幸せの花撒き

「ディア、ほら見て。今日はレイルズ様が花撒き担当よ!」

 巫女のエルザに手を引かれたクラウディアは、お城の中庭が見える分所の上の階にあるバルコニーに駆け出した。

 一際大きな青い竜が見えて、クラウディアは胸が一杯になった。後ろにはニーカも駆け出して来ている。

 他にも何人もの巫女達が出て来て、竜を見て歓声を上げる。

 クラウディアは思わずその場に跪いて両手を握りしめて額に当てる。

 そんな彼女を見て、他の巫女達も黙ってそれに倣った。

 一際大きなシルフが、顔を上げたクラウディアの目の前に現れ、鼻先にキスをしてすぐにいなくなった。

 それを見る事が出来たのは、その場ではニーカだけだったが、彼女は笑っただけで何も言わずにクラウディアの背中を叩いた。

「へえ、あんな風にして花束を運ぶのね」

 ニーカの言葉に、他の巫女達も目を輝かせて遠くに見える竜の背中に花束の入った籠を乗せるのを見守った。

 蒼い大きな竜の背中には、遠目にもよく見える赤毛と真っ赤な竜騎士見習いの制服を着たレイルズの姿も小さく見えて、クラウディアの目に涙が浮かぶ。



 彼の事を考えただけで、胸が苦しくなるくらいに愛おしくて堪らない。



 自分の中に込み上げる感情を持て余しつつ、手慣れた様子で彼が作業をするのを必死になって見つめていた。

「凄いわね。あんなに高いところに上がって怖く無いのかしら?」

 巫女の一人が小さく呟き、同意する声があちこちから上がる。

「だって、竜の背に乗って上空へ上がれば、あんな高さじゃ無いわよ」

 笑ったニーカの言葉に、巫女達が目を輝かせて空を飛んだ時に見える景色について質問し始めた。

 今は、口うるさく注意する僧侶はいないので、巫女達はお喋りに夢中だ。

「本当に、街全体が小さな玩具みたいよ。初めてオルダムの空に上がった時は、手で掴めるんじゃないかって思ったくらい」

 両手で小さな箱のような物を型取りして見せて、ニーカは肩を竦めた。

「街の城壁は、空から見ると本当に入り組んでごちゃごちゃよ。私は今でもどこがどう繋がってるのかさっぱりだわ」

 その言葉に、巫女達からも苦笑いがもれる。

「ああ、準備が済んだみたいね」

 エルザの声に、皆が顔を上げる。

 ゆっくりと三頭の竜が翼を広げて上昇して行くのが見えて、巫女達が歓声を上げる。

 クラウディアとニーカは、顔を見合わせて頷き合い、空を見上げた。

 蒼い大きな竜が真っ白な竜と綺麗な新緑の竜の背後につくのが見えた。

「シルフ、レイルズに声を届けて!」

 ニーカとクラウディアがそう言って上空に向かって手を振る。

「いってらっしゃい!」

 ニーカが思い切りそう叫ぶ。

「いってらっしゃい。沢山花束を届けてね」

 クラウディアも、負けじと大きな声で叫んだ。ごく小さな真っ赤な服を着たその姿が、手を挙げてこっちを振り返ったのが僅かに見えて、巫女達はさっきよりも更に大きな歓声を上げた。

「手を振り返してくださったわ!」

 エルザが、そう言って笑ってクラウディアの腕に縋り付いた。

「今年は残念だったけど、花祭りは毎年あるのよ。元気出してね」

 その言葉に、クラウディアは照れたように笑って小さく頷くのだった。




 下に向かって手を振るレイを見たルークは、苦笑いして肩を竦めた。

「あっちは女神の分所のある方角だな。仲が良くて結構な事だよ」

 今年はタドラのおかげで殆ど騒ぎにはならなかったが、レイルズが、巫女であるクラウディアの為に竜騎士の花束を取りに行ったと言うのは、一歩間違えれば神殿と揉める火種になりかねない事だったのだ。

 実はルークとマイリーは、それを承知でレイルズを焚きつけたのだ。

 一つには、クラウディアを手放す気が無いであろう神殿側の出方を見る為。そして、彼女自身の反応を見る為でもあった。

「でもまあ、あれだけ素直に喜ばれたら、こっちとしても見ない振りは出来ないよな」

 小さく呟き背後にいるレイルズを見る。

 クラウディアが、失敗したとは言えレイが花束を取ろうとしてくれた行為そのものをとても喜んだ事は、ルークにとってはちょっと意外でもあり、彼女の性格を思い知った気がして申し訳なくもなった。

 レイが目の前で花束を取れなかったら、残念がるか、悔しがって泣き出すかのどちらかだと思っていたのだ。

 あの時の彼女の様子はマイリーにも報告されていて、その結果、竜騎士隊としては、この恋を実らせる為に全面的に応援する事が秘かに決まったのだ。

 勿論、当の二人はそんな事は知らない。

 ブルーはそんな彼らの考えに気付いているが、敢えて知らん振りをしてくれている。




「レイルズ、今日は口上をやってみるか?」

 上空でいきなりルークにそう言われて、下を見て景色を楽しんでいたレイは目を瞬く。

「えっと、口上って……あの、めでたき祭りの日に、我らより皆様への贈り物を、って言う……あれ?」

「そうそう、それだよ。どうだ、やってみるか?」

「はい! やりたいです!」

 目を輝かせて叫ぶレイルズに、ルークとタドラは目を見交わして頷き合った。

「言う内容は、今言った通りで良いよ。口上を述べるのは竜達が会場の上空で留まってからな。それで、言った後に手にした花束を最初に落としてやれば良いよ。後はシルフ達がやってくれるからな」

 嬉しそうに目を輝かせて満面の笑みで頷くレイに、ルークとタドラも笑顔になる。

 実はタドラも見習いの時に、花撒きの口上を述べるのをやらせて貰った事がある。これも、竜騎士見習いの間に一度は経験させるのが伝統になっているのだ。

「じゃあ今日はレイルズにやってもらおう、しっかりな」

 ルークの言葉に、レイは元気に返事をしたのだった。




 いよいよ会場の上空が見えて来た。

 一点鐘の鐘の音が響き渡るのが聞こえた後、大勢の人で埋め尽くされた花祭りの会場上空に到着した。

 ルークが振り返ってレイに向かって頷く。

 レイは、目の前の籠から取り出した真っ赤な花束を抱いて顔を上げた。

 そそて目の前を飛んでいるシルフ達に合図をしてから口を開いた。



「めでたき祭りの日に、我らより皆様への贈り物を!」



 お腹に力を込めて、出来るだけ大きな声でそう言うと、心得ているシルフ達が、その声を会場中に響かせてくれた。

 それから、手にした真っ赤な花束を下に向かってそっと投げる。

 それを合図に、竜達の背中に乗せた花籠の蓋が一気に開き、シルフ達が大はしゃぎで花束を撒き散らし始める。

 レイも、目の前の大きな籠から花束を取っては、あちこちに向かってせっせと放り投げた。



 下からは、子供達の歓声や笑い声に混じって、冷やかすような歓声や口笛が聞こえたり、拍手の音が聞こえたりしている。

 今日も、何組もの恋人達が将来を誓い合ったのだろう。

 羨ましい思いを吹っ切るように最後の花束を思いっきり放り投げたレイは、大きな声で叫んだ。



「皆、幸せにね!」



 やっぱりその声もシルフ達によって大きく拡声されて広場全体に響き渡り、笑い声と大歓声が沸き起こった。そして冷やかすような口笛と大きな拍手。

 レイも嬉しくなって、声を上げて笑った。

 ブルーが顔を上げて笑ったかのように大きく喉を鳴らすのを聞き、嬉しくなって目の前を飛び回るシルフに手を振った。

「皆、ありがとうねご苦労様」

 一緒になって大はしゃぎしていたニコスのシルフにキスを贈り、もう一度会場に向かって手を振ってから、三頭の竜は揃って城に引き上げて行った。




「お疲れさん、中々上手く出来たな」

 からかうようなルークの言葉に、興奮のあまり真っ赤に頬を紅潮させたレイは、嬉しそうに目を輝かせて何度も大きく頷くのだった。

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