カウリの計らい
「カウリ、何だか気を使わせてしまったみたいで本当に申し訳ありませんでした。でも、あの……助かりました。ありがとうございます」
本部へ帰る道中、タドラがカウリの側にラプトルを寄せて遠慮がちな小さな声でそう言ってきた。
「ああ、お気になさらず。こんなのお安い御用ですよ」
そう言ったカウリは、笑って肩を竦めた。
「だけど、マイリーみたいにろくに話を聞きもせずに全部断るのも問題ですよ。ご縁なんて、何処にあるかわからないんだからさ」
苦笑いするカウリの言葉に、タドラも同じように苦笑いしている。
「良いご縁があると良いな」
優しく言われて、タドラは泣きそうな顔で小さく頷いた。
そろそろ西の空は赤く染まり始めている時間だ。
「さて、戻ったら夕食前に書類仕事が待ってるぞ」
話を変えてくれたカウリに密かに感謝しつつ、タドラもレイと一緒になって悲鳴を上げたのだった。
そのまま本部へ戻った三人は、ひとまず事務所に顔を出した。
「おかえり、早かったんだな」
マイリーが書類から顔を上げる。ヴィゴも気付いて振り返った。
「ただいま戻りました。ああ、急ぎの書類はこれだけですか?」
「ああ、そっちにおいてある分を先に頼むよ」
マイリーの言葉にカウリが頷いて席につき、タドラとレイは、言われるままにマイリー達の散らかした書類を整理してまわった。
夕食までにルーク達は戻って来ず、ラスティ達だけでなく、マイリーとヴィゴも一緒に揃って食堂へ向かった。
「それで、ミレー夫人のお茶会はどうだったんだ?」
食事の後、カナエ草のお茶と一緒に本日のお菓子である真っ白なチョコレートとすみれの花の砂糖漬けが乗った焼き菓子を食べていた時、マイリーに聞かれてレイは顔を上げて目を輝かせた。
「初めて食べるお菓子を頂きました。スフレケーキって言って、すっごくふわふわで、でも食べるとあっという間に無くなっちゃったんですよ。えっと、刻んだベリーがクリームと一緒に乗せられてました!」
突然始まったお菓子の報告に、マイリーとヴィゴが堪える間も無く吹き出す。
「どうやら平和に終わったみたいだな」
「それから初めてお会いする方が来られてました。えっと……リートハイデン子爵家のエルメイト夫人と娘さんで十七歳のアマリアさん。笑顔の素敵な方でしたよ」
それを聞いた瞬間、ヴィゴが持っていたお茶の入ったカップを床に落とした。
「うわあ、何やってるんですか!」
隣に座っていたタドラが、慌てたように立ち上がって落ちたカップを拾う。幸い、殆ど空だったようで、お茶がこぼれて服が水浸しにはならずに済んだ。
「割れなかったみたいですね」
苦笑いして置かれたカップを見て頭を下げる。
「あ、ああ……すまん。ちょっと掴み損なったよ」
誤魔化すようにそう言ってヴィゴも立ち上がり、雑巾を持ってきてくれたラスティに場所を譲った。
珍しいヴィゴのそんな様子を、カウリとマイリーは何か言いたげに、しかし黙って横目で見ていた。
本部の休憩所に戻ってしばらくすると、疲れ切って死んだ目になったルーク達三人が戻ってきて、挨拶もそこそこにそのまま食事に行き、早々に兵舎の部屋に戻ってしまった。
どうやら、平和に済んだこっちのお茶会と違い、向こうはかなり大変なお茶会だったらしい。
タドラとレイは、顔を見合わせて黙って取り出していた陣取り盤を片付け、彼らも早々に部屋に戻った。
マイリーとヴィゴは笑ってそんな若者組を見送り、そのまま黙って陣取り盤を挟んで打ち始めた。
しばらくすると、何処かへ行っていたカウリが休憩所に戻ってきた。手には、二本の酒瓶を持っている。
「ちょっとお話があるんですけれど、お時間を頂いても良いですかね?」
ヴィゴの背後から、マイリーに向かってヴィゴの事を指差しながらにんまりと笑う。
一瞬目を瞬いたマイリーだったが、こちらもにんまりと笑って頷いた。
「ああ、どうぞ。俺は席を外そうか?」
「いや、構いませんよ、どうぞそこで聞いていてください」
そう言ったカウリは、持ってきていた酒瓶を机の上に置き、これ以上無い笑みを浮かべてヴィゴの大きな肩に自分の腕を回して顔を寄せた。
「そろそろ、お父上にも腹を括ってもらおうと思ってね」
「な、なんの事だ?」
明らかに動揺するヴィゴを見て、マイリーの眉が上がる。
「実はクローディア嬢に、良き話があるらしいんですよ」
カウリの何か言いたげなその言葉に、マイリーもこれ以上無いくらいの笑みになる。
「詳しく話せ」
「おい、カウリ、お前、まさか……」
慌てるヴィゴの言葉に、カウリは笑って頷いた。
「だって、一応聞いちゃったら知らない振りは出来ないでしょう? あのまま放っておいたら、確実にミレー夫人は話をまとめて既成事実を作らせるために、タドラを屋敷に泊まらせようとしてますよ。だから今日の俺は頑張って、その場の話題を独占したんですよ。もう、うちのペパーミントの自慢話をありったけ披露しましたよ。で、時間切れでお二人は、大人しくお帰りになりましたよ」
「……感謝するよ」
ポツリとこぼしたその言葉に、マイリーが眉を寄せる。
「おい、今の話をまとめると、つまりクローディア嬢のお相手というのは……タドラか?」
マイリーの言葉に悲鳴を上げて机に突っ伏すヴィゴを見て、マイリーは声を上げて笑って手を叩いた。
「よしよし、ようやくお前も腹を括ったんだな。言え、なんでも協力してやるぞ」
満面の笑みのマイリーの言葉に、ヴィゴはもう一度呻き声を上げて顔を覆った。
「それでね、お詫びなんですけど、俺、ちょっと話の流れでつい言っちゃいました。タドラに良い話がきてるって。でもって、ディレント公爵閣下が間に入って下さる事になってるってね。一応ミレー夫人に言いましたよ。まだ本人も知らない内緒の話だって」
カウリの言葉に、ヴィゴはもう一度悲鳴を上げて座っていた椅子からレイルズのように転がり落ちた。
マイリーはもう、さっきからずっと笑っている。
「お、お、お前……謀ったな!」
いきなり立ち上がったヴィゴにそう言われて、またカウリとマイリーが吹き出して大笑いになる。
「ええ、謀りましたよ。だって、ヴィゴはそれくらい追い込まれないと動かないでしょう?」
にんまりと笑ってそう言われて、ヴィゴは絶句する。
「って事で、これは俺からのお祝いです。タドラも好きな、やや甘めのグラスミア産のウイスキーですからね」
そう言って、持ってきていた瓶を一本ヴィゴに渡す。
「お前、良い後輩を持ったな。ほら、とっとと行ってタドラと話をして来い!」
力一杯マイリーに背中を叩かれて、もう一度レイの様な悲鳴を上げたヴィゴは、大きく深呼吸をした後、顔を上げた。
「分かった。ありがとうカウリ。ちょっと話をしてくる」
そう言ったヴィゴは、ウイスキーの瓶を引っ掴んで無言で休憩室を出て行ったのだった。
「健闘を祈るぞ!」
マイリーとカウリの声が重なり二人揃ってまた吹き出す声が聞こえて、階段を降りようとしていたヴィゴは、もう少しで階段を踏み外しそうになり慌てて手すりにしがみついた。
そのまま階段に座り込み、これ以上ないくらいの大きなため息を吐く。
目を閉じてしばらく黙った後、立ち上がってウイスキーの瓶を掴んだまま、隣の兵舎に駆け込んで行くのだった。
ヴィゴを見送った二人の周りでは、何人ものシルフ達が大喜びで手を叩き合い、笑いながら手を取り合って踊り始めた。
『良い話』
『良い話』
『嬉しい話』
『嬉しい話』
『愛しい主に祝福を!』
そんな彼女達を見て、笑いながら頷き合った二人は、もう一本のウイスキーの瓶を豪快に抜いて、ヴィゴの健闘を祈って乾杯したのだった。
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