夜会の始まりと婦人達の派閥争い

「まあまあ、皆様お揃いでようこそお越しくださいました」

 到着した広い会場は、すでに大勢のご婦人方であふれていた。

 竜騎士隊の面々が到着したのを見て、騒めきが大きくなる。

 出迎えてくれたヴァイデン侯爵の奥方であるミレー夫人に、竜騎士達が順番に挨拶をする。

 前回の夜会で挨拶をした時、レイはミレー夫人から自分の事はミレーと呼んでくれと言われている。どうしたら良いのか分からず後でルークに確認したところ、別に無理して呼ばなくても良いと言われてるので、普通にミレー夫人と呼んで挨拶をした。

 さすがに母親のような年齢の女性を呼び捨てに出来る度胸は、まだレイには無かった。



 見覚えのある夫人達にも順番にも一生懸命挨拶をしていると、再び会場が騒めいた。

「お、来たな」

 ルークの声に振り返ると、ヴィゴとタドラが、それぞれイデア夫人とクローディアを連れて入って来るところだった。

 イデア夫人は、今の竜騎士隊の身内の中では、社交界に顔を出し、婦人会に参加している貴重な女性だ。

 普段はあまりこう言った華やかな場には出ないが、皇族の参加する大きな夜会や、婦人会の主催する夜会には、ヴィゴと一緒に顔を出す事も多い。

 ミレー夫人が出迎えて挨拶をしているのを、何となくレイとカウリは並んで見守っていた。

「いやあ、しかしタドラの落ち着きっぷりは、本当に見違えるようだな。守るべき相手が出来ると、人間あそこまで変われるもんなんだな」

 感心したような呟きに、レイも笑顔で頷く。

「クローディアも嬉しそうだね」

「なんて言うか、見ていてこっちが笑顔になるような微笑ましい二人だよな」

「素敵だね」

 嬉しそうなレイの言葉に、何か言い掛けたカウリだったが、小さく笑って口を噤んだ。



 もしもクラウディアが還俗してレイと一緒になったら、彼女はこう言った夜会に出て来るだろうか?

 少し考えて首を振った。どう考えても、自分には場違いだと言って固辞する姿しか思い浮かばない。

「まあ、チェルシーだって結局嫌がって出てくれなかったもんなあ」

 そう呟いて、タドラ達を見る。

 カウリにしてみれば、彼女が希望するなら社交界に参加するのも良いかと思っていたのだが、結局チェルシーは、自分には無理ですと言って、最後まで社交界に参加するとは言ってくれなかった。

「まあ、確かにこれは誰にでも出来る事じゃ無いよな。延々と続く愛想笑いと、ろくでも無い比喩と嫌味。どれも中身があるんだか無いんだか判らない会話だもんなあ」

 思いっきり自分は当事者なのだが、まるで他人事のようにそう呟き、近づいてくるご婦人に笑顔で挨拶をするのだった。




 一通りの挨拶が終わる頃には、予想通りに、タドラとクローディアとヴィゴの周りに夫人達が集まり、その次に人が多いのはロベリオとユージンだった。

 レイは、おかげで途中からは解放され、壁際に用意されたお菓子や料理の数々を、カウリと交代で味わう事が出来た。

 レイの肩にはニコスのシルフとブルーのシルフが常に寄り添い、周りを警戒しつつ、彼に必要な知識を教えていたのだった。




 例の身分と血筋至上主義のリューベント侯爵のラフカ夫人を始めとする要注意人物達は、何故だか離れたところから此方を伺っているだけで、今回も別段何か言って来るような事もなかった。

 レイは知らなかったのだが、この数ヶ月の間に婦人会の内部でも裏ではかなり色々とあったのだ。

 今まで一大勢力として婦人会内部でもかなりの発言権があったラフカ夫人達だったが、婦人会内部の勢力が大きく変化していたのだ。

 とにかく、見習い二人が紹介されて以降彼女達にとってはろくな事はなかった。



 レイルズとカウリに加え、陛下の口から正式に発表をされた、女性の竜の主となったタガルノからの亡命者であるニーカと地方貴族出身のジャスミン。

 しかし、これらの新しく竜の主となった者達が、ことごとく市井の出身、もしくは地方貴族や庶子と言う、ある意味血統至上主義者達としては、到底許しがたい状況だった。

 しかし、今までならばそう言った者達が見習いとして紹介された場合、こういった夜会の席などで答えられないような事を言って、戸惑って真っ青になるのを楽しむ事が出来たのだ。

 しかし、現在紹介されている見習い二人は、今までの見習い達とは全く違っていた。

 一人は嫌味が全く通じず、それなのに、時に妙に説得力のある返答をしたりする。

 もう一方は無駄に年齢を重ねただけの愚か者だと思っていたら、男性陣からの評判が非常に高く、まさかの夫達までもが、カウリの事は高く評価する有様だ。

 挙句に婦人会の代表であるミレー夫人が二人の事を相当気に入ったらしく、あちこちに顔を出しては彼らのことを褒めそやす有様だ。

 そのせいでラフカ夫人達の周りには、一部の取り巻き達だけでそれ以外の婦人達は殆ど寄り付かなくなってしまっていた。



 腹立たしい事だが、無駄に騒いだところで自分の評価をさらに下げるだけだと分かっている彼女は、今は騒がず気長に待つ事にしたのだ。

 どうせ見習いである彼らの今の状態は、所詮は付け焼き刃だ。いずれ張りぼての飾り付けは剥がれて、地が出る時が来る。

 その時にはせいぜい笑ってやろうと考え、密かに楽しみにしているのだった。



 だが婦人達は知らない。

 レイルズの天然っぷりと有能さが本物である事も、カウリの有能さと処世術が筋金入りである事も。

 彼女達にとっては大いに不本意だろうが、結果として暗黙の内にラフカ婦人達側も、見習い達を認めた形になってしまっていた。




『滑稽なものだな。己がいかに愚かな考え方をしているかに気付かず、自ら己の無能さをさらけ出しているのだからな』

 お菓子の皿の横に座ったブルーのシルフの言葉に、ニコスのシルフだけで無く、他の竜騎士達の使いのシルフ達までもが揃って苦笑いしながら頷いている。

『まあ、所詮は群れて騒いでいるだけだ。自らを変える勇気も、変えようとするだけの知識気概も無い愚か者共だよ』

 ヴィゴの竜であるガーネットの使いのシルフの言葉に、ブルーのシルフも頷く。

『どうやらここには闇の気配を纏うものはいない。皆正常の様だね』

 マイリーの竜であるアメジストの使いのシルフの言葉に、他の竜達の使いのシルフも揃って頷く。

『ならば後は安心して楽しみましょうか』

『さっき話していた様に皆が演奏してくれたら良いのにね』

 カウリの竜であるカルサイトの使いのシルフの言葉に、周りにいたシルフ達が嬉しそうに頷いてはしゃいでいた。

『ふむ、ならばちょっと言ってきてやるとしようか』

 ふわりと飛び上がったブルーのシルフが、レイの側に行き、楽しそうに話を始めた。

 それを見た他のシルフ達も、それぞれの主のところへ行き、演奏を聴きたいと、ねだり始めたのだった。

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