真実の欠片
「ほうらよっと」
もう何度目かも覚えていないくらいに、また投げられ転がされた。
なんとか踏ん張ろうとしたが軽々と躱され、またしても受け身を取る事すら出来ずに放り投げられる。
地面に叩きつけられる前にノーム達が止めてくれたが、もう息が切れてお礼を言う事も出来なかった。
地面に転がったまま、必死になって息をした。
よく晴れた空が眩しくて、レイは顔を覆って横向きに転がった。
投げ飛ばされて受け身を取れなかった時には、全部ノーム達が守ってくれた。
おかげで、怪我は無いし何処も痛く無い。
しかし、代わりに息は切れ、心臓は早鐘のようになっている。
「大丈夫か? ほら、これ飲んどけ」
蓋を開けた水筒を渡され何とか起き上がろうとしたが果たせず、転がったまま水筒を受け取る。
「なかなか頑張ったな。もっと早くに負けを認めると思ったんだけどなあ」
隣に座って、レイが持ったままの水筒を取り上げて自分で飲む。
蓋をして軽く振ってから、もう一度レイの手に持たせてくれた。
「ほら、起きろ」
腕を引かれて起き上がって座り込む。
「ありがとう、ございます」
なんとかそれだけを言って、貰った水筒の水を飲んだ。
初めて会ったブレンウッドの街でもらった時と同じ、甘くて美味しい水だった。
「凄いや。何をしても全然敵わなかった」
水筒を返しながら、レイはそれでもこれ以上ないくらいの笑顔だ。
「筋は悪く無いんだけどな。なんて言うか動きが正直過ぎるよ。もうちょっと狡猾に立ち回らないと、相手にどこを攻撃しようとしてるのかが丸分かりだ。全部読まれてるぞ」
受け取った水筒に蓋をしながら、ガイはそう言って笑っている。
「以前、ニコスにも言われた。でも、そんなの無理だよ」
「ま、それはこれからに期待って所だな。言ったように筋は悪く無い。身体も年齢を考えれば充分過ぎるくらいに仕上がってるさ。人間達の間でなら、それなりに良い方だろう?」
「どうなんだろう。まだ、竜騎士隊の誰からも一本取れていないんだ」
心底悔しそうなその言葉に、ガイだけでなくバザルト達までが吹き出した。
「そりゃあお前、経験値が違うだろうが。そう簡単に新人に負けられるかってな」
それでも悔しそうに口を尖らせるレイに、ガイは優しく笑いかけた。
「まあせいぜい頑張れ。今度会う時に、どれくらい成長しているか楽しみにしているからな」
「また、手合わせしてくれますか」
目を輝かせるレイの言葉に、ガイは驚いて目を瞬いた。
「そうだな。こうやって思いもよらぬ場所でまた会えたんだから、次だって会えるさ」
「そうだな。必要ならば、星が導いてくださるだろう」
バザルトの言葉に、ガイも笑って頷いた。
「さて、お前さん。もうそろそろ戻った方が良いんじゃないか? 外泊届けを出しているんなら別だけどさ」
ガイがそう言って指差した方角を見たレイは、慌てて立ち上がった。
まだ明るいが、そろそろ日が傾き始めている。
「うわあ、大変だ! 日が暮れるまでに戻らないと駄目なのに!」
上着を着ながらそう叫んで急いでボタンを留める。
「おいおい、いくら竜の翼でも、今からオルダムに日暮れまでに帰るって……」
目の前に現れたブルーのシルフは得意気に胸を反らせている。
「まさかと思うけど……帰れるのか?」
『当然だろうが。我を誰だと思っておる』
平然とそう言われて、ガイはため息を吐いてまだ青い空を見上げた。
「そりゃあ失礼いたしました。ま、無理はするなよ」
そう言って、剣帯を締めるレイの背中側のシワを直してやる。
「ほら、せっかくだから土産に持って帰れ。この辺りでしか採れない貴重な薬草だよ。白の塔の長に渡してやれば後はやってくれるさ」
そう言って渡してくれた大きな包みの中には、山盛りになった花や葉っぱが入っている。
「ありがとうございます。でも良いんですか? これはガイ達が集めたお花でしょう?」
受け取りながらも、心配そうにそんな事を言う。
「大丈夫だよ。俺達は今夜はここに泊まって、夜しか咲かない花の滴も集めるんだよ。その花は、明日もたくさん咲くから遠慮するなって。多分、白の塔の長に渡せば大喜びされると思うから、持っていけよ」
目の前に現れたニコスのシルフも笑顔で頷いてくれた。
「分かりました。じゃあこれは持って帰ってガンディに渡します。えっと、今日は本当にありがとうございました。すっごく楽しかったです。それから、すっごく勉強になりました」
空になったお弁当の包みと、貰った花の入った包みをブルーの背中に上がって補助用の金具に取り付ける。
「シルフ、落ちないように守ってね」
現れて頷いて包みに座ってくれたシルフに笑いかけて、レイは下を見下ろした。
四人が並んでこっちを見上げている。
「それじゃあ戻りますね。えっと、本当にありがとうございました。僕にはまだよく分からないけど、タガルノの事、どうかよろしくお願いします」
「ああ、そうだな。まあ、今後どうなるかは精霊王がご存知だろうさ」
ガイの言葉にレイも笑って頷いた。
「では戻るとしよう」
喉を鳴らしたブルーがそう言い、大きく翼を広げる。
手を振ってくれた四人に、レイも笑顔で手を振り返した。
一気に加速したブルーは、南に向かって飛び去っていった。
「いやあ、それにしても元気だ。小さなつむじ風みたいだったな」
「全くだ。若いって、あんな風だったんだな。本当に命の輝きに満ちていたな」
ネブラとルーカスが、苦笑いしながらそう言って笑っている。
ガイはもう見えなくなった南の空を見つめたまま黙っていて動かない。
「どうした?」
バザルトが覗き込むと、ガイは苦笑いして首を振った。
「あれは……間違いない。俺達と同じだよ」
ごく小さな声で呟かれたその言葉に、笑っていた全員が突然黙る。
「おい、お前……今なんて言った……」
バザルトの言葉に、ガイは振り返らず南の空を見たまま頷いた。
「間違い無い。触れた瞬間に分かった。彼は……彼は俺達と同じだよ。ペンダントの持ち主だったと言う亡くなった母親がそうなのか。それとも、彼の父親がそうだったのか……いずれにせよ、間違い無く、彼は、俺達と同じだよ」
意図的にその示すところを言葉にしないが、この場にいる全員が、彼が言うその意味を理解していた。
「おいおい、どうするんだよ。相手は竜騎士だぞ」
ネブラの悲鳴のような言葉に、ガイも困ったようにため息を吐いた。
「まあ、所在は分かってる。あの竜がいる以上、彼が一人で勝手に何処かへ行くような事はあるまい。今は様子を見よう。いずれその時が来れば……恐らく蒼竜の方から何か言って来るさ」
振り返ったガイが肩を竦めてそう言い、もう一度南の空を見た。
「聖なる星が導いてくださるよ。古竜の主である彼が、今、あの国に竜騎士として立とうとしているという事も、恐らく何らかの意味があるんだ。いずれ、その時が来れば分かるさ」
振り返ったガイの横顔は、傾き始めた夕日に赤く照らされている。
「さて、いざその時が来たら……傍観者である俺達に、何が出来るんだろうな」
ため息と共にそう言ったガイは、あの時の大爺の言葉を思い出していた。
「あの時言われた大爺の言葉は、タガルノの彼女の事を指しているんだとばかり思っていた。だけど、こうなると……大いなる星のかけらを持っているのは、もしかして彼なのかもしれないな……もしもそうなら、俺にも、確かに、やらなければならない事はありそうだ」
自分に言い聞かせるような小さな呟きだったが、三人にも聞こえていた。
全員が、真剣な顔でガイを見つめている。
「ま、何があるにせよ今すぐって訳じゃない。とりあえず今夜は、今朝仕込んだ花酒を楽しむ事にしようぜ」
笑ったガイのその言葉に、小さなため息を吐いた三人も笑って頷いたのだった。
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