タドラとの語らい
「ありがとうございました」
時間になり、夜会の終了が告げられその場は解散となった。
満面の笑みでお礼を言うレイにゲルハルト公爵も笑顔で手を振ってくれた。
そのまま、ルークとマイリーはディレント公爵と飲むのだと聞き、レイとタドラは大人しく二人で本部へ戻った。
「ああ、もうこんなのばかりだと、夜会に出るのが嫌になるよ」
本部への渡り廊下を歩いていた時、タドラが大きなため息を吐いてそう呟いた。
「えっと、何かあったの?」
心配して覗き込むと、笑って肩を竦める。
「ロベリオとユージンが結婚するって話、聞いただろう?」
「うん、聞いたよ。おめでたい事続きで良いよね」
無邪気に答えるレイを見て、タドラは立ち止まってもう一度大きなため息を吐いた。
「そうなると、次に竜騎士隊での独身で適齢期って言えば、僕になるんだよね。だからさ……」
目を閉じてそう言うと、またため息を吐く。
「僕の、家族の事って……誰かから聞いた?」
真顔で聞かれてしまい、レイは一瞬戸惑ったが正直に答えた。
「えっと、以前ガンディから、その……あまりご家族とはうまくいってないって聞きました」
それを聞き、目を閉じて小さく頷くと、タドラは近くにあった渡り廊下の柱の根本の段差に座った。
「ちょっとだけ、時間をもらっても良い? 僕の話を聞いてくれるかい」
黙って頷いたレイは、隣に座った。
「シルフ、結界を張ってくれる」
上を見上げてタドラがそう言うと、現れた四人のシルフが頭上に彼らを取り囲む様にして一斉に手を叩いた。
「ありがとう」
笑ってそう言うと、もう一度ため息を吐いて話し始めた。
「僕の一番上の兄は、小さな時から精霊達が見えてね。皆に期待されて精霊特殊学院へ入る予定だった。だけど、そこで……甲斐無き手だと判断されてしまった」
その話は聞いた覚えがあったので、黙って頷く。
「その結果、当然入学は取り消されてそのまま家に戻る事になった。期待していた家族は皆、さぞ残念がったんだろうと思うよ。それで、その後に僕が生まれた」
もう一度ため息を吐いて上を見上げる。
「僕は、覚えてないくらいの頃から精霊が見えていて、四歳で精霊特殊学院へ入学したんだ。だけど、そこで周りとあまり上手くやれなくてね」
「上手くやれないって?」
「僕は、感応力が強くてさ。今ではかなり制御出来る様になったんだけど、学院では大体同じ年齢でまずはクラス分けがされる。そうなった時に、周りの子達の感情に振り回されてしまって、授業をほとんど受けることが出来なかったんだ」
驚くレイに、タドラは笑って首を振った。
「だってほら、四、五歳程度の子供の感情なんて、はっきり言って制御するのはほぼ無理だからさ。誰かが教室で癇癪を起こしたり泣いたりするたびに、僕まで一緒になって泣いたり喚いたりしたんだよ」
そう言ってタドラは哀しそうに笑った。
「しかも、今度は暴走する僕の感情に周りの子達までが引きずられて大騒ぎになり、僕のクラスだけがいつも授業が出来ない状態だった。それで、もう少し大きくなってから改めて入学させるって話になったらしい」
「個人授業にはならなかったの?」
自分が行っている、精霊魔法訓練所でなら受け入れてくれそうなのに。
「その辺りは、僕も詳しく知らないんだけど、結局一旦家に戻ったんだよ。そうしたら……その一番上の兄がね……」
目を瞬いて、俯いたタドラを覗き込む。
「甲斐無き手の?」
無言で頷いたタドラは、もう一度大きなため息を吐いた。
「僕を嫌って、いろんな嫌がらせをして来た。本棚に火をつけたり、花瓶を割ったり窓硝子を割ったりね。それで、それを全部僕のせいにした」
驚きに目を見開くレイに、タドラは頷いた。
「だけど、まだ小さかった僕には、ろくに言い返す事も出来なかった。何が何だか分からないまま謝れって言われても、自分には意味が分からない。隣で荒れ狂う兄の感情に晒されて、怯えてただ泣く事しか出来なかった」
「そんな……」
「気が付いた時には、家族中が兄の味方をして僕を嫌う様になっていた。一年後には学院に戻れるはずだったのに、知らないうちに退学扱いになっていたんだ。そのまま部屋に閉じ込められて、一切部屋から出られなくされた。最初のうちは大人しくしていたんだけどね……ある日、どうしても我慢出来なくなって、二階の窓から外に出ようとしたんだ。だけど、すぐに見つかってしまって……」
「どうなったの?」
「父と兄からひどく殴られた。そのまま地下室へ連れて行かれて、今度はそこに閉じ込められてしまった。お前はこの家の恥だ。出来損ないの役立たずだって言われてね」
必死になって首を振るレイに、タドラは笑った。
それは、見ている方が泣きたくなる様な、悲しい微笑みだった。
「結局、そこで四年間過ごした」
驚きに言葉もないレイに、いっそ痛々しいほどにタドラは冷静だった。
「今なら分かるよ。シルフに一言、助けて、って言えばよかったんだ。学院の先生でも良い。誰かに助けを求めれば、きっとなんとかしてくれたと思う。だけどそれは、十歳にもならない、殆ど人付き合いの無かった僕には、到底無理な事だった」
「どうやって……どうやって地下の部屋から出たの?」
「偶然、所用で屋敷を訪れた精霊使いの神官様が、シルフ達が妙に騒ぐのに気付いてくださって……それで、シルフを通じて僕が地下室にいることが知れたんだ。今でもはっきり覚えてるよ。絶対に助けてあげるから、お願いだからもう少しだけ頑張ってくれって、毎晩みたいにシルフを飛ばして励ましてくれた」
言葉も無く呆然とするレイに、タドラは笑う。
「神官様達が必死で動いてくださったおかげで、僕は地下牢から出る事が出来た。神殿に引き取られて、そこで四年間過ごした。そこで文字を書く事読む事、それに精霊魔法についても教わったよ。もちろん、見習い神官としての日々の務めはあった。厳しかったけど僕にとっては救いの時間になった」
無言で頷く事しか出来ないレイに、タドラは笑ってみせた。
「それで、成人年齢になった時に、決まりだから竜との面会に行っておいでって、申込書を渡されてね、言われるままに会いに行った面会の場で、僕は己の半身であるベリルに出会ってしまった」
「良かったね」
無邪気にそう言うレイに、タドラは無言で頷いた。
「神殿では大騒ぎだったらしいよ。僕は神殿内部では将来を嘱望されていたらしいからさ。それがいきなり。竜騎士隊に横から掻っ攫われた訳だもの」
「そんな、だって……」
「これは後から教えてもらった話だけどね。僕を竜騎士隊に入れるのを、最初、神殿側は嫌がったらしい。それで、裏では大揉めしたらしくてね。だけど、最後には皇王様が命じてくださって、僕の後見人には神殿の大僧正様がなってくださる事になって、話はまとまったんだ」
初めて聞く、タドラの過酷な身の上話に、レイはもう言葉を失ったまま、呆然としていた。
「最終的に、正式な竜騎士見習いとして紹介された訳だけど、そうなると、また別の問題が浮上してね」
「別の問題?」
「僕の元家族」
嫌そうなその言葉に、レイはなんと言ったら良いのか分からない。
「僕が竜騎士見習いになったって知った途端に、家族面をして近寄って来た。だけど、僕はそんな彼らを見ても嫌悪感しか感じなかった」
「それは、当然だよね……」
「家族とはそれっきりだよ。今後一切関わらぬ事って、皇王様から命じて頂いた」
レイは、涙を堪える事が出来無かった。
声も無く涙を流すレイを見て、タドラが笑う。
「どうして、レイルズが泣くんだよ」
「だって、だってタドラが……」
しゃくり上げるレイを、黙ってタドラは横から抱きしめてくれた。
「僕はずっと思ってた。僕の何が悪かったんだろうって、どうすれば、家族は僕を愛してくれたんだろうって」
「タドラは、何も、悪く無い、です……」
泣きながら、それでも必死になってそれだけは言う。
「うん、今なら分かる。あの時の僕は何も悪く無いって。竜騎士隊の皆もいつも言ってくれるよ。僕は出来損ないでも、役立たずでも無いってね」
何度も頷くレイの背中を、黙ってタドラは叩いてくれた。
「そんな事情があるからさ。僕の場合は簡単に誰かの家と縁を結ぶのは難しいんだ」
「つまり、元のご家族や、神殿との関係があるから?」
ようやく泣き止んだレイが、そう言って顔を上げる。
「まあそんな所。大人の事情が色々と複雑に絡み合っているからね。多分事情を聞けば、関わり合いになりたく無いって思う人が大半だと思うよ。そんなだから、縁談を持ち込まれても、はいそうですかって言って、簡単に受けるわけにはいかないんだ」
「難しいんだね」
大真面目なレイの言葉に、今度は心底楽しそうに笑って吹き出した。
「そうだね。大人は色々と考える事が多いから大変なんだよ」
これも大真面目に言われて、レイはもう一度頷いた。
「じゃあ、その事情を全部分かった上で、それでもって言われたら?」
今度はタドラが驚いて目を瞬く。
「そんな人いるとは思えないけどね。まあもしも、そこまで言ってくれる人がいれば……考えてみても良いかもね」
「良い話があるといいね」
赤い目をして笑うレイをもう一度タドラは黙って抱きしめてくれた。
渡り廊下の梁には、そんな彼らを見つめるブルーのシルフとベリルのシルフが、並んで座って黙って話を聞いていたのだった。
『辛い思いをしたのだな』
『でも、タドラはもう立ち直っています。あんな風に、ちゃんと自分の事を話せる様になったのですから』
『其方の主のこれからに幸多からん事を』
重々しいブルーのシルフの言葉に、ベリルのシルフは笑って頷いた。
『ありがとうございます。貴方の主にも幸多からん事を。ねえ、ご存知でしたか? 彼はずっと弟が欲しかったんだって。念願が叶って本当に喜んでいるんですよ』
『ほう、それは嬉しいな。きっとレイも喜ぶだろう』
『ええ、主と仲良くしてくれて私も嬉しいです』
嬉しそうに目を細めるベリルのシルフに、もう一度ブルーのシルフは大きく頷くのだった。
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