それぞれの仕事

 事務所へ戻ったレイは、タドラに教えてもらって、いくつかの書類を一緒になって片付けた。

 一通りの書類が片付いた後は、閲兵式に関する幾つかの資料を渡されて、それを読んでおくように言われた。

 夕方近くまでルークは戻って来ず、時折タドラやロベリオ達に質問しつつ閲兵式における竜騎士の役割について、一生懸命勉強して過ごしたのだった。





「かしこまりました。それでは楽しみにしています」

 ルークから連絡を貰い、ニーカは嬉しそうに伝言のシルフに笑って手を振った。

 ヴィゴ様のお屋敷に今年も招待してくれると聞き楽しみにしていたのだが、どうやら今年は去年以上ににぎやかになりそうで更に嬉しくなった。

「タドラ様、素敵だったものね。今度会ったら、どうしてあんな事になったのかその辺りもクローディアに詳しく聞かないとね」

 笑顔でそう呟き、早足で精霊通信の部屋を出て行った。

「あ、お帰りなさい。何のご御用だったの?」

 燭台を磨いていたクラウディアの声に、ニーカは隣に座って自分も燭台を手に取った。

「ルーク様からだったわ。ほら、この前、ヴィゴ様が花祭りの期間中にお屋敷に招いてくださるって仰ってたでしょう」

「ええ、それは聞いたわ」

「予定が決まったみたい。六の月の三日ですって。花祭りの八日目ね。迎えの馬車を昼前に寄越してくださるんですって。昼食をヴィゴ様の所で頂くから、昼は食べないようにってさ」

「分かったわ。楽しみね」

 嬉しそうに顔を見合わせて頷き合い、席に着く。

「勝手に抜けて申し訳ありませんでした」

 ニーカはそう言って一礼すると、やりかけていた作業を続けた。



 その後はひたすら、うっすらと錆の浮いた燭台を磨いて過ごした。

 しかし、手はずっと動かしていても、年頃の少女達が集まればどうしてもお喋りに花が咲くのは仕方あるまい。

 当然、話題は花祭りの際に花束をもらった二人の事になる。

 パンセスは、今日は午後からは礼拝堂のお掃除担当でここにはいない。

 ひとしきり皆で羨ましがった後、何となく無言になる。

「ねえ、還俗って、具体的にはどんな風になるの?」

 新しい燭台を手にして、ニーカが先輩巫女達を見る。

「この場合は、まず伯爵家から神殿側に彼女と結婚するので還俗させてくださいって申し入れをして頂くの。それを神殿側が受領、つまり正式に受け取れば還俗出来るわ。そうなったら、伯爵家から迎えに来てもらって彼女は此処を出ていくのよ。だけどここ数年では、確か還俗した巫女はいないわね。多分、最後に還俗した方って二十年以上前の話だと思うわ」

 一番先輩の一位の巫女のリモーネの言葉に、何となく皆がクラウディアを見る。



「ディアは、彼から花束を貰ったら、もちろん受け取るわよね」



 ニーカと仲の良い三位の巫女のメイプルの言葉に、クラウディアは思わず手を止める。

 無邪気なその問いに、クラウディアは答えることが出来なかった。

「彼の事は好きよ。心からお慕い申し上げているわ。だけど……だけど、私なんかが横に立てるようなお方じゃ無いわ……」

 ごく小さな声でそう呟き、手を止めて俯いてしまう。

 そんな彼女を見て、慌てたようにメイプルが周りを見渡してニーカに助けを求めた。

「ディア、しっかりなさい。言ったでしょう。あなたが諦めてどうするのよ。もう」

 先日のクラウディアの号泣事件は、ほぼ全ての巫女達の知る所だ。不用意な質問をしたメイプルを、一位の巫女のリモーネとヴェルマが咎めるように見て黙って首を振った。

 無邪気に恋に憧れていられるうちはいい。

 しかし実際に相手が出来ると、様々なしがらみや問題が浮上するのは当然の事で、ましてや彼女のお相手は唯一無二の存在である竜騎士様なのだ。

 そして、光の精霊魔法を使いこなす彼女に寄せる神殿の期待も、リモーネとヴェルマは理解していた。

「難しい問題よね」

「それこそ、もしもディアが花束を受け取ったら、大僧正様がご判断なさる様な事なんじゃなくて?」

 小さな声で交わされたその言葉に、可哀想なくらいにクラウディアが反応する。

 まるで怯えるかの様に飛び上がった後、見ていてわかるくらいに震え始めたのだ。

 何となく、事情を察した二人が話題を変えてくれたお陰で、この話はここで立ち消えになった。



『ふむ、どうやら少々拗れている様だな』

 ブルーのシルフの言葉に、隣に座ったクロサイトのシルフが肩を竦める。

『巫女様は相変わらずだね』

 ため息と共にそう言い、ブルーのシルフを振り返る。

『どうするの? 大僧正に釘を刺しておく?』

『いや、今我が横から口を出すのは少々不味かろう。今は向こうの出方を探る時だ』

『面倒なんだね』

『全くだ』

 呆れた様なクロサイトのシルフの言葉に、ブルーのシルフは嫌そうにそう言って首を振った。

 その後は、黙って燭台を磨く巫女達を飽きもせずに眺めていたのだった。





 その後、夕食の為にルークとマイリーが揃って事務所に顔を出したので、皆で揃って少し早めの夕食を食堂で食べた。

 一旦部屋に戻って、夜会用の服に着替えて装飾品を身に付けて、夜会に出席する為の準備を始める。

「レイルズ様、今日からこちらの剣をお使いください。陛下からの贈り物ですよ」

 手渡された剣は、今までの剣よりも明かに大きく太い。握る柄の部分も少し太くなっている。

 ミスリルの剣なので重さはそれほどでは無いが、それでも今までの剣よりも重い。柄からガードの部分に彫られた細やかな蔓草模様は、それは見事な細工だ。

 誂えられた鞘は、以前と同じようなヌメ革製で、部分的にミスリルの板が当てられていて、これにも細やかな細工が施されている。

「うわあ、凄い……」

 受け取って、そのあまりに見事なこしらえにため息がもれる。

「本当に素晴らしいですね。慣れぬうちは少し大きく感じるかもしれませんから、動く際に引っ掛けないようにしばらくは注意してください」

「分かりました、気を付けます」

 剣帯に渡された剣を装着したレイは、付け替えてくれた房飾りを見て嬉しそうな笑顔になった。

 ラスティに手伝ってもらって準備を整えてから、揃って夜会に出席する為に、城へ向かった。

 タドラはヴィゴと一緒に来るので別行動だ。



『頑張れよ。魔女集会再びだな』

 渡り廊下でブルーのシルフに面白そうにそう言われて、レイは困ったように眉を寄せる。

「どうなるかは、行ってみないと分からないよね」

 肩を竦めたレイは、目の前に現れて胸を張るニコスのシルフ達に笑って手を振った。

「頼りにしてるからね。よろしく」

『任せて任せて』

 嬉しそうにそう言って笑うニコスのシルフ達に、ブルーのシルフも苦笑いして頷き、レイの肩に座って小さなため息を吐いた。



『人の子と関わると、面倒ばかりだな。だがそれもまた楽しいものだ。こんな風に思える日が来ようとはな。主とは偉大なものだな』

 そう呟き、レイの頬に想いを込めたキスを贈ったのだった。

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