夕食と今後の予定

 その日、夕食の時間になってもタドラは戻って来ず、レイは、ルークやカウリ、ジャスミン達と一緒に食堂へ向かった。

 花祭りの期間限定の本日のお菓子は、色付きの粒状のお砂糖とクリームを使った、花のような飾り付けを施したミニマフィンで、レイは目を輝かせて何種類も取って皆に笑われていたのだった。



 ジャスミンも、嬉しそうに華やかなミニマフィンを取ってきて頬張っている。



「神殿では、栄養は考えられた食事なんですが、お菓子はほとんど無いし料理も選べないんです。食事はこっちの方が種類も多いし美味しいですね」

「訓練所の食堂も美味しいよね」

 マフィンを食べながらレイがそう言って笑う。

「そうですね。それに訓練所の食事は、料理の種類はここよりは少ないですが、お菓子の種類は多い気がしますね。いつも、何を取ろうか考えるのが楽しみなんです」

 ジャスミンもマフィンを食べてきちんと飲み込んでから、そう言って嬉しそうに笑っている。



「そりゃあ、ここよりも訓練所の方が来ている人達の年齢層が低いからだろうが。きちんとどこの食堂も、料理は必要な栄養を考えて作られておるのだぞ」

 突然聞こえた声に飛び上がって後ろを振り返ると、ガンディが医療班の人達と一緒にトレーを持って笑っていた。

「あれ、こっちで食事をされるって珍しいですね」

 同じく振り返ったルークが、驚いたようにそう言って前の席を示した。

 ガンディがレイの隣に座り、医療班の人達も一礼して並んで座る。

「ああ、ちょっと珍しい薬が手に入ったのでな。それについての説明に来ておったのだよ」

 そう言って、軽く手を合わせただけで食べ始めたガンディを見たジャスミンは何か言いたげだったが、ルークが笑って首を振るのを見て小さく笑って頷き黙ってお茶を飲んだ。



 しばらく黙々と食べる彼らを見ていたが、レイはふと思い出してルークを見た。

「ねえルーク。あの話って、今しても良いですか?」

 ルークは、早々に食べ終わって食器を片付けに行ったガンディを見て頷いた。

「いいんじゃないか。あ、明日は婦人会の夜会にお前も参加だからな。それから、明後日の午後からはお前は後援会のお茶会に参加だよ。だから、その日は駄目だぞ」

「ええ、それなら、もう行ける日があんまり無いよ」

「明々後日以降はまだ決まってないから、埋めるならそこだな。こんなの早い者勝ちなんだから、先に予定を入れてしまえばこっちのもんさ」

「それで良いの?」

「ああ、自分で予定を立てるようになったら、そんな風に考えてするんだからな。まあ、これも経験だよ。頑張って段取りしてみろ」

 ルークに簡単にそう言われてしまい、レイは困ったように眉を寄せた。

「うう、分かりました。やってみます」

 そんなレイを見て、ルークは小さく吹き出し、お茶のセットを持って戻ってきたガンディを見てレイは密かにため息を吐いた。



 カウリとジャスミンとケイティは、どうするのかと興味津々でこちらを見ている。



 お茶を入れて飲んでいるガンディを見て、レイも残りのマフィンをまずは平らげた。

 ハン先生とルークが顔を寄せて話を始めたのを見て、レイは思い切って口を開いた。

「あのねガンディ。ちょっとお願いがあるんだけど良いですか?」

「うん、如何した?」

 手帳を取り出して見ようとしたガンディは、レイの言葉に手を止めて驚いたように顔を上げた。

「えっと、花祭りの期間中ってお忙しいですか?」

「何じゃ改まって。まあ忙しいといえば忙しいが、それはいつもの事だぞ。用があるなら言いなさい」

「用っていうか……」

 ジャスミン達の視線を感じて、レイはちょっと息を大きく吸ってからガンディを見た。

「あのね、カウリとジャスミンが、ピックに会ってみたいんだって。それで、出来たら、えっと、クローディアとアミディアも一緒にどうかなって思って」

 タドラとクローディアの事は、ガンディも聞き及んでいる。

 何となく事情を察して笑って頷いた。

「明日と明後日は、ちと手術に立ち会う予定があるので無理だが、今のところ、それ以外は絶対に外せぬ用事は無いな。彼女達の予定を聞いて、来る日を決めてから言ってくれれば良い。儂はいつでも構わんぞ」

「分かりました。じゃあ、二人の予定を確認してから、また連絡します」

「おお、了解じゃ」



 一生懸命考えながらレイルズが言うのを、途中からガンディは完全に面白がって見ていた。



「まあ、予定を自分で段取りするのも経験じゃな。よしよし」

 満足そうに小さく呟き、もう一杯お茶をカップに入れた。



「それじゃあ決まったら連絡します」

「おお、待っておるよ」

 笑って手を上げてくれたガンディに一礼して、レイ達は本部に戻った。

「俺はちょっと用があるから出るよ。もう今日はゆっくりしてくれて良いからな」

 ルークはそう言って、そのまま何処かに出掛けてしまった。

 呆気に取られて見送った後、ジャスミンはケイティと一緒にもう休むからと部屋に戻り、レイは何となくカウリと一緒に休憩室に向かった。



「ああ、戻ってたんだね」

 丁度、休憩室前の廊下でタドラに会い、一緒に部屋に入る。

「ねえ、タドラも一緒にどうかな?」

 カウリと陣取り盤を取り出して向き合うタドラを見て、不意に思いつきレイは慌てて話しかけた。

「ねえタドラ。カウリやジャスミン、それからクローディアやアミディアと一緒に、ガンディのピックに会いに行こうかって言ってるんだけど、タドラは忙しいですか?」

 驚いて自分を見るタドラに、ルークから一度自分で予定の段取りをやってみろと言われた事を説明した。

「ああ、そう言う事だね。魅力的なお誘いなんだけど、僕は多分無理だと思うよ」

 苦笑いするタドラに、レイは首を傾げる。

「そりゃあお前、浮いた話の一つも無かったタドラの、いきなりの婚約発表だぞ。どのご婦人方も、話を聞きたくてうずうずしているだろうさ。お茶会や夜会のお誘いが山になってるんじゃありませんか?」

 カウリの言葉に、驚いてタドラを見ると、彼は嫌そうに顔をしかめながら頷いている。

「そりゃあもう凄いよ。僕は明日の婦人会の夜会が怖いよ。ヴィゴから、急遽クローディアも来るって聞いたから、多分ワインを飲む暇も無いと思うな。絶対ロベリオとユージンの二人に人が集まるだろうから、僕は横でのんびりするつもりだったんだけどなあ」

 背もたれに倒れ込んで苦笑いしながらそう言っているタドラを見て、レイとカウリは笑いながら背中や肩を叩いた。

「ま、これも経験だよ。せいぜい愛想を振りまいておけ。それは彼女の為でもあるんだからさ」

 真剣なカウリの言葉にレイは驚いたが、タドラは顔を上げてこちらも真剣な顔で頷いている。



 表舞台には一切出ないチェルシーとは違い、クローディアは正式に社交界に紹介されている。となると、今後はそれなりに様々な付き合いが発生する事になる。その意味もあり、婦人会にクローディアを紹介しておくのは大事な事なのだ。

「じゃあ明日の夜会って、タドラやロベリオ、ユージンも参加なんだね」

 嬉しそうに目を輝かせるレイに、タドラは笑って首を振った。

「明日の夜会は、先日の花の会と並んで花祭り期間中の一番大きな夜会だよ。マティルダ様も参加なさるしね。竜騎士隊は全員参加だよ」

 当然その予定は知っているカウリも苦笑いで頷き、レイは、参加するのが自分だけじゃ無いと知って密かに安堵したのだった。




『明日の夜会は、また大騒ぎになるのが目に見えるな』

『そうですね。でも、これも幸せになる為の苦労ですよ』

『面倒なのだな。人の子の世界の付き合いとやらは』

 嫌そうなブルーのシルフの言葉に、タドラの伴侶の竜であるエメラルドの使いのシルフは、笑って肩を竦め、レイと楽しそうに話をしているタドラを愛おしげに見つめていたのだった。

『でもやりがいのある苦労です』

『そうだな。では其方の主の頑張りを拝見させてもらう事にしよう。今後の参考までにな』

 笑ったブルーのシルフの言葉に、エメラルドのシルフも笑って何度も頷くのだった。

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