突撃訓練
昼食の後、少し休憩してからルーク達と一緒に野外にある訓練場に出て来た。
通称運動場。以前、マークが光と風の精霊魔法を皆の前で合成して見せた場所だ。
ここは竜舎の裏側部分になっていて、かなり縦に長い形になっている。
理由は、貴族出身以外の人が竜騎士見習いとなった際に、今からする騎竜に乗っての突撃の訓練をする為だ。
貴族の子息の場合は、少なくとも成人になるまでに槍を使った突撃の訓練を受ける。叙任式の際にそれで槍の勇者を決めるから、皆真剣だ。
しかし貴族階級以外の人物が竜騎士見習いになった場合、槍の突撃は弓と並んで苦労する武術の代表だ。
ラスティ達が運んで来てくれた金属製の鎧を、運動場の横にある更衣室で装着する。
今、訓練でレイが装着しているこの鋼の鎧は、正式に竜騎士となった際に装備する事になるミスリルの鎧の原型になるもので、苦労してロッカが作ってくれたものだ。
ようやく身長の伸びは止まってきたようだが、まだ若干の伸び代はあるだろう。それにもう少し筋肉が付くであろうレイの身体を考えて、この鎧は作り直せる様に通常よりも多くのパーツで構成されている。なので、残念ながら訓練の為であっても一人では身に付けることが出来ない。
連絡を受けていた第二部隊の兵士達が来てくれていて、手早く鎧を装着するのを手伝ってくれた。
「うう、まだこの金属鎧には慣れません」
情けなさそうに呟くレイに、三人も初めて全身鎧を装着した頃を思い出して笑っている。
今回は条件を同じにする為に、全員が鋼の鎧を装着している。
「この、鎧に使われている技術が、あの伸びる革の元なんだね」
兜を持って感心した様にレイがルークを振り返る。
「ああ、そうさ。これのおかげで、伸びる革があれだけの耐久性と実用性のある素材になったんだからな」
ルークも自分が持っている鎧のバイザー部分を動かしながらそう言って笑って頷いた。
頭全体を覆う兜の顔面部分には、装着したままでも顔の部分だけは水を飲んだりする為に開けられる様になっている。
一番大事な急所である顔を守る為に、可動式のバイザーや面頬と呼ばれるこの部分は、かなりしっかりとした作りになっている。
しかし、当然だが広い視野を確保しなくてはならない。その為ドワーフの特殊な技術で金属に細かな切り目が入っているのだ。
不思議な事にその処置を施せば、中から見た時に、面頬の目の部分がまるで透けているかの様になり、かなり広い視野が確保されるのだ。しかし、防御力は変わらない。
「ドワーフの技術って凄いね」
感心した様なレイの言葉に、皆も同意する様に何度も頷くのだった。
「ああ、ハン先生。申し訳ありません」
その時、ハン先生が竜騎士隊付きの医療兵達と一緒にやって来た。
「いよいよですね。念の為、待機させて頂きます」
にっこり笑ってそう言っているが、目は笑っていない。
「うう、よろしくお願いします」
情けない声でそう言って頭を下げるレイに、ハン先生は駆け寄ってその鎧を装着した腕を叩いた。
「まあ、皆さん色々とこの訓練に関しては……やってくれていますからね。貴方も遠慮無く落っこちてくれて良いですからね」
「絶対嫌です〜!」
兜を抱えたまま叫ぶ彼を見て、その場にいた第二部隊の兵士達までが吹き出し、揃って大笑いになった。
まずは、ルークに見てもらって鎧を装着した状態での構え方や動きを確認してもらう。それから、槍を使った手合わせを行った。
これはロベリオとユージンが交代で相手を務めてくれて、棒術とは違う攻撃の仕方を確認しつつ実践形式で改めて詳しく教わった。
「大丈夫みたいだから、一度打ち合ってみるか」
ルークにそう言われて、レイは真剣な顔で頷いた。
相談の結果、まずはロベリオが相手を務めてくれる事になった。
彼は、三人の中では槍に関しては一番腕が立つ。彼らが竜騎士となり陛下からミスリルの剣を下賜された時、その後の対決で最後まで残ったロベリオは、その時、一番強いだろうと言われていた相手を見事に叩き落とし、槍の勇者の称号を手にしたのだ。
それを知らないレイは、無邪気に初めての手合わせに喜んでいた。
ルークがノーム達を呼び出し、万一の際には命に関わる様な怪我だけは守ってくれる様に頼んでいた。
つまり、受け身を取る事も出来ずに首から落ちた様な場合だ。
頷いたノーム達が消えるのを確認してから、ルークはレイの背中を叩いた。
金属同士が当たる硬い音がする。
「よし、じゃあ行ってこい!」
「はい、よろしくお願いします!」
先の丸くなった訓練用の槍を持って直立したレイは、思い切りそう叫んだ。
「おう、死ぬ気でかかって来い!」
ロベリオが笑って拳を突き出してくれたので、レイは真剣な顔で同じく差し出した拳を突き合わせた。
準備が出来たのを見て、第二部隊の兵士が今から乗るラプトルのレイドを引いて来てくれた。
戦闘訓練を受けているレイドは、全身鎧を装着したレイを見ても怯える事も無い。
「よろしくね、レイド。いよいよ実戦形式だよ」
鬣の部分を撫でてやってから、軽々とその背に飛び乗った。いつも乗っているゼクスよりも二回り以上大きい身体をしているレイドは、とても賢く勇敢だ。
一旦、横で控えてくれていた第二部隊の兵士に槍を渡し、ゆっくりと兜を被り面頬を下ろす。
鞍上で訓練用の槍を手にした二人が、運動場に描かれた印の定位置へと向かった。
運動場の端に整列して見学している第二部隊の兵士達も、それからハン先生を始めとした医療班まで、全員が身を乗り出す様にしてその様子を見つめていた。
『初めての人との対決だな。しっかりやれよ』
目の前に現れたブルーのシルフの言葉に、レイは面頬を下ろしたまま一度だけ頷いたのだった。
審判役の位置には、ルークが進み出て立った。
「それでは、双方準備は良いか?」
「はい!」
「はい」
レイの大声とロベリオの冷静な声が響く。
ルークの右手がゆっくりと上げられる。
それを見た二人が、槍を脇に抱える様にして構えて前屈みになる。
「はじめ!」
ルークの大声が響き手が振り下ろされた途端、離れた位置で向かい合ってた二匹のラプトルが一気に加速して走り出した。
次の瞬間、レイはロベリオの持った槍に見事に弾き飛ばされた。
背中からまともに地面に叩きつけられる。
静まり返る運動場に、レイの呻く様な声が聞こえた。
「うわあ……全然見えなかったよ……」
腕を持ち上げようとしたが果たせず、そのまま地面に転がっている。
ハン先生と医療兵達が慌てて駆け寄って行った。
「真っ直ぐ落としたから、大丈夫だと思うけどなあ」
平然とそう呟いて面頬を上げたロベリオは、ゆっくりとラプトルを進ませてレイの側まで行った。
「どうだ? 初めての手合わせは」
上から覗くと、兜を外されたレイと目が合う。
「ロベリオ、凄い……全然見えなかったです」
叩き落とされて動く事も出来ずに地面に転がっているのに、嬉しそうにレイは笑う。
「凄いや。でもちょっと分かった気がする。次はもっと上手くやるもんね……」
ハン先生に抱き起こされて、呻き声をあげつつも、なんとか座ったレイはずっと笑顔だった。
『大丈夫か?』
心配そうなブルーのシルフの声に、レイは笑って頷いた。
「大丈夫だよ。ちょっと落ちた時の凄い衝撃でびっくりしたけど、色々分かった気がする。次はもっと上手くやるもんね」
そう言って肩を竦めて、なんとか立ち上がった。
一旦下がって休憩室に連れて行かれ、ハン先生から診察を受けて異常無しとの診断を貰ってから、二度目の挑戦に挑んだのだ。
もう一度ロベリオが相手をしてくれて、叩き落とされはしたが、レイの持つ槍の先がロベリオの鎧をかすめたのだ。
驚いた彼が、一瞬だけど鞍上でバランスを崩して、それを見た全員が目を見張った。
もちろんその時には、レイは見事に吹っ飛ばされて叩き落とされた後だったのでその瞬間を見る事は出来なかったが、二度目の手合わせで早くも当ててきたその上達ぶりに、実際に手合わせをしたロベリオを始め、状況が分かる者たちは全員、呆気に取られて地面に転がって悔しがるレイを見ていたのだった。
「これは……末恐ろしいな」
苦笑いしたルークが立ち上がり、起き上がろうと必死でもがいているレイの側へ駆け寄ったのだった。
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