久し振りの精霊魔法訓練所

 午前中いっぱいメモと格闘して、ルーク達と一緒に昼食の為に食堂へ行ったレイは、いつものように山盛りに取って来た料理を乗せたトレーを置いて、周りを見回してから座ってルークを振り返った。

「ねえ、そう言えばタドラとロベリオとユージンは?」

 ロベリオ達に会えたら話を聞きたかったのだが、朝練と朝食の後は三人とも事務所では見ていない。

「タドラはジャスミンの事で打ち合わせがあるとかで神殿へ行ったよ。ロベリオ達は急遽戻って来るようにって連絡があって、二人とも朝食の後実家へ戻ったよ。恐らく例の話だろうさ」

 マイリーの答えに、レイは満面の笑みになった。

「お二人の婚約者の方って、どんな方なんですか? ルークやマイリーは当然、ご存知なんですよね?」

「知ってるぞ。嫌ってくらいに知ってるぞ」

 苦笑いするルークの言葉に、レイは目を瞬く。

「まあ、なんと言うか……おしとやかな女性では無いな」

「まあそうですね。人から右を向けって言われたら、延々と右を向いたまま黙って大人しく座ってるような人では絶対に無いな」

 控え目なマイリーの言葉を、ルークは全力で肯定した。

「その、極端なものの例えはなんだ。だがまあ……言いたい事は分かるよ」

 うんうんと真顔で頷き合っている二人を見て、レイはパンをちぎりながら首を傾げた。

「えっと、それってどう言う意味?」

 お皿の縁に座ったニコスのシルフにこっそり質問する。

『つまり誰かの言いなりになって大人しくしているような女性じゃ無いって事だね』

『留学するくらいだから頭も良さそうだし』

「えっと、カナシア様みたいな感じ?」

 思わずそう尋ねると、レイの呟きを聞いたルークが笑って頷いた。

「ああ、それが一番分かりやすい例えかもな。カナシア様よりも、見かけは女性らしいんだよ、普通にドレスを着ているし、ダンスだって刺繍だってお上手だよ。だけどなあ……」

「だけど?」

「まあ、俺の口から言えるのは、活発な女性だって事くらいだよ。結婚したら、間違いなくロベリオもユージンも尻に敷かれるのが目に見える! 何て、言わないからな」

『今のも比喩だよ。要するに女性の方が強いから、家の中では女性の意見が通ったりするって事』

「ええ。力じゃ絶対に女性は男性に敵わないでしょう?」

「お前、女性相手に何する気だよ」

 ルークの言葉に、レイは首を傾げる。

「何もしないよ。だけど、普通は男性の方が強いでしょう? それなのに、女性の方が強いってどう言う事?」

 マイリーとルークは、無言で顔を見合わせて黙って首を振った。

「レイルズ。まあ、お前にもいずれ分かる時が来るさ。以前言っただろう。女性が何に見えるかって話を」

「生まれたばかりの小鳥か、子持ちのケットシーかって話?」

 それを聞いた二人が、揃って堪える間も無く吹き出した。

 ルークは遠慮なく大笑いしているし、マイリーは誤魔化すように口元を覆って咳き込んでいる。

 ひとしきり笑ったルークが、ようやく顔を上げてレイを突っついた。

「こうなると、お前の初恋が今後どうなるのか、ちょっと横からちょっかいを出して、邪魔してやりたくなるなあ」

 にんまりと悪そうな笑みのルークのその言葉に、レイは必死になって首を振ったのだった。

「駄目です! 絶対駄目ですって!」

 その隣では、無言で笑いを堪えて、トレーを避けて机に突っ伏すマイリーの姿があるのだった。

 結局、午後からもずっとメモと書類を前に一日事務所で過ごし、ようやく下書きに入れる状態になったのだった。




 翌日は久し振りの精霊魔法訓練所へ行く日だ。

 朝からご機嫌で起き出したレイは、ルークとタドラと三人で朝練に向かい、しっかりと汗を流した。

 食事が終われば、いつもの護衛のキルートと一緒にラプトルに乗って訓練所へ向かった。

 ジャスミンは、早朝から女神の分所へ出向いてお祈りをしているらしい。訓練所へはディーディー達と一緒に来るだろう。

 今日は、ガンディが来てくれる日で基礎医学と薬学の授業があるのだ。

 ルークがくれたあのノートのおかげで、何とか難しい専門用語も自力で覚えられるようになり、授業について行けるようになって密かに安堵しているのは内緒だ。



 キルートと並んでラプトルを進ませながら、レイは巡行で見た初めて行った街の様子を、嬉しそうにキルートに話して聞かせるのだった。




「おはよう!」

 いつもの自習室には、先に来ていたマークとキムの姿があった。

「おはよう。あれ? ディーディー達はまだ?」

「みたいだな。お休みとは聞いてないから、そのうちに来るんじゃないか?」

 振り返ったキムの言葉にレイは頷いて、鞄を置いて自分の参考書を探しに行った。

 しばらくして、医学書を何冊も抱えて持ってきたレイに、同じく集めた何冊もの本を整理していたマークが振り返った。

「レイルズ、頼むから先にちょっとだけ教えてくれるか。方程式が俺を苛めるんだよ」

 情けないその声に、レイは笑って頷きマークの横に座った。

「何処?」

「これなんだけどさ、もう何が何だか……」

 泣きそうなマークの背を叩いて頷いたレイは、説明する為に分かりやすそうな例題を、参考書を見ながら探し始めた。

 今まで、数学が分からない時はキムが教えていたのだが、天文学を学び始めたレイはすっかり数字に強くなり、今ではキムまでがレイに分からない時には教えてもらうまでになっているのだ。




「おはようございます」

「おはようございます。ちょっと遅くなったわね」

「おはようございます。あ、皆揃ってるわね」

 例題を見つけて一度解いてみてから説明をしようとしたその時、丁度ジャスミンを先頭に、クラウディアとニーカが三人揃って自習室に入って来た。

「おはようございます」

「おはよう」

 振り返ったレイと、顔を上げたマークが揃って挨拶をする。

 参考書を取りに行った彼女達を見送り、レイはマークに一から解き方の説明を始めるのだった。




「レイルズ、あれ、変わってたけど美味しかったわ」

 参考書の山を抱えて戻ってきたニーカは、机にそれを置くなり、目を輝かせてレイにそう言った。隣ではジャスミンも笑っている。

「どうやって食べたの?」

「あのね、最初は夕食の時に、教えてもらって丁度あったチーズと一緒に食べたわ。変わってたけど私は美味しいと思った」

「でも私は、ちょっと苦手かなって……」

 ジャスミンが申し訳なさそうに言うのを聞き、レイは慌てた。

「だけど、それを見たクラウディアが、料理長にお願いしてくれて、次の日にそれを使ったメニューが出たんです」

 驚いて振り返るとクラウディアは笑顔で頷いた。

「壺ごとお渡しして、お料理に使ってくださいってお願いしたんです。そうしたらとても喜んでくださって。ニーカが気に入ったのは、茹でたジャガイモに絡めて炒めたものだったんです。それならジャスミンも普通に食べられました。料理長は、罪作りを使ったお料理を何品もご存知だとかで、しばらく懐かしいお料理が食事に出ているので、私も嬉しいんです」

「皆も、珍しいおかずがあるって喜んでいたわ」

「そうだよね。神殿にいるのなら自分でお料理しないんだから、どうするんだろうって思ってたんだ。そっか、お食事に使ってもらったら皆で食べられるね」

「それに、お料理に使う時は少量でもコクが出るし、色んなのお料理の隠し味に使えたりするので、実はとても便利なんですよ」

 自慢気なクラウディアの言葉に、マークとキムも頷いている。

「じゃがいものあれは美味かった」

「あれはもう一度食いたい」

「そっか。神殿なら、それは確かに良いやり方かもな。でも俺達はこっそり食うもんな」

「当然、見つかったらあっという間に食い尽くされちまうよ」

 揃ってうんうんと頷く二人を見て、皆で揃って大笑いになった。



『良かったな、土産はどれも喜んでもらえたようで』

 薬学の本を開いたところで、本の端に座ったブルーのシルフにそう言われて、レイは満面の笑みで頷くのだった。


『美味しい美味しい』

『お料理お料理』

『嬉しいお土産』

『楽しいお土産』


 本の周りではシルフ達が楽しそうに手を取り合って踊っていて、それを見て、また皆で笑い合うのだった。

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