ヴァイデン侯爵邸への訪問

 途中にあった大きな円形交差点でルーク達と別れ、レイとカウリは、タドラの案内でヴァイデン侯爵邸へ向かっていた。



「今日は、侯爵邸でのお茶会なんだね、他には誰か来ているのかな?」

 レイの呟きに、隣にいたカウリがちょっと考えて答える。

「どうだろうな。ミレー夫人と仲の良いバーナルド伯爵のイプリー夫人は確実に来てるだろうな。そうなると…後は彼女達と仲が良いリッティ夫人やサモエラ夫人あたりかな。まあその程度なら、何とかなるだろう……多分」

「ええ、どうしてそこで多分なんだよ! そこは年長者の貫禄で、俺に任せろって言ってくれる場面じゃないの?」

 口を尖らせるレイに、前にいたタドラが驚いてラプトルを止めて振り返った。

 護衛の兵士が慌てて止まる。

「どうしたんだい? 急に大きな声を出して」

 苦笑いするタドラに、レイはさっきのカウリとの会話をかいつまんで話した。



「あはは、なるほどね。まあ、今日は君達は挨拶の後はそれ程心配しなくて良いと思うよ。彼女達の目標は、おそらく僕だからね」

 やや投げやりとも取れる突き放したようなその言い方に、レイとカウリは思わず顔を見合わせた。

 そのまま、また歩き始めたタドラのラプトルに続く。

「えっと、どうしてそう思うの?」

 恐る恐る尋ねたレイに、タドラは嫌そうにため息を吐いて肩を竦めた。

「殿下のご婚約が発表されて以降、僕みたいな適齢期の独身達には、もう、はっきり言って迷惑だって言いたくなるくらいに、沢山の縁談が持ち込まれてるんだ。以前、僕の事……話しただろう?」

 無言で頷くレイを横目で見て、カウリも嫌そうに顔をしかめた。

「つまりこのまま行ったら、タドラにとっては、お茶会という名のお見合いになる可能性がある?」

「可能性じゃ無くて、確実にそうだよ。特に、先月あたりからもう凄いんだ。本気でお茶会が嫌いになりそうなくらいにね」

 普段から温厚で笑顔を絶やさないタドラの本気の嫌そうな顔に、レイとカウリは無言になる。

「えっと、タドラは具合が悪くなったって言って、先に帰る? お茶会は、僕達二人で何とかするよ」

 レイは半ば本気で提案したのだが、笑ったタドラに却下された。

「それは駄目だよ。そもそもそれは問題の先送りであって、根本的な解決にはならないからね」

「えっと、この場合の解決って何ですか?」

 不思議そうなレイの言葉に、今度はカウリとタドラが顔を見合わせる。

「まあ、この場合の一番良い解決方法は、タドラの縁談がまとまる事だろうな。そうすれば、縁談を一方的に持って来ていた身勝手な外野は確実に黙るよ。まとめた人に対して腹の中でどう思っていようがな」

 カウリの言葉に、苦笑いしたタドラも頷いている。

「それにタドラは、マイリーやルークと違って、あからさまに彼を嫌っている人がいるって話も聞かないからさ。おそらく本当に決まれば、皆、喜んで祝福してくれると思うけどなあ」

「どうだろうね。逆に僕は八方美人だって言われてるって聞いた事があるよ」

「それは言いがかり以外の何物でもねえよ、そんなの気にしなくて良い。元老院のじじい達が、マイリーが無愛想で可愛げないって言ってるのと同じで、それくらいしか文句を言うところが無い証拠さ」

 真顔のカウリの言葉に、レイとタドラがほぼ同時に吹き出す。

「マイリー、元老院の人達からそんな事言われてるんだ」

 笑いを堪えるレイの言葉に、タドラも笑っている。

「あれ、知らなかった? でも最近のマイリーは、本当に表情が豊かになったよね。まあ、外では相変わらずみたいだけどさ」

「見ていて、あの切り替えの早さは凄いと思うよ。一応本人は別にわざとじゃ無いって言ってるけど、無意識であれをやってるんだとしたら、そっちの方が俺は怖いよ」

 呆れたようなその言葉に、三人は揃って声を上げて笑ったのだった。



「ヴィゴも、早い所話をまとめてやれば良いのに」

 ごく小さな声で呟かれたその言葉は、二人の耳に入ることはなく消えてしまった。

 実はカウリは、花祭りの前夜、チェルシーの事でヴィゴに密かに相談した時、まだ本人には言っていないから言うなよ、と念押しされた上で、ヴィゴの娘婿にタドラを考えている事、娘さん本人には話をして、嫌がっていないのを確認している事、そして、ディレント公爵が仲人を務めてくれるのまで密かに話がついていることを聞いているのだ。

「うん、これも天の采配だと思うな」

 小さく頷いたカウリは、取り敢えず今日のところはタドラの味方をしてやる決心をしたのだった。



「なあタドラ、一つ質問しても良いか?」

 頷いたカウリは、ラプトルを進ませてタドラの横についた。

「ええ、良いですよ。どうしました?」

「さっきの話だけど、タドラは誰か、気になる人はいないのか?」

 突然の質問に、戸惑うように目を瞬いたタドラは、苦笑いして首を振った。

「正直言って、僕には人を好きになるって気持ちがよくわからないよ。少なくとも今現在、そう思える人は……いないね」

 二人の会話を後ろで聞いていたレイが驚いたように口を開こうとしたが、振り返って小さく首を振ったカウリを見て、口を噤んだ。

 ここは、既婚者であるカウリに任せるべきだろう。

「人の気持ちなんて分からないのと同じように、自分の気持ちだって、しょっちゅう迷子になるからなあ。まあ、あまり難しく考えない事、かな」

「そうなの?」

「人を好きになるのって、理屈じゃ無いんだよ。その時が来れば分かる」

 後ろでレイが大きく頷いているのを見て、タドラは小さく笑った。

「そうかな、現れるかな。そんな人が……」

「案外、もう出会ってるかもしれないぞ」

 その言葉に、タドラが驚いたように目を見開いてカウリを見た。


「ええ、出会った瞬間に分かるんじゃないの」


 しかし、カウリが何か言う前に後ろから聞こえたその声に、カウリとタドラだけでなく、同行していたキルートをはじめとする護衛の兵士達までが、堪えきれずにあちこちで吹き出した。

「つまり、レイルズ君は会った瞬間に分かったわけだな?」

 振り返ってにんまりと笑うカウリの言葉に、レイは一瞬で耳まで真っ赤になり、悲鳴を上げてラプトルを走らせて逃げ出した。

「こら、逃げるな!」

 笑ったカウリとタドラに追いかけられ、そのまま一行はヴァイデン侯爵邸へ、駆け込むようにして到着したのだった。

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