朝練とタドラの変化
「そこまで。良いぞ、二人とも腕を上げたな」
ヴィゴの言葉にタドラが棒を引いてくれたので、レイも慌てて起き上がって棒を拾う。向かい合わせで一礼してからレイはその場に座り込んだ。
「何だか、タドラが別人みたい。ねえ、どうやったらそんなに強くなれるの?」
無邪気なその問いかけに、タドラが驚いたように目を見張る。
自分は、いつもの通りにしているだけのつもりだったのに。
「ええ? 別にどうもしないよ。僕は、レイルズの方が調子が悪いのかと思った程だったのに」
逆に驚いたようにタドラにそう言われてしまい、レイは慌てて首を振った。
「ええ、僕はいつもと一緒だよ?」
不思議そうに顔を見合わせて同時に首を傾げる。
「だからなんだよ。お前らの、その同調率は」
笑ったルークが、持っていた棒をタドラに見せる。
「レイルズはヴィゴに木剣で手合わせしてもらうからさ。一手お願い出来るか?」
「もちろん、お願いします」
目を輝かせたタドラが、持っていた棒を構えかけて少し離れた場所へ走った。
小さく笑ったルークが、その後を追う。
その後ろ姿を見送ったレイは、満面の笑みで振り返った。
ヴィゴが頷いてくれたので、大急ぎで壁にある木剣の置き場へ走る。
それを見て小さく笑ったヴィゴも、自分の木剣を取りに向かった。
いつも使っている木剣をレイが手に取る。その背後からヴィゴが手を伸ばして、彼がいつも使っている一番大きな木剣を手に取った。
戻ろうとしたが、レイが手にしているそれを見て壁に並んだ大小の木剣を見る。ヴィゴは小さく頷いて、一本の木剣を手に取った。
「今日はこれを使ってみろ。今のお前ならこれくらい使えるはずだ」
そう言って渡してくれたのは、ヴィゴほどではないが、今まで使っていたものよりもかなり長くてしっかりした作りの木剣だ。
「はい! よろしくお願いします!」
受け取ってそう叫んで先程の場所に走って戻り身構えるレイを見て、ヴィゴも嬉しそうに戻って来て身構えてくれた。
「よし、来い!」
腹の底に響くような力のあるその声に、レイは大声を上げて上段から思いっきり打ち込みに行く。
甲高い音が訓練所に響いた。
何度も何度も、必死になって手を変えて上段中段下段と次々に打ち込んだが、全くと言って良いほど通じない。
「良いぞ、もっと考えろ」
余裕綽々で相手をされて、悔しくなってムキになったらもう終わりだった。
たった一度打ち返されたそれは、腕が痺れるほどの一撃で、レイは堪えるまも無く吹っ飛ばされたのだった。
「おい、生きてるか?」
笑いながら覗き込まれて、レイは呻き声を上げて目を開いた。
今日こそ、せめて受け止められるかと思って頑張ってみたが、結局最後はいつものように木剣を弾かれて叩きのめされてしまった。
「うう、参りました」
悔しそうにそう言って起き上がる。
念の為、来ていたハン先生に診てもらい、後半はヴィゴが、実演を交えて時折手を止めながら、先ほどのレイの動きの良し悪しを説明してくれた。
レイは一言たりとも聞き逃すまいと、必死になって聞いては動きを一つ一つ確認していた。
最後に、今度はルークに木剣で手合わせしてもらって、今日の朝練は終了した。
「何度見ても凄いよな」
「全くだよ。俺なんかじゃ全然お相手が務まらないのは当然だよ。ヴィゴ様やルーク様、タドラ様とほぼ対等に打ち合ってるんだものな。いやあ凄い」
嬉しそうに訓練所を後にするレイの後ろ姿を見送りながら、マークとキムは半ば呆れたようにそう言って、揃ってため息を落としたのだった。
一旦本部に戻り、軽く湯を使って汗を流してから着替えて食堂へ行く。
「今日のお菓子は何かな?」
嬉しそうなレイの言葉に、ヴィゴ達は笑いを堪えられない。
「そう言えばマイリー様宛の荷物と一緒に、ブレンウッドのバルテン男爵から緑の跳ね馬亭の春の限定のお菓子が今年も届いておりますよ」
マイリーの従卒であるアーノックの言葉に、レイは目を輝かせた。
「ああ、やっぱり届いてたんだ! ありがとうバルテン男爵」
「良かったね。じゃあ後で頂こう」
タドラに言われて、レイは満面の笑みで頷くのだった。
本日の、花まつりの期間中限定のお菓子は、綺麗なガラスの器に入った透明なお菓子で、ゼリーと呼ばれる不思議な食感のお菓子だった。
薄紅色のその中に、花びらを模した砂糖菓子が入っていて、食べるとゼリーの柔らかな食感と、砂糖菓子の食感の違いが面白いお菓子だった。
当然のようにレイは二つ取り、さらにミニマフィンまでいくつも取ってきているのを見て、また皆に揶揄われていた。
「えっと、今日の花撒きはマイリーとロベリオとユージンだったよね」
あっという間にお菓子を平らげ、カナエ草のお茶のお代わりを入れながら、隣にいたルークに尋ねる。
「ああ、そうだよ。せっかくだから花撒きまでには会場へ行かないとな」
「さて、今年は花束を取れるかな?」
からかうように言われて、レイは目を瞬く。
「え? ちょっと待って。だって去年……」
「去年は去年、今年は今年だろうが。お前……まさかと思うが、今年は知らん顔してるつもりだったのか?」
まさにその通りだったレイは、慌てたようにタドラを振り返った。
「だって、ねえ、タドラ、お願いだから……」
「ああ、言っておくけど今年は僕も本気で取りに行くからね。悪いけど、自分の分は自分で確保してよね」
まさに、手伝ってと頼もうとしていたタドラに平然とそう言われてしまい、レイは絶句する。
「……ええ、それって……?」
にっこり笑って頷いたタドラは、何事もなかったかのように残りのお茶を飲み干した。
その隣では、漏れ聞こえた会話にルークも同じように呆気にとられてタドラを見ていたのだが、二人以外は全員が何事も無かったかのように知らん顔で、各自のお茶を飲み干して立ち上がった。そんな彼らを見て、お皿に座ったシルフ達が大喜びしている。
レイとルークは、それを見て揃って不思議そうに顔を見合わせて首を傾げるのだった。
結局、その話はそのままになってしまい、呆気にとられるレイとルーク以外は、皆何事もなかったかのように素知らぬ顔で、揃って休憩室に向かったのだった。
午前中はタドラに相手をしてもらって陣取り盤を挟んで時間を過ごしたが、さっきの言葉が気になって全く集中出来ず、結局あっけなく攻められて投了してしまった。
「まだまだだな」
苦笑いしたルークに背中を叩かれて、眉を寄せたレイは大きなため息を吐いて散らかしていた陣取り盤を片付けた。
「それじゃあ、そろそろ着替えて出かけるとするか」
笑ったヴィゴの言葉に、目を輝かせたレイは振り返って元気に返事をしたのだった。
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