事務所での一幕

「お疲れさん。どうだった?」

 花撒きを終えて城の中庭に戻ってきた彼らを、笑顔のロベリオとユージンが出迎えてくれた。

「あれ、今日はお家にいるんじゃなかったの?」

 ブルーの背から降りてきたレイの言葉に、二人は顔を見合わせて笑っている。

「いやだって、もう屋敷にいると周りがうるさくてさ。それで夜会の準備があるからって逃げて来たんだ。そうしたらこいつも全く同じ状況だったものだから、今そこで会って二人して大笑いしていたんだよ」

 ロベリオの言葉にユージンも笑いながら頷いている。

「あはは、そりゃあお疲れさん。だけどまあそうなるだろうな、花祭りの期間中ってそれでなくても来客が多いのに、二人ともめでたい話だから訪問する良い口実になってるって事だろう?」

「その通り。もう良い加減にしてって言いたくなるくらいなんだよ」

「えっと、つまりロベリオやユージンのところに、知り合いの皆さんが、結婚が決まった彼らにお祝いを言いに来ているって事?」

 頷くルークを見て、レイは二人を振り返った。

「ええ、駄目だよ。せっかくお祝いに来てくれたんだから、ちゃんとお相手しないと!」

 その言葉に、ロベリオとユージンだけでなく、ルークとタドラまでがほぼ同時に吹き出した。

「それは口実だって。そうでなければ揶揄いに来てるだけなんだからさ」

 困ったようにそう言い、二人揃って肩を竦めた。



「それでは我は湖に戻る。今夜は夜会なのだろう? しっかりな」

 ブルーの声に振り返ると、いつの間にか、ベルトを全部外されて身軽になったブルーがレイを覗き込んでた。

「ああ、お手伝いしなくてごめんなさい!」

 慌ててハインツ少尉に謝ると、ベルトを巻き直していた少尉が振り返って首を振った。

「これはそもそも我々の仕事ですよ。どうぞお気になさらず。花撒きお疲れ様でした」

 そう言って、取り外した花束入れの箱を、台車に山積みにして運んでいった。

「お疲れ様でした!」

 大きな声でそう言ってから、待っていてくれたルーク達と一緒に本部へ戻った。






「ああ、部屋から出ちゃ駄目なのに!」

 先に事務所に向かったレイ達は、事務所に補助具を付けたマイリーが座っている姿を見つけて、咎めるようにそう叫んだ。

「ああ、残念。見つかったか」

 レイの声に振り返ったマイリーが、まるで悪戯が見つかったかのように首を引っ込めて笑っている。

「マイリー、駄目ですよ。夕方までお休みだって言ったじゃありませんか」

 ルークの言葉に笑ったマイリーは、黙ってルークを手招きした。

「ルーク、ちょっと来てくれ」

 その声に何かを感じ取ったルークは黙ってマイリーの所へ行き、顔を寄せて小さな声で何か話し始めた。



「えっと……」

 いきなり真剣な顔で話し始めた彼らを見て、レイだけでなくロベリオ達若竜三人組も困ったように顔を見合わせている。

「……了解しました。ちょっとこっちでも調べておきます」

「頼むよ。わざわざ言って来たって事は、恐らく何かある筈だ」

 マイリーの言葉に、真剣な顔でルークが頷く。

「悪い、ちょっと出るから後はよろしくな。夕方までには戻って来るから、夕食は一緒に行こう」

 いきなりそう言うと、ルークは手を挙げて足早に事務所を出て行ってしまった。



「あれあれ、何かありましたか?」

 ロベリオがマイリーの所へ行き、手元の書類を覗き込む。

「ああ、今すぐってわけじゃないよ。ちょっと気になる報告があったんでね」

 そう言ったきり、マイリーは手元の書類に目を落としてる。

 しかし、マイリーが広げているのは、特に急ぎの書類では無いし、そもそも彼でなければ駄目なものでも無い。

「僕らに、何かお手伝い出来ますか?」

「いや、今はいい。もう少し具体的に分かってきたら、また頼む事もあると思う」

「了解です。それで、マイリーは後は何をする気ですか? 聞きましたよ。夕方までお休みなんでしょう?」

 咎めるようなその言葉に、驚いたマイリーが顔を上げる。

「今言った俺のお手伝いは、こっち、のつもりなんですけどね」

 苦笑いしたロベリオが、机の上に広げられた書類を指で叩く。

 その言葉に、呆気に取られてロベリオを見上げたマイリーは、満面の笑みになった。

「それならお前とユージンにはこれを頼むよ。やり方は分かるな」

 束になって積み上げていた書類を叩く。そして、散らかしていた書類も集めてその上に置いた。

「了解です、特に急ぐものはありますか?」

「いや、大丈夫だよ。順番にやってくれれば良い」

「それじゃあ後はやっておきますから、マイリーは部屋に戻って下さい」

 背中を叩いたロベリオに、マイリーは嬉しそうに頷いた。

「ああ、頼むよ。夕食は早めに一緒に行こう」

「了解です。ああもう、だから早く部屋に戻って下さいって。レイルズ、悪いけどマイリーを部屋まで送って、ちゃんと部屋に戻るのを見届けて来て! それで彼を部屋に押し込んだら、これのやり方を教えるから事務所に戻って来てくれるか」

「了解しました!」

 元気な声で返事をして敬礼したレイに、書類を手にしたロベリオも笑って敬礼を返してくれた。

 ユージンとタドラに背中を叩かれたレイは、立ち上ったマイリーと一緒に兵舎へ向かった。

 ユージンとタドラは、二人を見送ってからロベリオのところへ行き、渡された書類を分け始めた。



「いやあ、ロベリオにあんな事を言われる日が来ようとはな」

 ゆっくりと階段を降りながら、マイリーは妙に嬉しそうだ。

 一緒に階段を降りながら、レイは不思議そうにしている。

「ああ、気にしないでくれ。うちの若い連中は、皆頼りになるなって話だよ」

「僕は、まだまだお役に立てなくてごめんなさい」

 情けなさそうにそう言って眉を寄せるレイを見たマイリーは、笑ってレイの眉間を突っついた。

「出来ない事を恥じる必要は無いさ。その為の見習い期間なんだから。まあ、お前はこれからに期待、ってところだな。ロベリオやユージンだってもう竜騎士になって五年目なんだから、そろそろもう一段階上がってもらわないとな」

「はい、頑張りますので、色々教えてください」

 嬉しそうなレイの言葉に、マイリーは笑って頷いてくれた。



 兵舎の廊下で、マイリーの従卒であるアーノックに彼を引き渡し、部屋に入るのを見届けてから、レイは大急ぎで本部に戻った。

 手伝える事は少ないかもしれないけれど、とにかく自分に出来る事をするつもりで階段を駆け上がった。

『焦る必要は無いぞ。その為の見習いなのだろう?』

 現れたブルーのシルフが慰めるようにそう言ってくれて、足を止めたレイは小さく頷いた。

「うん、分かってるよ。だけど……早く、もっともっといっぱい色んな事を知って、皆を助けたい」

 真剣なその言葉に、ブルーのシルフは笑ってそっとキスを贈った。

『そう焦るで無い。焦ったところで良い事は一つもありはしないぞ。しっかりと一つずつ覚えなさい。次には自分で出来るようにな』

「うん、そうだね。頑張って覚えるよ」

 笑ってブルーのシルフにキスを返すと、レイは事務所へ戻った。

「ただいま戻りました」

「ああ、ご苦労様。じゃあタドラから説明を聞いてくれるか」

 振り返ったロベリオの言葉に、レイは急いでタドラの横の席に座るのだった。

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