花畑にて
綺麗な花畑の中での思わぬ出会いにより昼食をご一緒する事になった。
レイがお弁当の包みを広げている間に、彼らは岩場で手早くかまどを作りお湯を沸かしてお茶を淹れてくれた。
「良かったらどうぞ」
そう言って差し出されたのは、まさかのカナエ草のお茶で、レイは自分のカップに入れてもらいながら驚いて彼らを見た。
「えっと、これってカナエ草のお茶だよね。あなた達も飲んでいるんですか?」
すると、携帯食を齧ったガイが笑ってカップを上げた。
「今、俺達は基本タガルノにいる。今回は、春の薬草がちょっと足りなくなりそうだったんで、気晴らしを兼ねて採集に来たんだよ」
そう言って、カナエ草のお茶を蜂蜜を入れずにそのまま平然と飲んだ。
「今のタガルノの城には、そっちで世話になってる小さい竜の親竜達がいる。かなり弱っていたんだが、最近ようやく少しずつだが回復の兆しを見せてる。そうなると、世話をしている人間の竜熱症の対策をしなきゃならないからな。で、俺達の知り合いの竜人に頼んで薬とお茶を作ってもらって、定期的に配ってるんだ。滋養強壮の薬だって言ってな。念の為俺達も城の近くにいる時は飲んでいる。今はまあ……さすがにこの近さだからな」
そう言って、レイの後ろで丸くなっているブルーを見上げた。そのガイの言葉に彼らは揃ってブルーを見て笑う。ブルーも、顔を上げて面白そうに目を細めて喉を鳴らした。
「いいから其方はしっかり食べなさい」
ブルーにそう言われたレイは、自分のお弁当を前にきちんとお祈りをしてから食べ始めた。
そんな彼を、ガイ達は優しい眼差しで見詰めていたのだった。
時の流れをまるで他人事のように感じている長命種族の彼らにしてみれば、若く伸び盛りのレイルズは、眩しい命の輝きに満ち満ちている。
「……ここにキーゼルがいれば、なんて言ったかな?」
ごく小さな声で呟かれたその言葉は、レイ以外の全員の耳に入り、それぞれ思いを込めたため息を吐いたのだった。
「えっと、タガルノの人は竜熱症を知らないんですか?」
様々な裏事情を知らぬが故の無邪気な質問だが、ガイは苦笑いして首を振った。
「竜熱症の恐ろしさを今のタガルノの奴らに知らせたら、竜を迫害する理由が増えるだけだよ。あの竜の主の巫女から聞いていないか? タガルノで、竜がどれ程酷い扱いを受けているか」
ニーカから、タガルノにいた頃のことは、レイはあまり詳しく聞いた事がない。
黙って首を振るレイに、ガイは目を閉じて大きなため息を吐いた。
「彼らは、竜は役に立たない生き物だと思っている。それどころか、竜に対して憎しみとも取れる感情さえ持っている程さ。今まで竜舎にいた連中は、竜を殴り、紫根草を食わせる事しかしなかった。だが、どう言うわけか竜の事が好きな人間が数年前から竜舎の手伝いをしていた。おかげで、あの巫女の竜は自力で飛べるくらいに大きくなれたんだ。普通なら、あそこまで大きくなる前に力尽きてる」
ガイの説明に、レイは言葉を無くす。
「大地の竜、知ってるか?」
頷くレイに、彼は驚くべき事を教えてくれた。
「タガルノでは、大地の竜はそれこそ役立たずだと言って見つけ次第殺されている。そのせいで、あの国の荒廃はここまで進んでしまった。大地が根こそぎ力を失い、乾き切っているのさ」
「土を作り守るノームに力を与えてくれる、その……大地の竜を、殺す?」
呆然とするレイの呟きに、ガイは嫌そうに顔をしかめて頷いた。
「そうさ。あの国にとっては、竜は力はあるが、体がデカいだけの役立たずの邪魔者なんだよ。まあ、おかげで竜舎があるのは城から遠く離れた郊外で、監視の目もほぼ無いから色々とやり易いんだけどな」
そう言ったガイは、また嫌そうに口元を歪めて鼻で笑う。
「狂気の沙汰だよな。竜を殺すなんて……」
その言葉に、レイも無言で頷く。
淹れてもらったカナエ草のお茶には、装備の中に入っていた蜂蜜を入れて飲み、作ってもらったお弁当は残さず綺麗に平らげた。
暖かいカナエ草のお茶に、何故だか泣きたくなるくらい安堵していた。
ブルーが蒼の森にいてくれて良かった。
もしもタガルノにいたら、ブルーとてどんな目に遭わされていたかしれない。
そう考えたら、少しだけ涙が出た。
「今の新王は、ひたすら己の欲と快楽に耽り王としての務めを放棄している。でもまあ……国内でやってる分には好きにしてくれって所だな」
ガイのその言葉に、バザルト達が呆れたように笑う。
「まあ、これには色々と大人の事情ってやつが絡まっていてね。皆、それぞれの立場で己に出来る事をやってるって所かな。本来なら俺達は傍観者なんだが、この一件はさすがに放置出来ないと考えて、裏から色々と手を出してるんだよ。ま、あまりあからさまな真似はしないけどな」
「今ここにマイリーやルークがいたら、もっと詳しいお話が出来たんだろうね。ごめんなさい、僕にはさっぱり分からないです」
「まあそう落ち込むなって。その為の見習い期間なんだから……」
悔し気に口を尖らせて眉を寄せるレイの顔を正面から見てしまったガイは、言葉の途中にも関わらず、堪える間もなく大きく吹き出して笑い出し、最後には膝から崩れ落ちて地面に転がって、それでもまだ笑い続けていたのだった。
「お、お前さん……その顔はやめろって……破壊力、あり過ぎる……」
笑い過ぎて涙を流しながら、呆れたように自分を見下ろすバザルトにしがみ付いて何とか起き上がる。
花畑に倒れ込んだ彼の服や頭に巻いた布の間からは、幾つもの花びらや折れた小花が飛び散っていて、ちょっとした花冠のようになっていたのだった。
「ガイ、素敵な花冠だね!」
悔しくなったレイがそう言って舌を出すと、今度はバザルトとネブラ達が吹きだし、花畑は男達の笑い声に包まれたのだった。
『楽しい楽しい』
『仲良し仲良し』
『楽しい楽しい』
『仲良し仲良し』
彼らの周りでは、笑い声に惹かれて集まってきたシルフ達が、勝手に花弁を飛ばしたり、花の周りに集まって、手を繋いでくるりくるりと回って踊り始めていたのだった。
「はあ、こんなに笑ったのって、いつ以来だろうな。笑い過ぎて腹が痛えよ」
ようやく笑いのおさまったガイがそう言い、よく晴れた空を見上げて大きく伸びをした。
「さてと、それじゃあせっかくだから、噂の竜騎士見習い様に一手お相手願おうかな?」
鞘をつけたままの短い方の腰の剣を見せたガイの言葉に、レイは目を輝かせて直立した。
「はい、お願いします!」
「それならここは足場が悪い。あの奥の平らな岩盤のところですると良いぞ」
バザルトの言葉に、レイとガイ、それからネブラとルーカスが嬉々として走って行った。
『おやおや、どうやらレイは、また新しい先生に出会ったようだな』
ふわりと現れたブルーのシルフの言葉に、バザルトは小さく笑って笑顔で話をする彼らを見た。
「若いもの同士、今は好きにさせてやりましょう。伸びゆく若木の新芽を見るのは、我らにとっても大いなる喜びです」
バザルトの言葉に嬉しそうに頷いたブルーのシルフは、嬉々としてガイ達と話をしているレイの横顔を見つめていたのだった。
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