朝練での一幕

 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、小さく欠伸をしながら起き上がった。

『おはようレイ。今日も良い天気のようだぞ』

 毛布の上に現れたブルーのシルフにキスされて、レイも笑ってキスを返した。

「おはよう、今日は確か午後から花祭りの会場へ行くんだったよね。誰か一緒に行ける人はいるかな?」

 大きく伸びをしながらそう言って、顔を洗う為に洗面所へ向かった。

「おはようございます。朝練に行かれるのならそろそろ起きてください」

 ノックの音がして、白服を持ったラスティが入って来る。

 一瞬、誰もいないベッドを見て慌てたように息を飲む。周りを見て、洗面所から水音がするのに気付いてほっとしたように小さくため息を吐いた。


『それほど驚く事か?』


 呆れたような声がベッドから聞こえて、ラスティは目を見開く。

 枕の横あたりに白い影が立っているのに気付き、白服を置いて笑って首を振った。

「我々、身近でお世話をする者達は、主人の居場所は常に知っておく必要があります。それにレイルズ様の場合、もしも本気で姿をくらまそうと思われたら……我々では絶対に見えませんでしょう?」

 最後の言葉は、ごく小さな声だったがブルーのシルフにはちゃんと聞こえた。

『まあ、そうであろうな。我が本気で彼を姿隠しの術で見えなくすれば、恐らく、この城でそれを見抜けるものはおるまい』

 面白そうなその言葉に、ラスティは肩を竦める。

「どうか、そのような事が無い様に御願い致します」

 鼻で笑ったブルーのシルフは、知らん顔で窓辺に飛んで行った。

 一礼したラスティは、苦笑いして寝乱れたシーツを剥がして丸めた。



 閉め切っていたカーテンを開けてまわる。

「あ、おはようございます。朝練はあるんだよね?」

「はい、参加なさいますよね?」

「もちろん参加します!」

「今日はヴィゴ様も朝練に参加なさると聞いておりますよ」

 ベッドサイドに置いてくれてあった白服に着替えていたレイは、それを聞いて目を輝かせた。

「そろそろ、ヴィゴとも本気で木剣で手合わせして貰えるって言われてるんです。でもその前に、誰かから一本取りたいな」

 以前、カウリと手合わせをして彼を投げ飛ばして一本取った事はあるが、残念ながらまだカウリ以外は竜騎士隊の誰からも一本取れていない。

「目標はヴィゴ様なのでしょう? ならば頑張らないとね」

 シワの寄った背中側を直してやり、笑ってその背を叩く。

「はいこれで結構です。では、行ってらっしゃいませ」

「はあい、いってきます」

 戯けて敬礼すると、レイは元気よく扉を開けた。

「あ、おはよう。今日も元気だね」

 そこには、白服姿のルークとタドラ、それからヴィゴの姿があった。

「おはようございます!」

 ヴィゴを見て、分かりやすく目を輝かせるレイを見て、ルークとタドラが吹き出す。

「分かりやすい奴だなあ。まあ、死なない程度に頑張れ。あ、今日の午後から花祭りの会場へ行くんだろう? 俺達もご一緒させてもらうからな」

 三人が一緒に行ってくれると聞き、これまた目を輝かせるレイに、三人は笑いを堪えられないのだった。



 訓練所で、まずはしっかりと柔軟体操と走り込みを行う。

「おはよう」

「おはよう、今日も元気だな」

 走り込みの時に、マークとキムがこっそり側に来て挨拶してくれるのもいつもの事だ。

「おはよう。えっと、マーク達の今日の予定は?」

「俺達は、二人とも応援で神殿の火の当番だよ。ひたすら置物みたいにじっとしてるだけの、あれだよ」

 初日の夜に見た、マークの驚くほどの微動だにしなかった姿を思い出す。

「そうなんだね、お仕事ご苦労様」

 無邪気なレイの言葉に、二人も笑っている。

「まあ、あれもじっとしてるだけだから地味に辛いんだけど、会場外の人員整理に駆り出されるよりは、百倍楽だよな」

「確かに。あれはもうやりたくない。翌日、本気で寝込んだもんな」

 小さな声でそう言って笑い合っている。

「ええ、どう言う事?」

 思わず聞いてしまう。

「会場外の人員整理って、要するに花祭りの会場へ行くまでの、街から広場までの道を警備するんだよ。だけどさ、皆盛り上がってて人の話なんて聞かないし。強く注意すると逆に文句言われたり抵抗されたりするからね。とにかく人が多いから、もう大変なんだよ。これも、竜騎士隊付きになって、やらなくて済んだ仕事だな」

 レイは、巡行で行ったセンテアノスの街の人出を思い出していた。物凄い人の多さに、子供なんて簡単に踏み潰されそうでちょっと怖かったのだ。

 あの時は、皆その場で自分達を見ていただけだったが、花祭りでは全員が同時に移動するのだ。あの人混みが一斉に移動する事を考えて、本気で心配になった。

「誰か怪我したりしない?」

「どうだろうな。少なくとも、大きな事故があったって話は聞かないからな」

「そうなんだね。じゃあ外の警備をしてくれてる人も頑張って下さいって、お祈りしておきます」

「あはは、そうだな。ありがとうな」

 笑って軽く背中を叩いて、揃って最後の走り込みを開始した。



「じゃあ、まずはタドラとルークに順番に相手をしてもらえ」

 大きな棒を持ったヴィゴにそう言われて、レイは大急ぎで自分の赤樫の棒を手に取った。

「じゃあ、一手お相手願えるかな」

 タドラが棒を持ってそう言ってくれたので、レイは目を輝かせて元気に返事をした。

「お願いします!」

 棒を構えて大きな声でそう叫ぶ。

 前に進み出たタドラが構えてくれる。

「よし、打ってこい!」

 大声で言われて、同じく大きな声で返事をしたレイが、上段から一気に打ち込みに行く。

 甲高い音が響き、タドラが正面から受け止める。

 レイはそこから一気に攻勢に出た。



 実は前回、タドラと手合わせした時、もうちょっとでいけるかもしれない。と一瞬だけ思ったのだ。なので、今回は実はかなりやる気になっていたのだ。

 絶対、タドラから一本取って見せる、と。



 しかし、手合わせして驚いた。

 前回のは、お遊びだったと言われてもおかしく無いくらいに違う。

 何がどう違うと具体的に言えないが、手合わせしてみて初めてわかるものがある。今回は、前回と全部が違う。

 必死になって思いつく限りの手を以て挑んだが、その全てを躱されてしまう。打ち返されて何度も後ろに下がってしまい、その度に叱られた。

 二人の本気の打ち合いに、最初は隣で打ち合っていたヴィゴとルークの手が止まる。

 彼らには分かる。いつもと、音が違う。

 そして、周りで手合わせしていた兵士達も、次第に手を止めて二人の打ち合いを見学し始めた。



「ほら、どうした。もっと前に出て!」

 また打ち返されて咄嗟に下がってしまったレイに、タドラの声が飛ぶ。

「へえ、タドラの奴どうしたんだ?」

 感心した様なルークの呟きに、ヴィゴは満足そうに大きく頷いた。

「どうやらこちらも、頑なに成長するのを拒否していたサナギが羽化し始めた様だな」

「……何かご存知なんですか?」

 そんなヴィゴを横目で見たルークに、ヴィゴは嬉しそうに黙って頷くのだった。



 彼らの目の前では、遂に棒を弾き飛ばされてしまい、勢い余って吹っ飛ばされたレイが、必死になって打ち込まれた棒から情けない悲鳴を上げて転がって逃げている、いつもの最後の光景が繰り広げられていたのだった。

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