婚約発表
竜騎士隊の礼装のタドラが、堂々と綺麗に着飾ったクローディアの手を引いて会場に入って来る。
その事に気づいた人々が静かに騒めき、あちこちからあのご令嬢は誰なのだと囁く声が聞こえてきた。
通常、夜会の会場に入る際に男性が女性の手を引いて入るのは決して珍しい事では無い。場合によっては女性同伴が基本とされる場合もある。
しかし、竜騎士の場合は少し意味が変わる。
竜騎士は、大切な国の宝である竜の伴侶とされている為、基本的に婚姻関係にある女性以外の手を引いて会場に入る事は無い。
そのタドラが、礼装で未婚の女性の手を引いて会場入りした。それが示す意味は、一つしか無い。
つまり、彼女がタドラの正式な結婚相手であると表明した事を意味しているのだ。
そんな彼らが到着したのを見て、主催者であるウィルゴー夫人が満面の笑みで駆け寄る。
「まあまあ、タドラ様、ようこそ。そして素敵なお嬢様。ようこそ花の会へ」
もちろん、ウィルゴー夫人は彼女が誰で、タドラとの関係もヴィゴから既に詳しい報告を受けている。
二人のお披露目の会場としてこの花の会を選んでくれた事を喜び、実は密かに張り切ってもいるのだ。
クローディアはようやく成人年齢になったばかりで、こう言った城での公式な夜会にはまだ出た事が無い。
近い年齢の若い人達ばかりを集めた気楽な日中の集まりばかりで、正式な夜会は今夜が初めてなのだ。
緊張してやや赤い顔のクローディアは、それでもしっかりと背筋を伸ばしてウィルゴー夫人の言葉に軽く膝を折って一礼した。
「初めてお目にかかります。ヴィゴラス・アークロットの長女、クローディア・プリムローズでございます」
「お久しぶりです、ウィルゴー様。この度、娘のクローディアと竜騎士のタドラとの間で、正式に婚約が整いました事をご報告申し上げます」
ヴィゴの言葉に、騒めきは一気に大きくなる。
「へえ、これがヴィゴの発案だとしたら、俺、ちょっとヴィゴを見直すよ」
ルークの小さな呟きに、マイリーは素知らぬ顔で笑っている。
「やっぱり入れ知恵したでしょう?」
「入れ知恵したのは俺じゃなくて、あっち」
小さな声でそう言い、レイルズと並んで話をしているカウリを指差す。
「タドラが、夜会で毎回見合い紛いの目にあって、本気で嫌気がさしてるって話を本人から聞いていたらしくてな。良い機会だから、クローディア嬢の正式な紹介と、タドラとの婚約を一緒に発表しろと言ったのは、あっちだよ。正直言って、この話に関しては俺は完全に部外者だよ」
ルークの目が、カウリに注がれる。
「へえ、さすがは年の功。これは俺も思いつかなかったな。でも確かに花の会なら、社交界の主だった方は、ほぼ参加してるもんな」
感心したようにそう呟いた時、ディレント公爵が夫人と一緒に、
「父上もこのお披露目の仕掛け仲間かよ。相変わらずだなあ。でもまあ、父上が仲人を務めてくれるって言ってたもんな。となると、この場合は知らなかったらそっちの方が問題か」
ルークは、ヴィゴらしからぬこの手回しの良さに内心驚き、また感心もしていた。そして、密かに出し抜かれた悔しさも感じていた。
「だけどまあ、それくらい本気でタドラを確保したかったって事だよな。へえ、本気でちょっと見直したよ」
笑顔でそう呟き、ディレント公爵と和やかに話すタドラに近寄る。
会場中の注目を集めているのは承知の上だ。
「おめでとうタドラ」
笑って背中を叩いてやる。その際にチラッとロベリオ達に目配せをすれば、
「まあまあ、それはおめでとうございます。それにしてもなんてお似合いのお二人なのかしら。まるでお人形のようだわ」
再び、満面の笑みでウィルゴー夫人がそう言うところまでがお約束の展開だ。
こうなると、次々に彼らに話しかける人達が現れ、しばらくは挨拶の嵐になる。
しかし、タドラは決してクローディアの側を離れず、場慣れしていない彼女に、こまめに話しかけて彼女の緊張を解く役割も果たしていた。
その仲睦まじい様子を見て皆驚きつつも、競い合うようにして二人に祝福の言葉を贈るのだった。
「素敵だね」
少し離れてその様子を見ていたレイが、感極まった様に小さな声で呟く。
「二人共、とっても幸せそうだ……」
タドラから聞いた彼の子供の頃の話を思い出す。
「絶対、幸せにならないとね」
『そうだな』
顔の横に現れたブルーのシルフの短い言葉に、レイは何度も頷くのだった。
その後、音楽が奏でられてダンスが始まると、当然の様にタドラとクローディアがダンスを披露して会場中の拍手喝采を浴びる事になった。
その後は、レイも参加して何人もの女性のダンスのお相手を務めた。
そしてようやく騒ぎの興奮が収まり、人々が二人の周りからいなくなった頃、レイを見る他の人達、特に女性陣の目が密かに変わりはじめている事に、彼だけが全く気づいていなかった。
今の竜騎士隊では、これで独身の男性は一気に減って、マイリーとルーク、そしてレイルズの三人だけになってしまった。しかもマイリーとルークはどちらも独身主義を公言して憚らず、持ち込む縁談は今のところ全敗だ。
となると、世話好きのご婦人方の次なる目標は、当然ながら唯一の独身男性となったレイルズに注がれる事になる。
周りが密かに牽制し合う中、自分の置かれた状況を全く分かっていないレイは、ようやくありつけたお菓子の数々を、嬉しそうに大喜びで食べているのだった。
何人かがさり気無く話しかけるが、どのお菓子が美味しいと言う話から、全く進展できずに撃退されているのを、ルーク達は完全に面白がって眺めていた。
「助けて差し上げませんの?」
何人ものご婦人方に取り囲まれて、全く見当違いの会話を大真面目に交わしているレイを示す。
「彼は、あれで良いんですよ」
苦笑いしたルークに、ミレー夫人は小さくため息を吐いた。
「例の巫女様との事、私達は幼い初恋だと思って黙って見守って参りましたわ」
「恐れ入ります」
大真面目に答えるルークに、ミレー夫人は態とらしいため息を吐いて見せた。
「ですが、少々問題もある様ですわね」
「問題、ですか?」
声をひそめたルークの言葉に、ミレー夫人が小さく頷く。
「妙な噂を耳に致しました」
ルークが黙ってミレー夫人を横目で見る。
「第二部隊の、真っ赤な赤毛の二等兵が、花祭りの会場で竜騎士の花束を取ろうとしたそうですわ。残念ながら取れなかった様ですけれど、もし万一取れていたら、その二等兵は、その花束を、一体、どうするつもりだったのでしょうね」
含みのある言い方で、わざわざ区切って話をするミレー夫人を、ルークは苦笑いしながら聞いていた。
こうなる事は、彼を花撒きの会場へ連れて行った時点で予想出来ている。
そして、わざわざ彼にこう言ってくる人が少なからずいるであろう事は織り込み済みだ。
早速来たな。と、ルークは内心で大きなため息を吐いたのだった。
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