手合わせ
「じゃあ、訓練用の六根棒なんて持ってないし、これでするか」
腰の二本の剣の短い方を鞘ごと取り外す。
レイは、ちょっと考えて、ギードが作ってくれたあのミスリルの短剣を鞘ごと取り外した。
「へえ、良い短剣じゃないか」
ガイの言葉に、レイは笑顔になる。
「これは、蒼の森の僕の家族のドワーフのギードが作ってくれたんだよ」
「そりゃあ凄い。見事なものだ。だけど、鞘は違うな。これも良い拵えだけど、
ガイの言葉に、レイは目を瞬いた。
「光って?」
ヌメ革にミスリルの板で補強された鞘は、確かに見事な作りだが、どこも光ってはいない。
「ああ、お前にはまだ見えないんだな。俺達の目には、こういった良き品からは、作り手の光、俺達はオーラって呼んでるんだけど、それが見えるんだよ。お前のその短剣は、剣自体もその鞘もどちらも良い出来なんだけど、光が違う。つまり、作った奴が違うか。あるいは作った人は同じでも、時期が相当違うかのどちらかって事だ」
「この鞘は、お城の職人のモルトナとロッカが作ってくれたんだよ」
「鞘自体も複数人の合作か。それなら
笑ってそう言うと、ガイは自分の鞘がついいたままの短剣を構えた。
「ほら、打ってこいよ」
元気な返事をして、レイも鞘がついたままの短剣を構える。
ネブラとルーカスは、まずは見学するようだ。
もちろんレイは、彼らとも手合わせしてもらう気満々だ。
「お願いします!」
打ち込んだ短剣は軽々と止められてしまう。しかも、そのまま手首を返され、気が付いた時には手首を強かに打たれて剣を取り落としてしまっていた。いつの間に打たれたのか、全く分からなかった。
慌てて転がって後ろに下がる。
「おお、中々良い反応だ。ほら、拾えよ」
下がってくれたので、頷いて素直に拾おうと屈んだ瞬間、いきなり足を払われて見事に素っ転んだ。
ネブラとルーカスが揃って吹き出す。
「素直なお坊っちゃまだなあ。敵を前にして何だよ。その隙だらけの剣の拾い方は」
呆れたようにそう言われて、レイはカッとなって立ち上がり、怒りのままに勢い良く打ち掛かっていった。
またしても軽々と止められる。
しかも、レイは両手で短剣を握っているが、ガイは何と、左手だけで剣を構えているのだ。
一瞬左利きなのかと思ったが、腰の剣は普通に左側に装備していた。と言う事はつまり、彼はレイの相手は左手で充分だと思っているという事になる。
「絶対、右手を使わせてやる!」
悔しくてそう叫んで、今度は横から払いに行く。
「遅い!」
立てた剣で当然のように止められ、またしてもそのまま剣を取られる。
これは、カウリがやっている絡め取りに近い技だ。
「それなら!」
転がって剣を拾ってそのまま構える。
「良いぞ、もっと考えろ」
嬉しそうに笑ってそう言われて、レイは必死になって考える。彼の手元を見て、それからゆっくりと横に動く。
笑みを浮かべたまま、ガイは動かない。
レイが完全に後ろ側に回るまで動いても、平然としていて全く動じない。
しばしの沈黙が続く。
我慢しきれず、レイは一気に打ち込みに行った。
しかし、背後を見もせずにこれも止められてしまった。そのまま打ち返され、必死になって重い一撃を受けながら下がる。
「ほら、逃げるな」
足を止めて元の位置まで戻ってくれたので、慌ててレイも後を追った。
堂々と背中を向けて歩く彼の後ろ姿に、しかし、レイは打ち込む事が出来なかった。どうやっても簡単に止められる未来しか見えなかったからだ。
「へえ、打ってこなかったな。一応、状況を読む目は持ってるらしいな」
感心したように呟き、改めて構えてくれたので、レイも一つ深呼吸をしてから構え直した。
何度も何度も打ち込んでは離れる。その度にからかうように逃げるなと言われてしまい、ムキになって前に出た。
「そろそろ限界かな?」
肩で息をしているレイに比べ、ガイは息ひとつ乱してはいない。
「うう、まだ大丈夫です!」
諦めずに今度は突きにいく。
横から止められ、そのまま剣を絡め取られそうになる。
「これを待っていたんだよ!」
叫んで、絡みに来た腕ごと肘で引っ掛けて手首を掴む。
驚いたガイが、咄嗟に掴まれた腕を払って後ろに下がる。そのままもう一度掴みに行ったが、さすがにそれは無謀だったようだ。
掴めると思った腕は僅差で逃げられ、逆に一瞬でその手首を掴まれて思いっきり放り投げられてしまった。
「おい! 無茶するな!」
バザルトの叫びと、咄嗟に受け身を取って背中から落ちるレイ。
しかし覚悟した衝撃は来ず、代わりに安堵したようなノーム達の声が聞こえた。
『やれ
『ほんにほんに』
『マクロビアンの隙を突くなど無理に過ぎまする』
『ほんにほんに』
呆れたように口々にそう言われて、レイは悔しくて慌てて起き上がった。
「助けてくれてありがとうございます!」
まずはきちんとお礼を言い、手を振って消えるノームを見送った。
「まだやるか?」
「お願いします!」
しかし、ガイは持っていた短剣を腰の剣帯に戻した。
「ちょっと持ってくれ」
何と彼はそう言って剣帯を外し、あっという間に胸当てや籠手、脛当ても外してしまった。
これで少なくとも武器や防具を帯びていないように見える。いわば丸腰だ。
「ほら、お前も外せよ。今度は素手だ」
指を曲げて呼ばれて、意味を理解したレイは大急ぎで自分の剣帯を外した。
周りを見て、笑ったバザルトが手を伸ばしてくれたので、彼に剣帯を預ける。
「お願いします!」
腰を落として身構えるレイを見て、ガイは嬉しそうに頷いた。
正面から相対すると、ガイはレイよりも身長で言えば少し大きい程度だ、ヴィゴよりは小さい。
しかし、体の厚みも相当なものだ。黒い服の色のおかげでやや細く見えていたようだが、こうして見ると上腕部の筋肉も相当なものだ。
迂闊にあの太くて長い腕に捕まったら、締め落とされるのは確実だろう。
今の彼は、革製のベストのような袖のない上着と、中に着ている服は薄い服を重ね着しているようで襟元には何枚もの布が見える。
頭には薄くて柔らかい黒い布が幾重にも巻かれている。時折隙間からはみ出した黒い髪が見えるので、彼は髪の色も黒いようだ。
軽く膝を折って身構えている彼は、しかし何処にも隙が無い。
攻めあぐねていると、いきなりガイが動いた。
わざと正面から襟を取りに来られ、咄嗟に横に避けて逃げる。しかし、その瞬間死角だった左から蹴りが飛んで来て、まともに蹴り飛ばされた。
咄嗟に受け身を取って転がる。
岩にぶち当たりそうなところで、またしてもノーム達が止めてくれた。
「待って、上着を脱ぎます!」
竜騎士見習いの制服の上着は、かなり分厚くしっかりした作りだ。
特に腕周りが思ったように動けない気がして、レイはそう叫んで大急ぎで上着のボタンを外す。
笑って待っていてくれたので、脱いだ上着はちょっと考えてバザルトのいる方に放り投げた。
それを見たガイが、小さく吹き出す。
「よし、ほら来てみろよ」
挑発するように指で招かれ、腕を掴みにいく。
軽く払われただけだったが、指先まで痺れるほどの衝撃だった。
必死になって掴みに行き、払われ、足払いも止められる。思いつく限りの方法で向かっていったが、結局何も出来なかった。
彼の動きは、今まで見た誰とも違っていた。
流れるように止まらないその動きにレイは必死になって食い下がったが、しかしいくら頑張っても、彼に右腕を使わせる事も、彼を捕まえる事もとうとう一度たりとも出来なかった。
ムキになって真っ赤な顔で頑張るレイを、ブルーは満足そうに眺めていたのだった。
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