お茶会とカウリとレイの奮闘

「まあまあ、どうなさったのですか?」

 ラプトルを走らせて屋敷の前まで駆け込んで来た三人と護衛の者達を見て、出迎えに出ていたミレー夫人と執事が驚いたように声を上げた。

「ああ、失礼しました。ちょっとこいつがはしゃいだもので」

 素早くラプトルから降りたカウリが、同じく降りて横に来たレイの頭を無理やり下げさせる。

「えへへ、失礼しました。ちょっと揶揄からかわれて逃げて来ました。えっと、本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 照れたように笑ってそう言い改めて頭を下げるレイを見て、ミレー夫人も笑って頭を撫でてくれた。

 完全に子供扱いだ。



 そのまま中に案内されると、広い応接室にいたのは予想通りの面々だった。

 満面の笑みで出迎えてくれたのは、バーナルド伯爵家のイプリー夫人とハーケン子爵家のリッティ夫人、ヴィーン男爵家のサモエラ夫人。それから初対面のご婦人が一人と、隣に座る、恐らくその娘さんが一人。

 内心どうあれタドラはにこやかに挨拶をして、レイとカウリも順番に挨拶をした。

 初対面のご婦人は、リートハイデン子爵家のエルメイト夫人。隣にいるのは長女のアマリア。十七歳だと言う。

 にこやかに挨拶するタドラとアマリアを、ご婦人方は満面の笑みで見つめていた。



 華やかなお菓子がいくつも並んだテーブルに案内されて座る。

「さあどうぞ。お好きだとお聞きしたので、我が家の菓子職人が大喜びで腕を奮ってくれましたの」

 ミレー夫人の言葉にレイが目を輝かせる。

 夫人達だけでなく、彼らの前にもまず紅茶が用意された。

 竜騎士達は、こんな時くらいしか紅茶を飲むことが出来ないので、三人とも嬉しそうに顔を見合わせて笑い合っている。

 それから、お茶を飲むカップのような丸くて深い持ち手の無い陶器の器に入ったケーキが、丸ごと一つずつ全員の前に置かれる。

 器から真っ直ぐ上に盛り上がったケーキの上には、真っ白なクリームと一緒に綺麗にカットされたベリーが山盛りに乗せられていた。

 どうやらこれはスプーンですくって食べるケーキらしく、横にはやや大きめのスプーンが用意されている。

 早速大きくすくって口に入れたレイは、思わずと言った風に小さく声を上げて嬉しそうな笑顔になった。そして、しっかりと口の中のものを全部飲み込んでからミレー夫人に向き直った。

「あの、菓子職人の方にお伝えください。すっごくすっごく美味しいです。どうやったら、こんなにふわふわに作れるのか全然分からないです。本当にすごく美味しいです」



 これは、スフレケーキと呼ばれるお菓子で、柔らかな独特の食感が、今、王都のご婦人方の間で大人気のケーキなのだ。



「まあ、お口に合ったなら良かったですわ。どうぞ早く食べてくださいね。これは放っておくとどんどん萎んでしまうんです。そうなったら、それはそれで美味しいんですけれどね」

 嬉しそうに頷き、また大きくすくって口に入れる。

「へえ、確かに面白い食感ですね。ふわふわなのに、味はしっかりしてる」

 カウリも一口食べて感心している。

「本当ですね。とても美味しいです」

 アマリアが小さな声で一口食べて嬉しそうに笑う。しかし、ほんの一口食べただけで、後はほとんど手付かずだ。

 レイはあっと言う間に平らげてしまい、もう一つ持って来てくれたチョコレートが掛けられたスフレケーキを見て、満面の笑みになった。

「相変わらず、よく食うな」

 苦笑いしたカウリがそう言ってレイの肩を突っつき、それから後は、巡行で行った街の様子や、カウリの家の猫のペパーミントがいかに可愛いかと言う話で盛り上がった



 カウリは、女性陣は子猫の話は殆どの人が大好きな事を今までの夜会で理解していて、しかも、話を逸らしたい時や、こっちに注目を集めたい時には有効な話題である事に気が付いていたのだ。

 予想通りにアマリアは子猫の話を聞きたがり、カウリは大喜びでペパーミントのやらかした悪戯の数々や可愛らしい話を次々に聞かせて、更にレイは、マティルダ様が奥殿で飼っているペパーミントの親の、猫のレイとフリージア達が、これまたいかに可愛くて大きいかを身振り手振りを交えて話して聞かせ、彼女を大いに喜ばせたのだった。



 主にカウリとレイが会話を繋ぎ、ご婦人方の会話もさり気なく自分達に引き込む。話題も豊富でカウリの話術はさすがだった。

 タドラは、大人しく横で一緒に笑いながら密かに感心していた。

 カウリは明らかに自分を庇ってくれている。

 もうほぼ時間切れなので、このまま無事に終われそうで内心安堵していたのだった。




 結局、予定の時間を過ぎてまずリートハイデン子爵家のエルメイト夫人とアマリアが、ミレー夫人に挨拶をして退出した。

 二人が帰ったのを見送り、カウリはあからさまにほっとした表情になった。

「カウリ様、少々大人気ないのでは? せっかく出会いの場を用意しましたのに、何かお気に召しませんでしたか?」

 ミレー夫人が、カウリのすぐ横に来て少々咎める様な口調でそう言う。

「まあ、ちょっと出過ぎた気はしますけどね。一応年長者としては、ここは庇っておかないとね」

「若者の出会いを邪魔するのが、年長者のお役目ですの?」

 かなりむっとした様なミレー夫人をちらりと横目で見たカウリは、屈んで彼女の耳元に口を寄せた。

「実は、タドラには良い話が来ていましてね。つまりそう言う事ですよ」

 小さな声で言われた言葉に、ミレー夫人の動きが止まる。

「それは、つまり……もう、具体的な話になっているのですか?」

「ルークのお父上が、間に入ってくださると聞きましたよ」

 つまり、それはディレント公爵が仲人を務めると言う意味で、それはもうほぼ確実な話という事だ。

「まあまあまあ、それは知りませんでしたわ。大変な失礼を……」

「ああ、待って待って」

 タドラに謝りに行こうとするミレー夫人をカウリは慌てて止めた。

「まだ、本人には話はいってないはずですよ。でもまあ、近日中には正式な申し入れがあると聞きましたから。ね、つまりそういう事です」

 そう言ってにんまり笑ったカウリは、口元に指を立てた。

 同じくにんまりと笑って頷いたミレー夫人も、同じ様に口元に指を立てて見せた。

「ご協力感謝します」

 わざとらしく一礼するカウリに、ミレー夫人はこれ以上ない笑顔で頷いて見せた。

 そのまま無言でにこやかに頷き合った二人は、平然と挨拶をして別れたのだった。



「じゃあ、我々も失礼致します」

「美味しいお菓子をありがとうございました」

 満面の笑みのレイに、ミレー夫人を始め、皆笑顔になる。

「お世話になりました」

 最後ににこやかにタドラが挨拶して、三人はそのまま本部へ戻って行ったのだった。





「まあまあ、残念でしたわね。カウリ様に邪魔されてしまいましたわ」

「本当にそうでしたわ。せっかく良い場を用意したのに、次はいつ用意出来るかしら」

「そうですわね、次の夜会はちょっと……」

 顔を寄せて相談を始めたイプリー夫人達に、ミレー夫人は目を輝かせて駆け寄り、さっきカウリから聞いたばかりの話を、これは内緒なんだけれどね、と前置きをしてから嬉々として話し始めたのだった。

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