楽しい花祭りと少年達

「それでは、こちらが花祭りの協賛券になります。白色の紙が花馬車の乗車券です。こちらは花の鳥の投票券ですので、どうぞご自由にお使いください」

 用意してくれていた第二部隊の一般兵の制服に着替えたレイに、ラスティが紙の束を渡してくれた。

「ああ、去年も貰った花馬車に乗る券と花の鳥の投票券だね」

 笑顔で受け取り、ベルトの小物入れに突っ込む。ここにはお金もたっぷり入っている。

「今年は、ディーディー達とは一緒に行けそうにないね。残念だけど、お勤めがあるから仕方がないよね」

 そう思って言っただけなのだが、ラスティの言葉にレイは飛び上がった。

「三日目に、巫女様方とジャスミン様は売店の担当になっていると聞きましたから、会場へ行かれたら少しくらいならご一緒に会場を見て回れますよ」

「ええ、売店って何?」

「街の女神の神殿と、それから城の分所が合同で燭台や飾り物、また女神像などを販売する売店を出しているんです。売り上げは全て寄付に回されると皆知っているので、よく売れるのだと聞いておりますね。ご存知ありませんでしたか? それで若い巫女様を中心に交代で店番を担当するんですが、いつも人数を多めに配置しているので、人手が余ったという名目で交代で少しだけですが祭り見物に行けるように配慮してくださっているんです」

「へえ、そうなんだね。じゃあ明後日は予定を空けておかないとね」

 嬉しそうなレイの言葉にラスティも笑って頷いた。

「今年も、ヴィゴ様がご自宅にご招待くださると仰っておられました。まだお嬢様方の予定が詳しく分からないそうなので、決まりましたらお知らせします」

「分かりました。えっと、花祭りの期間中の他の予定はどうなってるんですか?」

「今の所決まっているのは、明日と五日目と八日目の花撒き担当、それから最終日は朝から予定が詰まっております。他には、花祭りの期間中にいくつかお茶会や夜会のお誘いが入っておりますが、これはマイリー様とルーク様が調整してくださっていますので、何処かへ顔を出す事になると思います」

 最近夜会への参加が少なかったので、油断していたレイは悲鳴を上げてラスティにしがみついた。

「まあ、これも竜騎士様のお仕事ですからね。諦めてしっかり愛想を振りまいて来てください」

「絶対無理ですー! 僕、泣いて森のお家へ帰ります!」

 久し振りに聞くお約束の悲鳴に、ラスティは堪える間もなく吹き出したのだった。




「レイルズ、準備出来たか?」

 ノックの音がして、同じく第二部隊の制服を着たルークが顔を出す。

「はい、今行きます!」

 元気に返事をして急いで廊下に出る。廊下には若竜三人組人組とルークが待っていてくれた。

「あれ、カウリは?」

「ヴィゴとマイリーと一緒に出て行ったよ」

「大人組は、大人達でお出かけって訳だ」

 ロベリオとユージンの言葉に、ルーク達は苦笑いしている。

「じゃあ若者組は、花の鳥を見に行きましょう!」

 レイの言葉に、皆揃って小さく吹き出した。

「若者組って良いな」

「じゃあ、俺達全員いる時はそれで行こう!」

「では、若者組出動〜!」

 笑ったルークの掛け声に、皆揃って拳を突き出し笑い合った。




 会場へ行く為の花馬車の乗り場は、多くの人で混雑していた。

「トリケラトプス達も、いっぱいの花で飾られて綺麗だね」

 嬉しそうに少し離れた所から眺めて楽しんでから、花馬車に乗り込む列に並んだ。

 もうすぐだと言う時に誰かに背中を突かれて振り返る。しかし誰もいない。

「あれ、変だな。まあ良いや。誰かの服が当たったのかな?」

 気にせず前を向くと、また背中を突っつかれる。

 黙ったままゆっくりと腕を後ろに回し、突っついた場所を掴む。

 意外に細くて小さな手を掴んで驚いた。

「ああ、見つかっちゃった」

 笑った聞き覚えのある声に振り返って下を見ると、ヴィッセラート伯爵夫人の一人息子のティミーと一緒にアルジェント卿の孫のマシューとフィリスが、目を輝かせて自分を見上げていたのだ。

「こら、悪戯したのは誰だ〜!」

 ティミーの頬を両手で捕まえて揉みくちゃにしてやると、ティミーは声を上げて笑った。

「ごめんなしゃい、助けてくらはい」

 笑いながらそう言うティミーにレイも一緒になって笑った。

 子供達と一緒に手を繋いで花馬車に乗り込む。笑ったアルジェント卿がその後に続き、ルーク達は後ろの席に並んで座った。

「ティミー、お母上は一緒じゃないの?」

「はい、母上はご友人方とお茶会があるって言ってました。僕は留守番している予定だったんですけど。マシューが一緒に花の鳥を見に行こうって誘ってくれたんです」

 嬉しそうな説明に、レイも笑顔になる。

「そうなんだね。元気そうで良かった」

 しがみついてくる細い腕を撫でてやり、会場へ着くまで延々と喋り続ける子供達の相手をしていたのだった。

 結局、子供達も一緒に会場を回る事になり、三人の子供を護衛の者と二人で見る予定だったアルジェント卿は、申し訳なさそうにしつつも喜んでいたのだった。




「お兄様! 凄いです、花の鳥が歩いています!」

 ティミーに手を引かれて、レイは苦笑いしつつも一緒になって上を見上げて歓声を上げた。

 会場内では、子供達はレイを含めて竜騎士達の事を皆お兄様と呼んでいる。

 人混みで名前を呼ばない為の工夫らしく、密かに感心していたレイだった。


 見上げるほどに大きな花の鳥が、足をゆっくりと左右に動かして、まるでダンスをする様に全身で動いているのだ。

 去年の花の鳥は、羽ばたいたり首を振ったりと体の一部が動いていただけだったのだが、今年のカラクリはさらなる進化を遂げていたのだった。

 花の鳥が乗っている土台自体が動き、オルゴールの人形のようにクルクルと回っている鳥。去年よりも更に大きくなった翼を羽ばたかせて、今にも飛び立ちそうな花の鳥など、もう見ている人達の多くは、呆気にとられてポカンんと口を開けて立ち尽くしている程だった。

「この、歩く鳥がやっぱり一番凄いな」

「作者は、カルディと仲間達だって」

「その人って、去年一位を取った大きな羽ばたく花の鳥を作った人だよ」

 レイの言葉に、少年たちが感心したように揃ってもう一度見上げる。

「カルディって、父上が援助している花の鳥の細工師だよ」

 小さな声で教えてくれたルークの言葉に、レイが目を輝かせて振り返る。

「ええ、そうなんですか!」

 少年達も、揃って目を輝かせてルークを見る。

「あはは、すごい食いつきだな。今年の花の鳥のカラクリはもっとすごいって聞いてたけど、確かにこれは凄い。俺はこれに投票するよ」

「僕も入れたい。でもまずは一通り見ないとね。あ、君達は投票券は持っているの?」

 分厚い束を持っているので、出来れば使ってもらいたかったのだが、少年達が背中に背負った鞄からもっと分厚い投票券の束を取り出すのを見て、使ってもらうのを諦めたのだった。



「じゃあ、順番に見て回らないとね」

 ティミーとマシューに両手を引っ張られたレイは、笑いながら少年達と一緒に、どうなっているのか想像も付かない、見事なからくり仕掛けの花の鳥を見て回ったのだった。

 途中、背が低くて周りが見えないと拗ねてしまったフィリスを肩車してやり、大喜びで暴れ回るフィリスを落とさないようにする為に、レイはシルフ達に守りをお願いした程だった。

 そして、予想以上の高さに興奮するフィリスに、本気で胸を蹴られて悶絶する事になるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る