品評会とジャスミンの話
「へえ、こうして改めて見ると、どの花もすごいんだな」
カウリの感心したような声に、レイも満面の笑みで何度も頷いた。
品評会の会場内を順番に見て回ったが、並んでいる花はどれも見事だった。
ヴィゴの娘さん達の花は、周りの声を聞いているとどうやら時期を合わせて咲かせるのがかなり難しい花らしく、皆、満開の花を見て口々に感心したり褒めてくれたりしていた。
「ああ、これはサディアナ様。少佐も」
見事に咲いた掌よりも大きな花を見ていた時、横で一緒に見ていたカウリの突然の声に、レイは驚いて振り返った。
振り返ったカウリが、苦笑いして右手を差し出している。
そこにいたのは、カウリの元上司のダイルゼント少佐と、奥方であるサディアナ夫人だった。
サディアナ夫人は、カウリの後援会の代表を勤めてくれている。
レイも、ダイルゼント少佐の事はもちろん、婦人とも何度か夜会でお会いしたことがあるので、笑顔で挨拶を交わした。
周りが、興味津々で自分達を見ているのは分かっていたが、レイもカウリも気にせず夫妻と和やかに話をしていた。
「うわあ、これはサディアナ様が育てたお花だったんですね」
夫人に案内されたのは、真っ赤な大きな大輪の花が見事に咲いた大鉢で、レイが密かに気に入っていた花だったのだ。
「去年は残念ながら時期がずれてしまって出せなかったんですが、今年はちょうど良い時に咲いてくれました」
得意気な夫人の言葉に、レイはただただ感心していた。
その後、肥料と土作りの話で、レイは夫人との間で大いに盛り上がった。
「へえ、花を咲かせる為の肥料と、野菜を作る為の肥料は違うんですね。それは知らなかったです。サディアナ様がなさっているのは、僕の家の薬草園の土作りでやっていた事に近いですね」
薬草園の世話は、基本的にはタキスがやっていたのだが、レイも何度も手伝っていたので肥料についてもかなり詳しく知っている。
「ああ、私の屋敷でも、薬草園を裏庭で少しですが作っておりますわ。お茶に使ったり、料理長が料理に使ったりもしております」
それを聞いて目を輝かせるレイを、カウリとルークはダイルゼント少佐と一緒に、苦笑いしながら見ていたのだった。
「ありがとうございました。また教えてください」
見送る少佐夫妻に笑顔で手を振り、その場を後にした。
「そう言えばジャスミンは、お祭りの期間中はずっと神殿なんですか?」
本部に戻る渡り廊下を歩いている時、気になってルークに質問した。
「ああ、今夜は伯爵と一緒に本部に来るって言ったよ。タドラも、もうそろそろ戻って来ているはずだ」
「そう言えば、今日は若竜三人組は誰も見なかったね。忙しいのかな」
「ロベリオとユージンは今日は家に戻ってるよ。今年は来客が多いからね。タドラは後援会のお茶会だよ。報告に行ってる」
「後援会に報告?」
一瞬何の事か分からなくて首を傾げると、二人から呆れたような顔で見られた。
「えっと……あ、そっか。クローディアとの結婚の事だね!」
ようやく納得して、嬉しそうに頷く。
「そう言う事。まずは婚約って形になるだろうね。具体的な時期については、色々と他との調整も必要だから、そんなに早くは無いと思うよ」
「そうですね。確か娘さんは、まだ十六歳でしたよね」
ルークの言葉に、カウリも頷いている。
タドラから、自分には色々と問題があるのだと聞かされていたレイは、困ったように眉を寄せた。
「でも、結婚するんだよね」
「もちろんだよ。まあ今年中って事は無いだろうけど、どうなんだろうな。ヴィゴは絶対先送りしたそうだけど」
「絶対、式の時に最前列で号泣してそうですよね」
カウリの言葉に、レイとルークは堪える間もなく揃って吹き出したのだった。
「実はカウリの時でも、目が潤んでたもんな」
笑いながら言ったルークの言葉に、三人揃ってもう一度大笑いしたのだった。
「おかえりなさい」
竜騎士隊の本部には、ジャスミンと護衛のケイティがいて、机の上に綺麗に作った花の鳥を飾ってくれているところだった。
「ああ、戻ってたんだね。ご苦労様」
ルークの言葉に、ジャスミンは笑顔で一礼する。
「へえ、これは見事だ。作ったんですか?」
「はい、私がケイティと一緒に作りました」
嬉しそうなジャスミンの言葉に、大柄なケイティも苦笑いしながら頷いている。
「ジャスミン様が、花の鳥を作った事が無いと仰るので、少しお手伝いして一緒に作ったんです」
元は子爵家の次女であるケイティは、当然だがこう言った事は器用に一通り出来る。貴族の娘にとっては、花祭りの期間中に花の鳥を作るのは当たり前の事なのだ。
「ちょっと綺麗にまとまらなくて、かなり仕上げは手伝って貰ったんです。おかげで上手く作れました」
薄い黄色とピンクの花を使った花の鳥は少々丸いが充分に可愛く仕上がっている。
「去年、俺が作ったのに比べたら充分上手だよ」
ルークの言葉にレイが吹き出す。
意味が分からなくて首を傾げるカウリとジャスミンに、レイは嬉々として去年ルークが作ったまん丸な花の鳥の話をしたのだった。
「へえ、ガンディの所の石を食う竜の噂は聞いた事があったけど、本当にいるんだ。ってか、竜じゃなくて、正確には幻獣なんだ。それはちょっと見てみたいかも」
感心したようなカウリの言葉に、レイは目を輝かせる。
「お願いすれば会わせてもらえると思うよ。すっごく可愛いんだよ。あ……でも、僕達は駄目だった」
「何が駄目なんだよ。知らない人には懐かないとか?」
人見知りをするのだろうと思ってそう聞いたが、レイは笑って首を振っている。
「竜の主は、駄目なんだよね。竜達に嫉妬されちゃうんだ」
「あ、なるほど。そう言うことか」
納得したカウリの言葉に、ジャスミンはそれでも諦めきれないようだ。
「じゃ今度、ガンディに会わせてもらえないか聞いておいてあげるよ。あ、それならケイティも一緒においでよ。彼女が抱けば、ジャスミンも触れると思うよ」
確か、ディーディーは抱いていても平気だったし、彼女が抱いた状態でなら、レイやニーカもピックに触る事が出来た事も思い出した。
「それなら、花祭りの期間中にお願いして、クローディアやアミディアも呼んでやれよ。アミディアはずっとお留守番で絶対拗ねてると思うからさ」
ルークの提案にレイも賛成して、今回はレイが段取りと連絡役をしてみる事になった。
「まあ、分からなかったり、困ったらいつでも相談して良いからな」
ルークにそう言われて、レイは大張り切りで頷いたのだった。
『また、あのうるさい丸い竜の所へ行くのか』
レイの肩に現れたブルーのシルフの嫌そうな声に、レイは思わず笑ってしまい、口を尖らせるブルーのシルフにキスを贈った。
「拗ねないで。何があってもブルーが一番だよ」
嬉しそうに頷いたブルーのシルフは、ふわりと浮き上がってレイの頬にキスを贈った。
「相変わらず仲のよろしい事で」
からかうようなカウリの言葉に、レイは当然とばかりに頷き、皆で笑い合った。
その後、夕食までの時間にカナエ草のお茶で休憩したのだが、ジャスミンは嬉々として今日の花祭りの会場で見た出来事を話して聞かせた。
女神の神殿の巫女に跪いて花束を渡した話には、ルークやカウリは驚いていた。
「へえ、ガルネーレ伯爵のところの三男坊って事はニコラスだよな。驚いた。成人したばかりなのに、自分でお相手を見つけたんだ」
「しかも、女神の巫女」
「だな、これはすごい」
ルークの言葉にカウリも感心している。
「受け取った、そのパンセスって巫女もすごいですよね」
「だよな。普通は受け取らないって」
実らぬ恋の代名詞とも言われている巫女との恋愛で、見事に成就させた若者がいる。
ルークは笑ってお茶のカップを捧げた。
「ニコラス青年の勇気に乾杯だ」
レイとカウリも、飲んでいたカナエ草のお茶のカップをそれぞれ笑顔で捧げたのだった。
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