていけるかな」
ため息と共に、そんな気弱な事を言うレイにブルーのシルフは笑って肩に座った。
滑らかなその頬にそっとキスを贈る。
『城にいる奴らが其方を見るのは当然だよ。気にするな』
「まあそうだけどさ。うう、やっぱり自信無いよ」
もう一度ため息を吐いて、それから顔を上げて本部へ戻った。
「ああ、おかえり」
休憩室には、ルークとマイリーが陣取り盤を挟んで座っていた。ヴィゴとカウリ、若竜三人組は戻って来ていないようだ。
「お土産の薬草、すっごく喜んでもらえました」
二人の横から陣取り盤を覗き込む。
しかし、そこに並んでいたのは歩兵だけで、しかもその半分は赤い帽子をかぶっている。何をしているのか全く分からない。
「ええ、何してるんですか? 他の駒は?」
レイの悲鳴に二人が同時に笑う。
「いや、ちょっと遊んでるんだよ。ちなみにこれは、挟み合い、とか、挟み戦争って言う遊びだよ」
「どうやるんですか!」
目を輝かせるレイに、また二人が同時に笑う。
「じゃあこっちへ座って一緒にやろう。教えてやるよ」
ルークに言われて、レイは急いで隣に座り直した。
「歩兵が俺の駒、赤い帽子をかぶってるのがマイリーの駒だ。で、要は自軍の駒で相手の駒を挟んだら取れる、それだけだよ。だけど案外難しいんだよな」
二人が交互に駒を動かしては取り合うのを、レイは横で必死になって見つめていた。
やがて駒が減ってくると、途端に動きが無くなりそこで終了になった。
「分かったか?」
「た、多分」
「じゃあやってみると良い。見ててやるよ」
マイリーが立ち上がって横に座る。
頷いたレイが、マイリーが座っていた場所に座り、ルークと駒を並べ直す。
始めてみると、案外白熱した戦いになった。
最後にはレイが負けてしまったが、横で見ていたマイリーは密かに感心していた。
「へえ、思ったよりも健闘したな。何なら他の遊びも教えてやるよ。意外とやるかもしれないな」
妙に嬉しそうにそう言い、一人遊びのやり方も教えてくれた。
「騎士の巡礼。という名前がついたこれは、騎馬の駒を一つだけ使って、盤上の全てのマス目を一度ずつ通る遊びだ。答えはこんな風にマス目が書かれた黒板に線を引いていくんだよ」
そう言って足元から陣取り盤と同じ大きさでマス目が引いてある黒板を取り出して見せてくれた。
「他には、八人の兵士。これは赤い帽子をかぶった歩兵の駒を使う。こいつが動けるのは女王と同じだから上下左右、そして斜め四方だ」
指で示して盤上に一つ置く。
「この八個の駒を、それぞれ重ならないように、つまりどの進路も遮らないように全部置くんだ。どうだ、まずどこに置く?」
「えっと……」
真剣に考え始めたレイを見て、二人は嬉しそうに笑っている。
結局、ラスティがそろそろおやすみになる時間ですと呼びに来てくれるまで頑張ったが、答えを見つける事が出来なかった。
「うう、なんだか悔しい。ちょっと考えてみます!」
「頑張れ、これはまあ遊びの一種だが、普段やっている陣取り盤とは違う、こういったのばかりを楽しむ倶楽部もあるぞ。どうだ?」
嬉々としてそう言われたが、レイは情けなさそうに眉を寄せた。
「ちょっと僕には無理みたいです。考えすぎて頭が煮えそうです」
そのあまりにも情けない言い方に、マイリーとルークはまた揃って吹き出した。
「まだまだ知らない事だらけだね」
右肩に座って、二人と一緒になって笑っているブルーのシルフにそっとキスをしたレイは、大きく伸びをしてソファーに転がったのだった。
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