それぞれの時間

「お疲れ様。もうお仕事は終わったの?」

「おう、今日は早番だったんだよ」

 笑ってそう言うマークの腕を叩き、そのまま一緒に本部に戻った。

「えっと、こっちに来てくれるかな」

 マークの手を引き、第二休憩室へ向かう。

「あれ、ここは初めて見る部屋だな」

 後ろをついて来たキムの言葉に、レイは笑顔になる。

「ここは普段はあまり使わない部屋だよ。えっと、個人的なお客様が来た時なんかに使う部屋だよ」

 確かにここなら、あまり気を使わなくてすみそうだ。

 顔を見合わせて密かに安堵した二人だった。



 いくら気を使わなくて良いと直接言われても、やはりレイルズとカウリ以外の竜騎士と話をするのは緊張する。ここでなら、気楽に話が出来そうだ。

 ラスティが入ってきてお茶の用意をしてくれた。

「どうぞごゆっくり」

 笑顔で一礼して下がってしまった。

「じゃあまずお土産を渡すね」

 座ってお茶を一口飲んでから、レイはワゴンの下の段に置いてあった籠を取り出した。

「えっと、まずはこれだね」

 天体盤のペンダントの入った小箱を取り出して二人に渡す。

 お礼を言って蓋を開いた二人は、揃って笑顔になった。

「ああ、これってレイルズが星を見る時に使ってるお皿だよな」

 マークの言葉に、レイは口を尖らせる。

「お皿じゃなくって、これは天体盤って言います。まあ、これは小さすぎて実際には使えないんだけどね」

 笑って、ディーディー達にも見せた、実際に自分が使っている天体盤を取り出して見せる。

 使い方の説明しながら、センテアノスとクレアの街の精霊王の神殿の様子を語った。

「へえ、星空の背景の神殿ねえ。レイルズから話には聞いていたけど、そりゃあ実際に見たら驚くだろうな」

「良かったじゃないか。見たかった神殿の様子が見られてさ」

 二人の言葉に満面の笑みで頷く。

 それから、罪作りの壺を二人にそれぞれ渡すと、買ってきた甲斐があると思えるほどに大喜びしてくれた。

 その後は、他の街の様子や、旅の途中の話で大いに盛り上がった。




 昼過ぎに目が覚めたマイリーは、またベッドで軽く食事をした後、車椅子に座って部屋で陣取り盤とノートを手に一人で駒を動かして遊んでいた。

 こんな風に他の仕事と並行して遊ぶのではなく、陣取り盤だけに熱中するというのは、記憶にある限り竜騎士になって初めての事だろう。

 休みと言っても、報告を聞いたり書類を書いたり程度はいつもしているからだ。

 お代わりのお茶をアーノックに入れて貰い、ジャムの乗ったクラッカーを口に入れた時だった。

 陣取り盤の端に、大きなシルフが現れて座った。

 お茶を飲んで、口の中を空にしたマイリーは小さく頷く。

 それを見て、シルフは口を開いた。



『何だよ今日は休みなんだって?』

 前置きも、名乗ることもせずにいきなり馴れ馴れしい口調で話すそのシルフに、しかしマイリーは平然と笑って頷いた。

 精霊通信の相手は、タガルノにいるアルカディアの民のガイだ。これほどの大きさのシルフを複数寄越せる相手はそうはいない。

「ああ、そうなんだよ。だから今日は緊急時以外の報告は聞かないぞ」

 そう言って、わざとお茶を一口飲んで出されたクラッカーを口に入れる。

『あははそりゃあ良い』

『今日は緊急報告じゃないんだけどせっかく準備したんだから言うぞ』

『聞き流してくれて良いからな』

 クラッカーを齧りながら苦笑いして頷くマイリーに、並んだシルフ達も笑顔になる。

『王城内部に変化無し』

『王妃の体調は上がったり下がったりって感じだ』

『これにはどうやら定期的な周期があるようなので』

『パルテスと相談して記録を付けている手帳を借り受けた』

『そっちの分析はまだ終わってない』

『竜達の薬の手配も完了』

『こっちも順調だよ』

『まあ、そんなとこかな』

 肩を竦めるシルフに、お茶を飲んだマイリーは頷く。

「ご苦労様、引き続きよろしく頼むよ。何かあれば、いつでもシルフを飛ばしてくれ」

『了解だよ」

『それじゃあな』

『まあゆっくり休んでくれ』

『それと一つ教えてやるよ』

「ああ、何だ?」

 何事かと身を乗り出すマイリーに、笑ったシルフが胸をそらして見せる。

『俺は罪作りをクリームチーズに乗せて食うのが好きだな』

『それからじゃがいもをたっぷりのバターで炒めて』

『罪作りと黒胡椒をたっぷり入れて炒める』

『これはお勧めだ』

『酒が止まらなくなるぞ』

 それを聞いたマイリーは、堪える間も無く吹き出した。

「クリームチーズに乗せるは俺も好きだな。あれは美味い」

『じゃがいもをバターで炒めるのも美味いからやってみると良い』

『それじゃあ良い休暇を』

 勝手に言うだけ言ってさっさといなくなるシルフを見送りながら、マイリーはまだ笑っている。

「全く、あいつらにかかれば城の結界なんて無いも同然かよ。今まで、どれだけの情報を抜かれていたのか考えたら、気が遠くなるな」

 お茶を飲んでため息を吐いたマイリーは、もう一つクラッカーを齧った。

「うん、決めた。せっかくの休みなんだから、普段は絶対出来ない事をすべきだな」

 お茶を飲み干して、机に置かれたベルを鳴らす。

 すぐにアーノックと執事が来てくれたのを見て、マイリーはニンマリと笑った。

「ハン先生に許可をもらって休憩室へ行こうと思うんだが、構わないかな?」

「あの、お仕事は今日は禁止です」

 遠慮しつつもきっぱりと言うアーノックに、マイリーは首を振った。

「違う違う。せっかくの休みだから、普段なら出来ない事をやってみようと思ってな。それでちょっと頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」

 執事と顔を見合わせたアーノックは、戸惑いつつも、休みを楽しむつもりになってくれたマイリーの手伝いをする気満々で頷いたのだった。




 午前中、城の会議に出席したアルス皇子とヴィゴとカウリは、昼食を食べてから本部の事務所に揃って戻ってきた。

「十点鐘の鐘の後にマイリー様がお目覚めになったそうです。そのままベッドでお食事をなさり、もう午前中いっぱい、ベッドから出ずにお休みになるのだと仰って、そのまま眠られたそうです」

 執事からその報告を聞いた三人は、顔を見合わせて大喜びで手を叩き合った。

「よしよし、まずは大成功だな。良いな、事務所には入れるなよ」

 アルス皇子の言葉に、二人も笑いながら頷く。



「お疲れ様でした」

 事務所にはルークが座っているだけで、若竜三人組の姿は無い。

「おう、今戻ったよ。あいつらは……ああ、今日は揃って婦人会のお茶会か」

「どうやらご指名みたいでね。ロベリオとユージンは、例の婚約者殿がオルベラートから帰ってくるらしく、もう色々と大変な事になってるみたいでしたよ。タドラは完璧に巻き込まれてます。あれは絶対ご婦人方の攻撃を躱す盾にされるつもりで連れて行かれてます。集中攻撃を受けて死んだ目になってるタドラの様子が目に浮かびますね」

 笑って持っていた書類を束ねる。

「まあ、皆通る道だ。あいつらにも自分の仕事をしてもらうとしよう」

 ヴィゴの言葉に顔を見合わせて肩を竦め、ひとまずそれぞれの席につき事務仕事を片付けていった。



 しばらくすると、マイリーの従卒であるアーノックが事務所に入って来た。

 最初にそれに気付いたのはルークだった。

「あれ、アーノック。何かあった?」

 今日はとにかくマイリーから離れるなと言われているはずだ。それが事務所に来たと言う事は何かあったと考えるべきだろう。

 ルークの声に、ヴィゴ達も驚いて振り返った。

「どうしたアーノック。今日はマイリーから離れるなと言ったはずだ」

 アルス皇子にそう言われて、アーノックはその場で直立した。

「マイリー様からの伝言です。お手が空きましたら、休憩室へ来ていただきたいとの事です」

 シルフを寄越すのではなく、わざわざアーノックを寄越したという事は、今日はシルフにも仕事をさせないと言いたいのだろう。

 友の無言の抗議に気付き、ヴィゴは小さく笑って書類を置いて立ち上がった。

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