それぞれの楽器

 夕食を終えて準備を済ませたレイは、ルーク達と共に城へ向かった。



「まあ、今夜の主役はタドラとクローディア、それからヴィゴだろうからな。ロベリオとユージンもいるから、多分俺達は気楽なもんだぞ」

 渡り廊下を並んで歩いているとカウリにそう言われて、レイも笑って頷く。

「確かにそうだね。あ、それなら、ちょっとくらいはお菓子を楽しむ余裕もありそうだね」

 無邪気なその言葉に、カウリだけでなくルーク達までが笑っている。

「まあ、最低限の挨拶はしておけよ。お前は多分、後半にはまた竪琴を弾いてくれって頼まれると思うから、何なら他の奴らと一緒に演奏してやってくれ」

 振り返ったマイリーの言葉に、レイは目を輝かせて頷いた。

「あ、そうだ。ねえ、ロベリオとユージンもヴィオラを弾くって聞いたけど、そうなの?」

 いきなり話を振られて驚いた二人だったが笑って頷いてくれた。

「ああ、そうだよ。ヴィオラは貴族なら弾ける人は多いよ。多分、一番人気のある楽器じゃないかな。夜会なんかで急にその場で即興で合奏しようとしたら、下手をするとほぼ全員がヴィオラの奏者だったりするんだ。だから俺は、ヴィオラだけじゃなくて誰かと演奏する時にはセロを弾いたりもするよ」



 ロベリオの言葉に、レイはちょっと考える。

 管弦楽団の構成を習った際に、聞いた覚えがあるが、残念ながらどんな楽器なのかは知らない。



「えっと、そのセロってどんな楽器ですか?」

 分からない事は、素直に聞くのが一番だ。

「ああそうか。ええと、ヴィオラは分かるよな?」

 質問されたロベリオが逆に聞いてくる。

「はい、ヴィオラは何度か見た事があるから分かるよ。すごく綺麗な音がするよね。僕は初めて触らせてもらった時、のこぎりみたいな音しか出せなかったけど」

 口を尖らせるレイの答えに、ロベリオだけでなく、隣で一緒に聞いていたユージンとマイリーまでが揃って吹き出している。

「あはは、まあヴィオラは初めて触ると大抵がそうなるよな。セロは、そのヴィオラを大きくした楽器だよ。こんな感じ」

 両手でセロの形をなぞり、説明してくれる。

「こんな風にして、大きなセロを座って抱えるみたいにして弓で弾くんだよ。ヴィオラよりもかなり低い音がするよ」

「本体が大きいと出る音は低くなるんだね。へえ、面白い。是非今度、聴かせてください」

「そうだな、じゃあ今度聞かせてやるよ。大きいから扱いも大変だし、あまり弾く人はいないんだけどな。俺はセロの音って好きなんだよ。なんて言うか、包み込むみたいな暖かい感じの音がするんだよな」

「ロベリオのセロなら俺も聞きたい。噂は聞いてますからね」

 嬉しそうなカウリの言葉に、ロベリオが照れたように笑う。

「それなら今度皆で一緒に合奏してみるか? 俺はセロを出すからさ、レイルズは竪琴、ユージンとマイリーにヴィオラを担当してもらって、ルークはハンマーダルシマーだろう。それでタドラとカウリは大小のフルート、それでヴィゴにコントラバスを担当して貰えば……おお、すごい。ほぼ完璧な管弦楽団になるじゃないか」

 それを聞いて、レイは嬉しくなって笑顔で大きく頷いた。

「はい、是非是非よろしくお願いします!」

 その言葉に、マイリーとルークも顔を見合わせてちょっと考える。

「おお、確かに言われてみれば今の竜騎士隊だけで管弦楽団になるじゃないか。それで殿下にハープシコードを弾いて貰えば完璧だな」

「確かに。これは是非やりましょうよ」

 嬉しそうなルークの言葉に、マイリーも笑っている。



「はい質問です!」

 もうすぐお城に入る時に、レイが慌てたように手を上げた。

「おお、いきなりどうした」

 足を止めて驚くルークにレイが目を輝かせる。

「えっと、今のお話で、コントラバスとハープシコードっていう楽器も初めて聞きました! どんな楽器なんですか?」

「あ、そっちかよ」

 何ごとかと身構えたルークが笑って頷く。

「まず、コントラバスは、ロベリオの弾くセロよりもさらに大きい楽器だよ、これくらいはあるよな」

 そう言って、ロベリオがやったように両手でなぞって形を説明してくれる。

「へえ、そんなに大きいんですか」

「ああ、演奏する人は多くは無いが、管弦楽の中でも大事な楽器だよ。これがあるのと無いのでは、音の響きが全く違うからな」

 マイリーの説明に、ロベリオ達も頷いている。

「あいつも、元はヴィオラを弾いていたんだがな。ある方の形見の品として、コントラバスを譲り受けたんだ。以来、一人で演奏する際にはヴィオラを、複数で合奏する際にはコントラバスを弾いているな」



 マイリーはそう言って少し寂しそうな目をした。

 恐らく、その元の持ち主をマイリーも知っているのだろう。



「セロよりもさらに低い音がする、腹に響くような良い音だよ」

「それじゃあ今度、ヴィゴにお願いして聞かせてもらおうっと」

 嬉しそうにそう呟くレイに、ルークが笑う。

「殿下が弾くハープシコードは、これも弦楽器の一種なんだけど、持ち歩きは出来ないよ」

「えっと、それも大きいの?」

 不思議そうなレイに、ルークは頷く。

「ハープシコードは、詳しくは鍵盤楽器って言って、鍵盤を弾いて音を鳴らす楽器だよ」

 首を傾げるレイに、皆が笑って説明してくれるのだが、全く知らない楽器なので想像が出来ない。

「本部にも練習用のが一台だけだけど置いてあるから、今度、殿下がおられる時に見せてもらうといいよ。あれはヴィオラとは違って、正しい鍵盤を叩けば正確な音が出るからね。少なくとも初めて弾いても正しい音は出るよ」

 最後のルークの説明に、ロベリオとユージンが二人揃って笑っている。

「確かに、一本指でも弾けるものな」

「分かりました。じゃあ、今度殿下にもお願いして聞かせてもらいます」

 知らない楽器がまだまだあると聞き、好奇心全開で目を輝かせているレイを、いつの間にか肩に現れたブルーのシルフとニコスのシルフ達が、嬉しそうに見つめているのだった。



 そんな話をしているうちに城に入った為、話はそこで一旦終了になった。

 相変わらずの大注目を集める中を平然と通り抜け、何となく見覚えのある廊下を通り抜けてようやく会場に到着する。

 不意に初めて婦人会の夜会に招待された時の騒ぎを思い出して、ちょっと遠い目になるレイだった。


『大丈夫だよ』

『私達がついてるからね』

『任せてね大丈夫だよ』


 ニコスのシルフ達にそう言われてレイは小さく頷き、ルーク達に続いて騒めく会場に足を踏み入れたのだった。

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