昼食の時間とガンディの授業

 久し振りの全員揃っての食事は、とても楽しい時間になった。

 レイが、訪れた街の様子や各街の神殿の様子を話すと、周りに座っていた他の学生達までが話を聞きたがり、それぞれの街の出身者が出てきて皆で大いに盛り上がった。

 ディーディーは特に自分の故郷でもあるクレアの街の様子を聞きたがり、レイは必死になって思い出し、時折ニコスのシルフにも助けてもらいながら、自分が見た街の様子を話して聞かせた。



「ええ、ディーディーはクレアの兵士達の剣の舞を見た事があるの?」

 レイが見事だったと感心したクレアの街の兵士達の剣の舞の話をすると、ディーディーが目を輝かせて頷いたのだ。

「花祭りの期間中、女神への奉納の舞として駐屯地の広場が一般に開放されて一日に四回、剣の舞が披露されるんです。それで毎年、花祭りの始まる前日に、女神の神殿の巫女達を特別に招待して、予行演習を見せてくださるんです」

「へえ、そうなんだ。僕は、以前カムデンの街の剣の舞も見たから、対比が面白かったよ」

 すると、マークやキムを始めとする兵士達がカムデンの剣の舞の話を聞きたがり、レイはまた必死になって思い出しながら話をしたのだった。



「あ、そろそろ時間だな。予鈴が鳴ったぞ」

 キムの声に、レイは残っていたカナエ草のお茶を飲み干した。

「それじゃあ、またね」

 手を振ってそれぞれの席へ戻って片付けを始める人達を見送ってから、レイ達も急いで食べた食器を片付けた。

「それじゃあ、次はいつ揃うかな?」

 廊下へ出たところでマークがそう言って肩を竦める。

「私が一番来ているわね。それでも週の内四日程度よ」

 ジャスミンが笑ってそう言い、ニーカと顔を見合わせて苦笑いしている。

「来週には、そろそろ花祭りの準備も始まります。数日は交代で街の神殿へ応援に行きますので、当分の間、私達はここには来られないと思うわ」

 クラウディアの言葉に、ニーカも頷いている。

「花祭りが終われば、クラウディア達は花喪に服すんだからな」

 キムの言葉に、クラウディアとニーカは揃って頷く。

 花祭りの期間が終われば、女神の神殿では、祭りの期間中に切られた花達を供養する為のひと月に渡る祈りの日々が待っている。

 ただし今年は、六の月の最終日にアルス皇子の婚礼が執り行われるので、神殿では既に様々な準備が始まっている。

 女神の神殿では花祭りの準備と並行してなので、担当者は大忙しになっている。

「今年はもう騒動や戦いはごめんだよ。良い事や、おめでたい事続きになれば良いね」

 小さな声で呟いたレイの言葉に、マークとキムも同意するように何度も頷くのだった。




 皆と別れて、レイは自分の教室へ早足で向かう。

「遅くなりました!」

 扉が開いていると言う事は、もうガンディが来ているのだろう。

 慌ててそう言いながら教室に駆け込んだら、中にいたのはいつも授業の時にガンディと一緒にきてくれる助手のスーフェル先生で、持って来た資料を並べている真っ最中だった。

「ああ、おはようございます。申し訳ありませんが、ガンディは少し遅れて参りますので、その間に先にこの資料に目を通しておいてくださいとの事です」

 彼から分厚い書類の束を渡されたレイは、返事をして受け取り、急いで席に着いた。

 黙って言われた通りに、書類を読んで行く。



「伝染病対策と施療院の役割について。オルダム程の人が多い大規模な街で伝染性の高い疫病などが流行れば、取り返しのつかない事態になりかねない。その為の施療院の果たす役割は大きく……」

 小さな声で呟きながら、もらった資料を必死に読み進めていく。

 その中に、光の精霊が放つ光に殺菌作用があると書かれてあって驚く。

「ねえ、光の精霊って本当にそんな事が出来るの?」

 小さな声でペンダントに向かって話しかけると、現れた五人の光の精霊達が書類の横に並んで座り何度も頷いて話し始めた。


『我らの放つ光は聖なる光』

『我らの光には浄化の作用がある』

『疫病が流行るとそこには闇の気配が容易く集まる』

『だから我らが浄化する』

『それは我らに与えられた聖なる役目なり』


「へえ、そうなんだ。それは大事な事だよね。だけど、そもそもそんな事にならないようにしっかり守らないとね」

 レイが感心したようにそう言うと、光の精霊達は嬉しそうにその場でくるりと一回転した。


『なので我らの光が殺菌しているのでは無い』

『これは間違い』

『間違い間違い』


 光の精霊達が口々にそう言いながら、殺菌作用があると書かれた箇所をバンバンと手で叩き始めた。

「ああ待って。分かったよ、じゃあ後でガンディが来たらそう言って訂正してもらうよ。それで良い?」

 レイの提案に、光の精霊達は揃って嬉しそうに頷いた。


『我らは守るよ』

『主様のいるこの街を』

『我らが守る』

『蒼竜様とともに』

『主様がいるこの街を』


 目を瞬いていたレイは、その言葉に嬉しそうに笑った。

「うん、ありがとう。これからもよろしくね」

 そう言って順番に手に乗せてそっとキスを贈ると、光の精霊達はキスをもらって嬉しそうにあちこちを飛び回り、最後には揃ってレイの真っ赤な赤毛の頭に座って収まってしまった。

 レイは気にも留めず、問題の箇所に赤いインクの入った万年筆で訂正内容を書き込み、また真剣に手元の資料を読み込んでいったのだった。



「すまなかったな、ようやく終わったわい」

 レイが二度目の資料の読み込みをしていると、足音と共にガンディが駆け込んできて、レイの隣の椅子に座った。

「お疲れ様です。忙しそうだね」

 顔を上げたレイの言葉に、ガンディは苦笑いして肩を竦める。

「まあ、春先は体調を崩す奴が多い。お陰で医者は皆、暇無しだわい」

 ガンディは、白の塔では基本的に直接患者を診ている訳ではない。その上の医者達を統括する最高責任者となっている。その為、彼の豊富な経験と知識を求めて困った時に助言を聞きに来る医者も多い。

「まあ、これも毎年のことだ。さて、では始めるとしようか」

 持って来た資料を置き、レイの手元を覗き込む。

「何じゃ、この赤いのは?」

「えっと、さっき光の精霊に聞いたんですが、ここの箇所が間違っているそうですよ」

「何処じゃ?」

 間違っていると言われて眉間にシワを寄せるガンディを見て、レイは、先程光の精霊から聞いた話をガンディに詳しく話した。



「何と、では、光の精霊達の放つ光の主な作用は、殺菌でなく浄化か」

 呆れたようなその言葉に、レイと仲の良い光の精霊達は揃って頷く。

「ううむ。これは驚きだ。そうなのか?」

 最後の一言は、自分の指輪に向かって話しかけた。

 ペンダントから四人の光の精霊が飛び出して来る。

「ほほう。こうして改めて見ると、其方の連れておる子は大きいのう」

 母さんと仲の良かった光の精霊でさえ、ガンディが連れている子達よりも大きい。そして後の二人はそのレイの連れている子達よりも更に大きかった。

 ガンディの友達の光の精霊達は、レイの一際大きな子達のそばへ飛んでいき、何やら早口で喋りだした。

 時折大きな子達も喋っているが、レイにはさっぱり解らない言葉だ。

「ねえ、ガンディは何を言ってるのかわかるの?」

 しかし、ガンディは苦笑いしながら首を振った。

「残念ながらさっぱり解らぬ。ふむ、これは興味深いのう」

 何か言いたげに大きな光の精霊達を見つめる。


『我らは守る』

『主様を守る』

『だから主様が守りたいものも守るよ』

『そしてこの聖なる結界を守る』

『ただそれだけ』


 ガンディの視線に気づいた子達が、振り返ってレイにも解る言葉で次々に喋り始めた。

 その言葉を聞いたガンディは黙って頷き、一旦立ち上がってから改めてその場に跪き、両手を握りしめて額に当てて深々と頭を下げた。

 後ろで助手のスーフェルが、そんなガンディを見て声も無く驚いている。

いにしえよりこの地を守りし古きお方々よ。どうか未熟なる我らの住むこの結界をお守りください』

 小さな声で呟いたその言葉は、精霊達が話す古語だ。これはレイには解らない。

 それを聞いた光の精霊達は満足気に頷き、軽々と飛び上がってガンディの真っ白な髪に次々にキスを贈ったのだった。



 意味が分からず、呆然とガンディを見ているレイに、顔を上げたガンディはにこりと笑った。

「まあ、今のは気にするな。じじい同士のちょっとした確認のようなものじゃよ」

 驚いて光の精霊を見ると、ウンウンと頷いている。小さく光る目が細められているから、笑っているのだろう。

「そっか、何だかよく解らないけど、またお役に立てたみたいだね」

 いつの間にか現れて、ガンディとのやり取りの一部始終を聞いていたブルーのシルフは、笑って大きく頷いた。

『まあ、気にせずともよい。皆、己に与えられた役割があるのだと言う、ただそれだけの話さ』

 その言葉に、光の精霊達やガンディは揃って同意するように笑い合ったのだった。

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