白の塔にて

 ガンディと一緒に一年振りに白の塔の食堂に来たレイは、本部の食堂とは違う料理の数々に大喜びをして、お皿に山盛りに取ってきて食べていた。

「気持ち良いくらいによく食べるのう。さすがは育ち盛りじゃな」

 他の人よりも多いとは言っても、レイのお皿よりはかなり少ないガンディは、自分の皿とレイの皿を見比べて先ほどからずっと笑っている。

「でも、もう育ち盛りは終了みたいで身長はそろそろ伸びなくなってきました。ロッカが、僕のミスリルの鎧の製作に入ってくれているって聞きましたよ」

「はは、それだけ育てばもう良かろう」

 ガンディにそう言われたレイは、口を尖らせて首を振った。

「目標はヴィゴなんだけどなあ。だけど、ヴィゴに並ぶには、あともうちょっと足りないんです」

「ヴィゴは2メルトを越しておろう。さすがに大きすぎやせんか?」

「ええ、だってヴィゴって格好良いじゃないですか!」

 目を輝かせるレイの言葉に、ガンディだけで無く、周りで食べていた医師達までもが吹き出した。

「確かに、ヴィゴは格好良いのう」

 笑ったガンディの言葉に、レイも笑顔で何度も頷く。

「なら後は、もう少し身体に筋肉をつける事だな。其方の身長ならまだまだ鍛える余地はあるぞ」

 その言葉に、レイは満面の笑みになった。

「はい、ヴィゴからもそう言われて、朝練の時に、準備運動の後に腹筋や重りを上げる訓練もやっています!」

「そうか。まあ怪我には気をつけてな。しっかり頑張りなさい」

 嬉しそうに笑って頷くレイに、周りの医師達も笑顔になった。




 レイは取ってきた料理の残りを平らげながら、次々とガンディの元にやってくる人達と食べながらも何やら難しそうな話を始めるのを見て、トレーを持って少し離れた。

「ガンディ、すごく忙しそうだけど大丈夫かなあ。あんなに沢山、すぐに処理しないといけない物を勝手に持ってきちゃって迷惑だったかな?」

 最後の燻製肉を食べた後、お皿を片付けながら心配になってきた。

「えっと、ブルーはあの薬草の処理の仕方って知ってる?」

『もちろん、知っておるぞ』

 右肩に座ったブルーのシルフが当然のように答えてくれる。ニコスのシルフ達も現れて頷いているので、彼女達も知っているみたいだ。

「だったら、持って帰ってお薬にしてから届けた方が良かったかな?」

『案外手間が掛かるからな。気にするな。これは彼の仕事のうちだよ』

「そうかなあ。まあ、珍しいお薬になるって言っていたものね。誰かの役に立ったら良いね」

 そう言って食器を片付ける為に立ち上がった。




 ポットにお湯をもらい、蜂蜜の瓶と一緒にトレーに乗せてお菓子を取りに行く。

 ここの花祭り限定のお菓子は、綺麗な花の形の砂糖菓子と、ベリーのマフィンの上にクリームで花を絞り出して作っている二種類のお菓子だった。

「どっちも美味しそう」

 嬉しそうにそう呟いて、マフィンを二つと砂糖菓子も一通り取った。



 席に戻ると、また人が増えている。

 苦笑いして、机の端まで下がって椅子に座った。

「あれ、レイルズ……様……だよな?」

「あ、本当だ。ええこんな所でどうしたんですか?」

 背後から声をかけられて振り返ると、精霊魔法訓練所で何度か勉強を教えてもらった事がある、ロルフとフォルカーがトレーを持ったまま驚いた顔で立っている。

 彼らは確か今年の春に大学院の薬学部を卒業した後、そのまま白の塔に医師見習いとして勤めているのだと聞いた。

「久し振りだね。どうぞ」

 前の空いた席を示すと、笑った二人が座ってくれた。

「どうしてここで……ああ、もしかしてガンディ様と?」

「そうなんだけど、食べていたらどんどん人が来ちゃって、お邪魔かと思って離れて座ったの」

「いや、ガンディ様は、いつもあんな感じですよ」

「確かにそうだな。一人で食べているのって見たことが無い」

 顔を見合わせて笑っている。

 それから後は、食べながら他愛無い話で笑い合った。



「すまんかったな。おおそうか、其方達、レイルズと知り合いか」

 ようやく人がいなくなり、あっという間に食べ終えたガンディは、隣にレイルズが座っていないのに気付いて慌てて周りを見回し、三人が笑って手を振っているのに気付いてトレーを持ったままこちらへ来た。

「時々、マーク達がいない時に勉強を図書館で教えてもらったりしてたんです」

 レイの説明に納得したガンディは、二人の背を叩いて、一旦トレーを返してお茶だけを取ってきた。

 少し離れたところに座り、黙って仲良く話をしている彼らを眺めていた。




「あ、そろそろ時間だもう戻らないと」

「本当だ。それじゃあまたな。頑張って!」

 時間を告げる鐘の音を聞いて、二人が慌てたように立ち上がる。

「うん、またね。お仕事頑張ってね」

 笑顔で手を叩き合い、二人は大急ぎで戻っていった。

「そうか、白の塔にも訓練所に通っている者達がいたな」

 ガンディの言葉に、レイは笑顔で頷いたが、少し考えて口を開いた。

「えっと……ほら、降誕祭の事件があった後、訓練所がしばらくは閉鎖されたでしょう」

 ガンディにだけ聞こえるように、小さな声で話す。

 頷くガンディに、レイは彼らが出ていった扉を見てから、カップにカナエ草のお茶の残りを注いだ。

「訓練所が再開された後、しばらくは精霊特殊学院の教室を借りて合同授業だったんです」

「ああ、確かにそうだったな。おかげで授業の予定が狂って大変だったそうだからな」

 苦笑いするガンディに、レイは黙って頷いた。

「その時に、彼らや、他にも何人もの人達が、僕が合同授業についていけない時に勉強を教えてくれたりノートを見せてくれたりしたんです。それから、時々マーク達が来ていない時に自習室でご一緒させてもらったり、食堂でお話ししたりしたんです」

「そうか、マーク達ばかりと一緒にいるのかと心配しておったが、他にも友人は出来たんだな」

「一番仲が良いのはマークとキムです。だけど、他にも何人も仲良くしてくれている人はいるよ」

 嬉しそうなレイの言葉に、ガンディも笑って頷いた。

「仕事や義理を介さない、こう言った友人を作れるのは今だけだからな。せっかく知り得た縁じゃ。大事にしなさい」

 たっぷりの蜂蜜を入れたお茶をかき混ぜてから、レイは残りのマフィンと一緒にお茶を楽しんだ。



 先程の部屋に戻ったレイは、ガンディに教えてもらいながら、花びらを一枚ずつ剥がしたり、葉を洗って乾かしたりするのを手伝った。



 小さな小花は、洗って汚れを取った後、根元を縛って専用の乾燥台に吊るしておく。

 こうしておけば、シルフ達が横に付いた風車を回して遊ぶので、ずっと周りに風が吹いて吊るした小花がすぐに乾いてくれるのだ。

「これは初めて見ます。石のお家で薬草を作っていた時は、壁に作りつけた金具に引っ掛けて吊るしてました」

 シルフ達が、楽しそうに風車で遊んでいるのを見て、レイは笑って、邪魔するように手を伸ばして風車を突っついている。


『駄目駄目』

『これは大事な風車なの』

『楽しい楽しい』

『回るよ回るよ』

『大好きなの』


 笑ったシルフ達が何人もそう言ってレイの指を突っつき返している。

「これは儂が考えた物だからな。タキスは知らなくて当然じゃな」

「ええ、すごい! でも確かに良い考えですね。飽きっぽい彼女達も、こうしておけば次々に来て風車を回してくれる。その結果、横に吊るしてある薬草にも風が満遍なく当たって綺麗に乾燥するんですね」

「壁に掛けると、壁に当たった側がどうしても傷むからな。時々ひっくり返してやる必要がある。しかしこれが案外大変なんじゃ」

 肩を竦めたガンディの言葉に、レイは白の塔で作る薬の量を聞いて納得した。



 この白の塔で日々作られている薬の数は膨大だ。その為、出来る限り効率を考えて作業は行われている。

 例えば、いつも飲んでいるカナエ草のお茶。これだって、白の塔の竜人の職員達が作ってくれているから飲むことが出来る。

 近隣の専用の畑で大量に栽培されているカナエ草は、決して切れさせてはならない薬草の代表だ。

「道具一つで作業が楽になるのなら、いくらでも考えるし工夫するであろう?」

 得意気なガンディの言葉に、レイは目を輝かせて何度も頷き、ギードが一番大変な畑の仕事である小麦を収穫する為に開発した、トリケラトプスに取り付ける専用の刈り取り道具の説明を始め、驚いたガンディがもっと詳しく話を聞きたがり、最後には蒼の森のギードを呼び出してガンディに直接詳しい話をしてもらったのだった。



「その道具、カナエ草の畑でも使えぬか考えてみよう。ふむ、これは良い事を聞いたわい」

 嬉しそうなガンディに、少しでも役に立てたと、レイは密かに喜んでいたのだった。

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