ただいま

「うわあ、大変だ。早く帰らないと日が暮れちゃうよ」

 花畑でアルカディアの民であるガイ達と別れ、オルダムを目指して飛行するブルーの背の上から西の空を見たレイは、慌てたように声を上げた。

 すっかり赤くなった西の空には、太陽を隠した雲間からいく筋もの光が放射状に伸びて輝いている。

 普段ならゆっくり飛んでもらって、大好きな御使いの梯子と呼ばれるそれを見物するのだが、そんな事をしていたら日が暮れるまでにオルダムに戻れない。

「心配は要らぬ。少し飛ばすからしっかり掴まっていろ」

 笑って喉を鳴らしたブルーは、大きく広げていた翼を少し曲げて小さくした。

 一気に加速して顔に当たる風も一気に強くなった。

「うわあ、すごい速い!」

 目を輝かせたレイは、シルフ達に守られつつ、何度も西の空を見ては御使いの梯子の美しさに声を上げた。



 真下を見下ろすと、遥か下に雲が浮かんでいる。

「うわあ、かなり高いところを飛んでいるんだね」

 喜ぶレイの言葉に、ブルーは喉を鳴らした。

「かなりの速さで飛んでいるからな。こんなに速く地上近くを飛ぶと、地上に衝撃を与えてしまって危険を及ぼしかねん。高速で飛ぶ時は大抵これくらいの高度で飛ぶな」

「へえ、そうなんだ。地上に迷惑をかけちゃ駄目だもんね」

 大真面目にそう言い、レイは手綱を握りしめた。

 相変わらず物凄い速さで飛んでいるが、地上は遥かに遠いし、雲はもう切れてしまっていて見当たらない。

 その為、今どれくらいの速度で飛んでいるのかレイにはよくわかっていなかった。

「気持ち良いね!」

 風に靡く髪を押さえながら、レイは声を上げて笑った。




『ルークだ』

『夕方迄には戻るように言っただろうが』

『今何処だよ?』

 レイの手首から肘に現れて座ったシルフ達から、声が聞こえる。

 これは普通の声飛ばしなので、聞こえるのはシルフ達の声だ。

「えっと、今オルダムに向かって飛んで帰っているところです。ねえブルー、今どの辺りなの?」

「もう、すぐ側まで来ているさ。後半刻も掛からんよ」

「なんだってさ」

 その答えに、ルークのシルフは声を立てて笑った。

『了解だ』

『それじゃあ気をつけて帰っておいで』

「はい、了解です!」

 背筋を伸ばしてそう言うと、もう一度笑ったシルフは、手を振っていなくなった。



「ああ、お城の塔が見えて来たよ」

 遥か先の地平に、見覚えのあるお城の尖塔が僅かに見えて来た。

 そこから一気に地面に街が広がり始める。

 レイを乗せたブルーは、竜の鱗山に沿って山の東側をオルダムに向かって飛行している。その為、今眼下に見える風景は、いわばお城を裏側から見た景色になっている。

「ちょっと迂回して、街の上空を飛んで行こう。今ならまだ人の通りも多いだろうからな」

 街の人達が竜を見て喜ぶのを見るのも、レイは大好きだ。

 笑顔で頷き、みるみる近くなるオルダムの街に歓声を上げた。




 街に近づくにつれ、湧き上がる歓声にレイは笑って地上に向かって手を振った。

「うわあ、真上から見ると城壁の入り乱れ具合がよく分かるね」

 苦笑いしながらそう言って、また手を振る。

 下からは、レイルズの名前が叫ばれ、花が撒かれているのが見えた。

 ゆっくりと街の上空を何度か旋回してから城へ戻った。

 街から湧き上がる歓声は、いつまでも止む事が無かった。


『おかえり』

『行った時と同じで離宮に降りると良い』


 また現れたルークの使いのシルフが声を届けてくれる。

「分かりました。ブルー、お城の中庭じゃなくて、離宮に降りるんだってさ」

 ブルーの首を叩いて、笑ったレイがそう言って下を見下ろす。

 白の塔の中庭にも人が大勢出て来ていて、上空を見上げて手を振っている。

 その中に、真っ白な髪のガンディを見つけてレイは大きく手を振った。


『おかえり何処へ行っておったのだ?』


 大きなシルフが現れ、ガンディの言葉を伝えてくれる。

「えっとお休みを貰ってブルーと一緒に郊外へお花を見に行ってました。あ、お土産があるから後で届けますね」

 ガイから貰った花や葉っぱを思い出して、慌ててそう付け加える。


『おおそれは楽しみじゃな』


「はあい。あ、明日はよろしくお願いします!」


『おお、待っておるぞ』


 笑った声を届けて、ガンディの使いのシルフはいなくなった。

 そのままお城の中庭を通り過ぎ、ブルーの湖のそばに建つ離宮の庭にゆっくりと降り立った。

 太陽はもうほぼ沈んでしまい、僅かに西の空が明るい程度だ。そろそろ辺りは暗くなり始めている。

 しかし、離宮の庭には幾つもの篝火が焚かれ、真昼のように明るくなっている。

「うわあ、わざわざありがとうございます」

 ブルーの腕から荷物を持って軽々と飛び降りる

 レイはいつもの事なので、何も考えずに飛び降りたのだが、離宮から出てきた執事達は、驚いて慌てて駆け寄って来た。

 軽々と着地したレイを見て、激突寸前で慌てて止まる。

「ああ、驚かせてごめんなさい。いつもこうやって降りてるので、全然大丈夫なんです!」

「し、失礼いたしました」

 焦る執事達にもう一度謝り、レイはブルーを見上げた。

 大きな頭を差し出してくれたので、両手を広げて力一杯抱きつく。大きな額に想いを込めたキスを贈った。

「今日はありがとうね。すっごくすっごく楽しかった。明日は花撒きだよ。またよろしくね」

「ああ、我も楽しかったよ。では今夜は疲れているだろうからゆっくり休むと良い。明日の花撒きはまた沢山幸せを皆に届けないとな」

 大きく鳴らしてくれる低く響く喉の音を、レイは目を閉じて聞き入るのだった。



 待っていてくれたラスティが鞍を乗せたゼクスを連れて来てくれた。

「お疲れ様でした。一旦本部に戻りましょう」

「はあい、今行きます」

 顔は上げたものの、まだブルーの顔抱きついたままだったレイは、笑顔でそう答えると、ようやく抱きしめていた手を離した。

 待っていてくれた第二部隊の兵士達が駆け寄って来て、ブルーの背中に上がり鞍や手綱を外していく。レイも声を掛けてからもう一度上がって、鞍のベルトを外すのを手伝った。

 締めていたベルトを全部外してから、もう一度軽々と飛び降りる。

 見慣れている第二部隊の竜人達は、特に驚く事も無く苦笑いしているだけだ。

 彼らが全員腕や背中から降りるまで、ブルーは動かずにじっとしている。

 もう今では人間の兵士でも構わないとは思っているのだが、わざわざ言う事も無かろうと思い、そのままにしている。

「それでは我は湖に戻る。ゆっくり休むのだぞ」

「うん、それじゃあね」

 手を振って下がるレイに頷き。ブルーは大きく翼を広げてゆっくりと上昇した。

 すぐ横にある大きな湖にゆっくりと沈んでいった。

 完全に姿が消えるまで見送り、レイはラスティからゼクスの手綱を受け取った。

「えっと、こんな遅くまでお待たせしちゃってごめんさい、あ違った。申し訳ありません」

 離宮の執事達と、第二部隊の兵士達に謝ってから、ゼクスの背に軽々と乗った。

「これが我らの仕事ですから、どうぞお気遣い無く。またのお越しをお待ちしております」

 整列する執事達に見送られて、レイは第二部隊の兵士達と一緒に本部に戻って行ったのだった。




 本部の厩舎で、ゼクスに軽くブラシをかけてやってから、ラスティと一緒に本部へ戻った。

「おかえり、遅いからどうなってるのかと心配したぞ」

 休憩室には、ルークとマイリー、それからヴィゴとカウリが揃っていた、若竜三人組の姿は無い。

「ただいま戻りました。すっごく楽しかったです」

 大きな包みを抱えているレイを見て、振り返ったルークが不思議そうに包みを覗き込む。

「なんだか良い香りだな。何、わざわざ花を摘んで来たのか?」

「えっと、これはガンディにお土産なんです。全部薬草なんだよ。今から届けて来ても良いですか」

 野の花はすぐに水が切れて枯れてしまう。ウィンディーネ達が守ってくれているから早々傷む事は無いだろうが、薬にするのなら、早くした方が良い。

「ああそうなんだ。構わないから行っておいで」

「はい、じゃあすぐに戻ります!」

 そう言って、レイは大きな包みを抱えて一礼するとそのまま休憩室を出て行ってしまった。



「相変わらず元気だな」

 感心したようなマイリーの言葉に、皆も笑って頷くのだった。

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