花祭り五日目の予定
翌朝、いつものようにシルフ達に起こしてもらったレイは、ルークやカウリ、タドラと一緒に朝練に参加して、木剣でカウリと打ち合い、後ちょっとのところまで責める事が出来た。
それからルークにトンファーで手合わせしてもらい、タドラとは棒で相手をしてもらった。
「みな、凄いや。まだまだ誰にも勝てる気がしないです」
タドラに叩きのめされて床に転がったまま、それでも嬉しそうにレイは笑った。
最後は一般兵達の乱取りに混ぜてもらい、朝練は終了した。
一旦本部に戻り、軽く湯を使って着替えてから朝食の為に食堂へ向かう。
タドラと二人、競い合うようにして山盛りの料理を食べた。
花祭り期間中限定の本日のお菓子は、真っ赤なベリーのミニタルトだ。上には少しだけれど真っ白なクリームが添えられている。ミントの葉の緑と相まって、とても華やかなお菓子だ。
それを見たレイは目を輝かせて、しっかり二つ確保してから席に戻った。
「あれだけ食ってまだタルトが二つも入るのかよ、若いって怖いな」
からかうようにカウリに言われて、レイは顔をしかめて舌を出した。
「大丈夫だよ。甘い物は別腹と申しましてな」
そう言い返すと、カウリはルークと顔を見合わせて笑い合い、自分のお茶を飲んでいる。
「えっと、今日は花撒き担当なんだよね。午前中の予定は?」
タルトを一つ平らげたところで、隣に座るルークに質問した。
「ああ、午前中は休んでくれて良いぞ。あ、それならその間に、ヴィゴに連絡して彼女達の予定を聞いてやれよ。今日もヴィゴは家に戻ってる筈だからさ」
「そうだね。じゃあとで連絡してみます」
そう言って二つ目のタルトを平らげながら、ふと思った。
ヴィゴが一の郭の屋敷に戻り、殿下は恐らくいつものように奥殿に戻っているのだろう。ロベリオとユージンも家に戻っていると聞いたので、そうなるとマイリーはどこに行ったのだろう。ルークやカウリはここにいるので、朝から一人で会議だろうか?
思わずルークを見る。
「ん、どうした?」
お茶を飲んでいた手を止めて、不思議そうに振り返る。
「ねえ、ちょっと気になったんだけどマイリーは? お城で会議ですか?」
「ああ、マイリーは花祭り休暇だよ」
「花祭り休暇?」
初めて聞く言葉に驚くレイに、ルークは笑って肩を竦めた。
「まあ、ちょっとまた左足の具合があまり良く無いみたいでね。それで昨日説得して、昨日の午後から今日の夕方迄は一日部屋から出さない、何もしない日にしたんだ」
ルークの言葉に、レイは驚いて目を見開く。
「この間、巡行の時に一日何もしない日をやらせただろう。あれが案外良かったらしくてね。あの後、かなり体調が良かったらしいんだ。だから、花祭りの期間中は大きな会議も無いし、休みを取らせるなら今しかないって事で、今回は本人も同意の上で三日間休ませる事にしたんだ。だけど今夜の夜会には出てもらうし、明日は花撒きの担当だからね。まあ最低限の仕事をしつつ、ゆっくり休む時間を取る習慣を身に付けさせるのが一番の目的だよ」
ルークの説明に、レイは嬉しそうに拍手をした。
「あれだけ仕事が出来る奴が、自分の休みを管理出来ないってな。やっぱり何だか納得出来ないよ。普通は休みたくて仕事を頑張るんだと思うんだけどなあ」
横で聞いていたカウリの呆れたような言葉に、タドラも笑いながら何度も頷いている。
「まあ、マイリーの場合は、仕事が趣味みたいなものだからね」
大真面目なルークの言葉に、レイだけでなくカウリとタドラも揃って吹き出し、全員揃って大笑いになったのだった。
「はあ、笑った笑った。ほら、昨日ガンディが新しい薬の説明に来たって言ってただろう。マイリーの為に、左足のマッサージ用の薬を新しく手に入れたんだってさ。詳しくは聞いてないけど、これもまあ、簡単には手に入らない薬らしいんだけど、どうやら俺達でもかなりの効果が期待出来るらしい。怪我の後の治療にかなり期待出来るようだって聞いたよ。まあ、怪我なんてしないに越した事はないけど、準備しておいてくれるのはありがたいよな」
ルークの言葉に、レイも何度も頷く。
そして、多くの人に支えられている自分の立場を再認識して、一層頑張ろうと気を引き締めたのだった。
食事の後は、そのまま一緒に本部の休憩室へ戻り、四人で陣取り盤を挟んで過ごした。
ルークとカウリは、いつものヴィゴとマイリーのように書類を散らかしつつ陣取り盤を挟んでいる。
レイはタドラと一緒に攻略本を片手に、攻め込まれた時の防御の展開方法を実際に駒を動かして教えて貰った。
その合間に、レイはヴィゴにシルフを通じて連絡を取った。
ヴィゴがお茶会に招待してくれるとも聞いていたので、その予定とのすり合わせも必要だったからだ。
相談の結果、花祭りの八日目の日にヴィゴの家でお茶会をするので、その際にカウリやジャスミン、タドラも一緒に行く事になった。昼食をヴィゴの家で一緒に頂き、その後、皆でガンディの所へ行く事にしたのだ。
隣で聞いていたタドラも嬉しそうにしている。
「ありがとうございました。じゃあその予定で連絡しますね」
ヴィゴに連絡をしてくれていたシルフ達がいなくなるのを見送ってから、ジャスミンとガンディにも連絡をして、八日目にヴィゴの屋敷での昼食会と、その後ガンディの所へ行く事を伝えた。
「よしよし、うまく出来たじゃないか」
横で聞いていたルークの言葉に、カウリとタドラも笑って拍手をしてくれた。
「えっと、皆はいつもこんな事してるの?」
「当たり前だろうが。言っておくけど、どの夜会に出るかなんて事も、お前が自分で決めるようになるんだからな」
「そんなの絶対無理だよ。僕、泣いて森のお家に帰ります!」
最早お約束になったレイの叫びに、三人は同時に吹き出し休憩室は大笑いになったのだった。
早めの昼食を食べた後、三人は花撒きの準備のために中庭に出ると、そこには三頭の竜達が並んでいて準備を始めた所だった。
「手伝います」
前回と同じく、大きな声で呼びかけて駆け寄ると竜人のハインツ少尉がベルトの束を手に振り返った。
「ああ、ありがとうございます。ではまた上をお願いしてもよろしいですか」
ベルトの束を渡されて受け取ると、レイは急いでブルーの背中に上がった。
手早くベルトを締めていく。時折反対側から投げられるベルトを受け取り、繋いでは反対側に落とす。
もう、すっかりベルトの構造を理解しているので、迷う事は無い。
シルフ達にも手伝って貰い、花籠を引き上げて金具に取り付けていく。
「かなり手慣れてきましたね。素晴らしいですよ」
ハインツ少尉にそう言われて、嬉しくなって笑顔で返事をした。
自分で出来る事が何であれ増えるのは、純粋に嬉しかった。
「準備は良いか? そろそろ上がるぞ」
耳元でルークの声が聞こえて、レイは元気に返事をした。
「それじゃあ行こう、ブルー。皆に沢山花束を届けないとね」
そっと首を叩くと、喉を鳴らしたブルーは、大きく翼を広げて、ゆっくりと上昇して行った。
三頭の竜が上昇するのを見て、城からは大歓声が沸き起こっていた。
『いってらっしゃい!』
『いってらっしゃい。沢山花束を届けてね』
耳元でシルフの声が聞こえて、レイは笑って神殿の分所の方に向かって手を振った。
見えはしないだろうけれど、レイは笑顔で大きく手を振ったのだった。
彼の周りでは、シルフ達が一緒になって分所に向かって嬉しそうに手を振って大喜びで笑っていた。
『行ってくるの』
『行ってくるの』
『素敵な花束』
『届けるんだよ』
『私達は手を出さない花束』
『落とすだけだもんね』
『落とすだけだもんね』
笑顔のシルフ達の言葉に、レイも笑って前を向いた。
「そうだね。沢山の恋人達と、沢山の子供達や街の人達に、いっぱいの花束を届けないとね」
レイの呟きに、ブルーのシルフが現れてそっと頬にキスを贈るのだった。
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