花の会

「残念だったな。来年こそ頑張れ」

 ロベリオに背中を叩かれて、机に突っ伏したレイは泣きそうな声で叫んだ。

「うう、絶対無理だよ。だって、タキスは奥さんになるアンブローシアさんに求婚する為に花束を取るのに、六年も掛かったって言ってたし、さっき僕が取り損なった花束を掴んだ第二部隊の人は、五年越しだって言ってたもん!」

「へえ、タキスの奥様はアンブローシア様って言うんだ」

 感心したようにルークが呟く。

 それはつまり、エイベルの母親の名前だ。

「確かに初めて聞いたな。アンブローシア様、か」

 マイリーの呟きに、皆も名前を小さく呟いてそっと祈りを捧げた。

「タキスはいつもアーシアって呼んでたんだって。それで最初は降誕祭の後に指輪を渡して求婚したんだけど、そうしたら彼女に、嬉しいんだけど一つだけ条件があるって言われたんだって」

「条件?」

 ルークが不思議そうに首を傾げる。

「えっとね、花祭りの会場で花束を渡されて求婚されるのが、子供の頃からの夢だったんだって。それで他には何にもいらないから、私の為に花束を取ってくださいって言われたんだってさ」

 それを聞いた全員の口からため息と笑いが漏れる。

「そうなんだよな。オルダムではそんな恋人達は多いと聞くぞ。だから皆必死になって花束を取ろうとするんだよな。場合によっては友人一同総動員なんて事もあるぞ。だけど、それでも取れないときは本当に取れないんだよなあ。俺も何度か動員されたことがあるけど、一度もかすりもしなかったぞ」

 何度も頷く情けなさそうなカウリの言葉に、また皆が笑う。

「それで、毎年会場へ行って、六年目でようやく取れたんだって言ってたよ。二人でもの凄く大喜びしたんだってさ」

「そっか、そりゃあ素敵な話だな」

 ルークが感心したように呟き、カウリを見る。

「カウリは?花束争奪戦に参加しなかったんですか?」



 いきなり話を振られて、丁度お茶を飲みかけていたカウリが、堪えるまもなくお茶を噴き出した。

「うわあ、何するんだよ!」

 慌てて隣のロベリオがそう叫んで逃げる。

 咽せて咳き込むカウリを見て、また皆で大笑いになった。

「いい年したおっさんにそんな無茶させるなよな。第一、俺達は交際してること自体内緒にしてたんだから、そんな目立つ事出来るわけ無いだろうが」

「じゃあどうやって求婚したの?」

 無邪気なレイの質問に、カウリがまた咳き込む。

「ああ、それは聞きたい!」

 目を輝かせるマイリー以外の全員に見つめられて、カウリは思いっきりため息を吐いた。

「内緒で知り合いの商人に頼んで、金の細工の入った指輪を買ったんだよ。石の付いた指輪なんて高くて買えるかよ。で、夜、こっそり会った時に跪いて渡したんだよ。俺は年齢も上だし貴女には相応しく無いかもしれないけど、少しでも俺の事を好きでいてくれるならどうか結婚してくれってさ!」

 真っ赤になって叫んだその言葉に、全員揃って拍手をする。

「それで、それで彼女はなんて答えてくれたの?」

 これまた無邪気で真っ直ぐな質問にカウリが悲鳴を上げる。

「勘弁してくれよ、今更何の苛めだよこれは」

 顔を覆って態とらしく嘆いているが、全員聞く気満々だ。

「ああもう。受け取って号泣されたよ。私こそもう三十ですって言ってな!」

 もうやけになって叫んだカウリに、また全員揃って拍手喝采になった。



「もうその辺りで勘弁してやれ」

 呆れたようなマイリーの言葉に、カウリが何度も頷く。

「ええ、もっと聞きたいです」

「待て待て、お前はそもそも全部知ってるだろうが!」

 カウリがレイの頬を掴んで横に引っ張る。

「以前、奥殿へ呼ばれて洗いざらい全部言わされた時!」

 そう言って更に掴んだ頬を引っ張る。

「お、ま、え、は、よ、こ、に、い、た、だ、ろ、う、が!」

 言葉に合わせて引っ張ったり戻したりする。

「むふう、たふけてくらはい」

 全くの無抵抗でレイがそう言うと、マイリーまで一緒になってこれまた大笑いになる。



「全く、何をしてるんだよ、お前らは。ほら、そろそろ時間だぞ、先に食事に行くぞ」

 今夜は、マイリーの後援会の代表を務めるウィルゴー夫人の夜会に招待されているのだ。

「あ、タドラの代わりに俺が行きますから」

 苦笑いしたルークが手を挙げる。

「ああ、そうだな。それなら俺からも口添えしてやるよ」

 苦笑いしたマイリーの言葉に、レイが目を瞬く。

「本当なら、若竜三人組がマイリーと一緒に招待されていたんだけどね。さすがに今日くらい、な。だから、貸し一つだ」

 片目を閉じたルークにそう言われて、納得したレイが大きく頷く。

「ご苦労様です。いってらっしゃい」

 自分は関係無いと思ったので、そう言ったのだが、マイリーとルークは顔を見合わせてニンマリと笑った。

「これも経験だ。それならお前も一緒に来い。カウリもヴィゴの代理で行く事になってるんだからな」

 いきなりそう言われて、マイリーに腕を掴まれレイは悲鳴を上げたのだった。



「だってお前、これはまだ経験した事無いだろう? 招待者が今みたいに都合が悪くなった時に代理で行くなんてさ」

 真顔のルークにそう言われて、ちょっと考える。

「あ、確かに……」

 思わずそう言ってしまった。

「じゃあ決定な。レイルズ君も参加だ」

 からかうようなその言葉に、ロベリオとユージンが笑って手を叩く。

「うう、分かりました。じゃあご一緒させて頂きます。えっと、それで具体的にはどうするんですか?」

 思い出してみるが、こう言った状況でどうするのか聞いた覚えはない。

 そこで、全員から代理で行った時の挨拶の仕方や、ウィルゴー夫人がどんな方なのかと言った詳しい話を説明され、食事の間中必死になって聞く羽目になるのだった。






 城で行われたその夜会は、花の会と呼ばれる夜会で、文字通り花にあふれた会場だった。

 教えられた通りに一生懸命に挨拶するレイルズを、ウィルゴー夫人は、まるで息子を見るかのような慈愛に満ちた目で見つめていたのだった。



「花の会は、毎年、花祭りの期間中に開催される大きな夜会の一つだよ。ウィルゴー夫人は遠縁とは言え皇族の方だから、招待客も多いからね」

 ロベリオの言葉に、レイは何度も頷くしか出来なかった。

 確かに、ゲルハルト公爵をはじめ錚錚たる顔ぶれが並んでいる。

 優しい緑色の壁には、あちこちにこれも大きなリースや、細工して綺麗に束ねられた花束が飾られている。

 壁面に並んでいる豪華な料理やお菓子の数々も、彩りが美しく華やかでまるで花畑のようだ。



 女性達は皆、髪に綺麗に細工した花の鳥や小さな花束を飾っている。

 男性陣は、左の胸元に、ごく小さな花束を留め付けてある。

 レイの胸元にも、小さな花の細工が飾られている。

 そしてその下の胸ポケットには、降誕祭の時にクラウディアとニーカがくれた、あの見事なレース編みと刺繍の施されたハンカチーフが綺麗に折り畳まれて差し込まれている。

 夜会の際にしか使われないこのハンカチーフは、レイの宝物の一つだ。




「それにしても、この展開は予想してなかったな」

 苦笑いするロベリオの言葉に、ユージンも笑って頷いている。

 実は、早めに行った食堂から戻って来て、さあ準備をしようとなった所でヴィゴから連絡が入り、これまた大騒ぎになったのだ。

 そして、タドラとイデア夫人の顔合わせが上手くいった事を聞き、また皆で拍手大喝采にになった。

 しかも、その後ヴィゴの口から提案された話に、全員呆気に取られ、その後揃って感心したのだ。

 確かに、これなら良いだろうと。

 シルフを介しての打ち合わせが終わり、マイリーとルーク、ロベリオとユージン、そしてカウリとレイルズという、総動員での夜会への参加となったのだった。




「もしかして、何か入れ知恵しましたか?」

「何の話だ?」

 ルークに横目で見られて、マイリーは素知らぬ顔で肩を竦めた。

「まあ、友人としてちょっとくらいは相談に乗ってやったぞ」

 鼻で笑ったマイリーが入り口を見る。

 そこには、ヴィゴとイデア夫人、そして綺麗に着飾ったクローディアとタドラの四人が入ってくる所だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る