タガルノの動きと裏方の仕事

 事務所でマイリーからの気になる報告を聞いたルークは、事務所を出た後、会議用の小部屋を借りて一人で中に入り扉を閉めた。

 まず先に神殿のニーカを呼んで、レイルズが段取りしたヴィゴの屋敷の訪問予定を連絡してやる。

 彼女達を迎えに行かせるための段取りは、すでにヴィゴとの間で連絡済みだ。

 ニーカを呼んだシルフが、手を振ってくるりと回って消えるのを見送り、しばらく黙って考えていたが、立ち上がって部屋に更に強固な結界を張ってから顔を上げた。



「シルフ、彼を呼んでくれるか」

 そう言って新しいシルフを呼び出す。

 誰を呼ぶのか、具体的な名前を言わなかったが、その言葉に頷いたシルフの後ろに何人ものシルフが現れて並ぶ。


『おやおや早かったな』


 からかう様な言葉に、ルークも苦笑いしている。

「マイリーから聞きました。そっちで妙な動きがあったらしいですね、具体的には何があったんですか?」


『ああそれが意外な事になってる』

『第三王子が生きていたらしい』


 予想外のその言葉に、ルークは目を瞬く。

「あれ? 第三王子って確か……メイドが産んだっていう、いわば庶子だったはずですよね? 確か、側室達から疎まれて、産まれてすぐに密かに処分されたらしいとの報告を聞いた覚えがありますよ?」

 その事件があったのは、ルークが竜騎士になるより前の話だ。


『ああその通りさ』

『殺されたはずだったんだがな』

『どうやら匿われて生きていたらしい』

『しかもちょっと面白い事になってるもんでな』

『それで念の為そっちにも知らせたんだよ』


「面白い事? ええと、具体的には何がどうなってるんですか?」


『年齢は現王とはかなり離れているな』

『今年成人の十六歳』

『しかも驚いた事に今までファンラーゼンにいたらしいぞ』


 またしても予想外のその言葉に、ルークは目を見開く。


『でもってそっちの国の文化や政治がいかに優れているかを知って』

『成人を待って戻って来たらしい』


「って事は、後ろ盾になる貴族がいる?」


『当然。そうだ』


 にんまりと笑ったガイの代理のシルフは、面白そうに何度も頷いた。


『恐らく近いうちに城でひと騒動あるだろうな』

『まあ俺達は直接手は出さないが』

『パルテスは彼を密かに応援すると言っている』


「まあそうなるだろうな。って言うか、そんな奴が玉座についてくれれば、こっちとしても大歓迎なんだけどな」


『同意しか無いね』

『まあそんな所だ』

『また何かあったら知らせてやるよ』

『恐らく内紛でしばらくはガタガタするだろうから』

『念の為国境の警備の強化を頼むよ』


「了解だ。それは陛下に奏上しておくよ」


『おうよろしくな』

『それじゃあマイリーにしっかり休むように言ってくれよな』

『それから結婚組にはおめでとうってな』

 

「あはは。まあ気持ちだけ受け取っておくよ」

 笑ったルークの言葉に、ガイの使いのシルフは鼻で笑ってからくるりと回って消えていなくなってしまった。




「ええ? タガルノからこっちへ逃げて来ていて、本国へ戻った?」

 そのまま座って腕を組んで考えていたが、そう呟いて首を傾げる。

「一体どうやって国境を超えた? いや待てよ。そもそも、成人年齢になるまで何処にいたんだ?」

 唸るようにそう呟き無言になる。



 ごく一部の商人や外交官を除いて、タガルノ側からファンラーゼンに入るのは、簡単な事では無い。出国する際に、保証金と呼ばれる多額の現金が必要になるからだ。何の身分も無い一般人には、到底払えるような額では無い。

 その為一般市民の場合なら、はっきり言って密入国以外にはファンラーゼンに渡る方法は無いと言っていい。



 それなのにこの国で育ち、タガルノに帰った?



 ガイは簡単に言ったが、それはどう考えても簡単な事では無い。



「ううん。これはちょっと本気で調べる必要がありそうだな。何処から手をつけるべきかな? マイリーと重ならないように、先に相談してからにするか。ラピスにも動いてもらうべきかな?」

 対応の方法を考えながら立ち上がったルークは、黙って指を鳴らした。

 何かが割れる音がしてすぐに消える。

 ルークは平然と扉を開いて外に出ると、まずはマイリーの元へ向かったのだった。




「聞いたか?」

 別の会議室を借りていたマイリーの元にルークが行くと、彼は当然のように振り返って開口一番そう尋ねた。

「ええ、詳しく聞きましたよ。何やら妙な事になってきましたね」

 少し離れた隣の席に座りながら、ルークがそう言ってため息を吐く。

「今、エピの街で、俺の手の者達にそれらしい人物がいなかったか調べさせている。お前は国境のピケの街を頼めるか」

「了解です。国境沿いならその二つにほぼ絞られますよね。それ以外って……」

「まあ、エケドラに近い北の山岳地帯にある小さな自由開拓民の村なんかに潜り込まれたら、正直言ってお手上げに近いな。行くだけでもどれだけ掛かると思ってる。俺の手の者達でも、調べるのは相当の時間がかかりそうだ」

「やっぱりそうなりますよね。俺のほうも恐らく似たようなものですよ。こうなると逆に、ラピスあたりに頼むのが良い気がしてきたな」

 大きなため息と共に、嫌そうにルークがそう呟く。

 まるで、その言葉を聞いたかのように、机の上にブルーのシルフが現れる。

「聞いていたんだろう? どうだ、調べられそうか?」

 期待に満ちたルークのその言葉に、ブルーのシルフは大きく頷いた。


『そうだな。恐らく人の手で調べるよりも、我が精霊達に気配を追わせて調べた方が確実に分かるだろう。何か分かったら教えてやるから、お前達は、今は自分に出来る事をしてくれればいい』


「だな。多分それが一番確実そうだ。それじゃあ悪いが頼んでも良いか」

 マイリーの言葉にも、ブルーのシルフはゆっくりと頷く。

「となると、もうこの件は出来る事は無し。後は報告待ちだな。それじゃあ、俺達も食事に行きましょう。さすがに空きっ腹で行ってご婦人方のお相手をするのは、あまり得策とは言えませんからね」

 ルークの言葉に、苦笑いしたマイリーも立ち上がり、二人は揃って事務所へ向かった。



「あの国も、ようやく静まるかと思っていたが、どうやら儚い夢だったようだな。出来る事なら、国境の向こう側で揉めてくれる事を切に願うよ。それならどれだけ揉めようが、どうぞ好きにしてくださいって言えるからな」

 ため息を吐いたマイリーの言葉に、ルークだけでなく、それぞれの竜の使いのシルフ達も、揃って同意するように何度も頷いていたのだった。

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