それぞれの想いと花の品評会

「ねえ、ディアったら」

 駆け込んだ洗面所の扉を中から閉められてしまい、開かない扉の前で呆れたようにニーカは何度もノックした。

「ねえ、ディアったら。お願いだからここを開けて頂戴」

 しかし、中からの返事は無い。小さく啜り泣く声が聞こえるだけだ。

 それを聞いたニーカは、腰に手を当てて大きなため息をつき、怒ったように口を開いた。



「ディア。しっかりしなさいよ」

 いきなりの怒ったようなその声に、中から聞こえていた啜り泣く声が途切れる。

「今こそ、あの時の約束を果たしてあげるわ」

 大きな声で、叱りつけるように言われて、息を飲む音が聞こえた。

 それに満足そうに頷いたニーカは、後ろで腕を組んで扉に寄り掛かって額を当てた。

 そして、先程とは一転して、優しい小さな声で淡々と話しかけた。

「生涯一度の恋なんでしょう? 彼一人を愛するって決めたんでしょう? それなのに何をメソメソ泣いてるのよ。貴女は何も失ってなんか無いわ。レイルズは花を取ろうとしてくれたじゃない。取れなかったって事は、精霊王が、まだ今はその時じゃないってお考えなんだって事でしょう? それなのに、肝心の貴女が揺らいでどうするのよ」



 言うだけ言って、態とらしくもう一度大きなため息を吐く。



 しばらくすると、いきなり扉が開いた。

 慌てて後ろに下がるニーカに、飛び出して来たクラウディアが膝をついてしがみ付く。

 そしてそのまま声を上げて泣き出したのだ。



 辺りを憚らぬその大きな泣き声に、何事かと何人もの巫女達や僧侶が飛び出してくる。

「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい……」

 クラウディアは何度もそれだけを言い続けて、小柄なニーカに縋り付いたまま子供のように号泣している。

「もう、ディアのお馬鹿さん。解ればいいの。好きなだけ泣きなさい」

 どちらが年上か分からないその言葉に、またクラウディアが号泣する。

「大好きよディア。言ったでしょう、絶対に諦めないでって」

「うん……ありがとう、ありがとうニーカ。大好きよ」

 そう言って、まだボロボロと涙を零しながらも頷いたクラウディアは、それでもしっかりと顔を上げて笑って見せたのだった。

 顔を見合わせた二人はもう一度しっかりと抱き合って、揃って笑いながら泣き出したのだった。




『ふむ。人の子の感情とは、複雑なのだな』

 窓枠に座ったブルーのシルフの呟きに、隣に座ったクロサイトの使いのシルフが笑って肩を竦めた。

『巫女様は色々考え過ぎなんだよ。あれだけラピスの主に愛されてるのに、それが分からなくなるなんてね』

『全くだな。ああ、この前、ガーネットの主がレイとエメラルドの主に、これだけは駄目だと思うと言って話した事があっただろう』

『自己評価が低すぎるって、そう言ってた話だね』

『ああ、我が思うに、彼女にもそれは当てはまるな』

『本当だね。ただの人間である彼女が、光の精霊魔法を使うだけでも驚きなのにね』

 クロサイトのシルフの言葉に、ブルーのシルフも大きく頷く。

『彼女には、内なる部分に秘めた何かがある。我には分かるよ。だが、今はまだそれを知る時では無いようだ』

『へえ、やっぱりそうなんですね。さすがはラピスの主だね。それが分かって彼女を選んだのかな?』

 無邪気に感心するクロサイトのシルフの言葉に、ブルーのシルフは黙って首を振った。

『分からぬ。レイが求めたからそうなったのか。或いは、彼女がその何かを持っていた為に惹かれ合ったのか。或いは全くの偶然なのか……』

 その言葉はごく小さな声で呟かれた為、隣にいたクロサイトにさえ聞こえないうちに消えてしまった。






 朝練の後、食事をしてから午前中はゆっくりと休ませてもらった。

 特に今やらなければいけない事務仕事も無いし、花祭りの期間中は精霊魔法訓練所もお休みだ。

 何となく休憩室へ行って、陣取り盤と攻略本を片手に、駒を動かしたり、置いてある本を読んだりして過ごした。

 ルークは朝はマイリーやカウリと一緒に事務所にいたが、三人揃って資料室に篭ってしまい、昼食まで誰も休憩室には来なくて、ちょっと寂しい時間を過ごした。

 ブルーのシルフは、ずっとそんな彼の側に寄り添ってくれて、レイは胸の中にあった自分でもよく分からない色んな気持ちをポツリポツリとブルーのシルフに話しては、黙々と駒を動かしていたのだった。



「おおい、そろそろ食事に行こうか」

 なんとなくする事がなくなって、本を抱えたままソファーでうたた寝していたレイは、ルークの言葉に飛び起きた。

「ああ、今行きます!」

「あれ、もしかして寝てたか?」

 からかうようなルークの言葉に、レイは誤魔化すように笑って、急いで持っていた本を本棚に戻した。



 いつもの食堂で昼食を食べた後、ルークとカウリと一緒にお城の中庭へ向かった。

「うわあ、花がいっぱいだ」

 レイが思わず呟いた通り、中庭は大小の花であふれていた。

 ただ、ここにある花は全て鉢植えで切り花は一つも無い。片手で持てるような小さな鉢植えから、数人がかりで運ばないと到底動かせそうも無い大きな植木鉢まで様々だ。

 そして、その鉢植え全てに、大小様々な満開の花々が咲き誇っていた。



「今年は一段と華やかだな」

「確かに。今年は大きな花が多いから、それでですかね?」

 ルークの呟きに、カウリも同意するように頷く。

 カウリの言葉に、レイは驚いて振り返った。

「カウリは、見た事があるの?」

「もちろん。品評会の見学は、城に入れる奴なら誰でも出来るんだよ。俺は園芸はやらないけどさ。ほら、俺の上司だったダイルゼント少佐の奥方が園芸が趣味らしくて、何度もここに花を出品してるんだ。俺はよく知らないけど、賞をもらったりもしてるらしいぞ」

「へえ、賞があるんだね」

 感心したようにそう言うと、カウリと一緒に並んだ花を順番に見て行った。ルークはそんな彼らの後ろをゆっくりと歩いている。




「あ。なあ、ヴィゴの娘さんの花ってこれじゃないか?」

 カウリの声に、反対側の花を見ていたレイが驚いて振り返る。そこにあったのは、一抱えはありそうな大きな植木鉢に植えられた低木の木から、まるであふれんばかりに咲き誇る、真っ白な玉のような塊になった小花が房状に咲いている見事なものだった。

「うわあ、お花があふれてるね」

「本当にそうだな。これは見事だ」

 カウリの言葉に、レイも何度も頷く。

「へえ、手毬てまりって名前の花らしい。確かに、これは手毬そのものだな」

 立ててある看板の説明文を読んだカウリが感心したようにそう言ってもう一度花を見る。

 そこには、参加番号の下にクローディアとアミディアの名前が書いてあり、この花の名前が大きく書かれていた。

 幾つもの小さな花が集まって出来たその花の塊は、枝がしなる程にいくつも咲いていて、どれも大きくて見事だ。

「どうやったら、こんなに見事に咲かせられるのか、さっぱり分からないな」

 感心したように呟き、花に座って嬉しそうに手を振るシルフを見て三人とも笑顔になった。



 初めて見る、切り花とはまた違う珍しい花の数々に、レイはすっかりご機嫌で目を輝かせて夢中になって見て回っていたのだった。

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