正しい休日の楽しみ方

「ああ、来たな。そろそろ出来上がる頃だよ」

 伝言を聞いて、何事かと心配しつつ休憩室に来たアルス皇子とヴィゴとルークの三人は、全開になった窓際に置かれたものを見て三人同時に吹き出した。

「何してる。ほら座れって」

 嬉しそうなマイリーの前には、大きな金属製の台車が置かれていた。

 その台車には、野営用の炭を入れて使う大型コンロに火が入れて置かれていて、上に乗せられているのは主に野外での調理に使われる、ダッチオーブンと呼ばれる大型の鍋だ。

 ちなみにこの炭を使うコンロは、火の術を使えない兵士達が食事を作る際に使うものだ。

「わざわざ、これを持って来るか」

 苦笑いしながら、ヴィゴが鍋を覗き込む。

「面白いぞ、火加減を自分で見るなんていつ以来だろうな」

 完全に面白がっているマイリーに笑って頷き、ヴィゴは乗せられている大型の鍋を見た。

「で、何を作っているんだ?」

「まあ見てろ。もうそろそろ、出来上がるぞ」

 分厚い革製の手袋をしたアーノックが鍋の蓋を取ると、一気に湯気が上がった。

「おお、丁度良い感じだな」

 鍋の中に並んだじゃがいもには切り目が入れられていて、ほっくりと蒸し上がっている。

 アーノックが、大きなフォークでジャガイモを取り出してお皿に乗せて机に持って来てそれぞれの前に並べる。

「で、当然これが出る」

 ルークが笑って、アーノックから渡されたお土産の罪作りの壺を開ける。それを見た全員が揃って拍手をした。




「おお、これは美味い」

「本当だ。熱々で美味しい」

 ヴィゴとルークが大喜びで罪作りをじゃがいもに乗せて食べ始めた。

 それを見て、アルス皇子も嬉しそうに口に入れる。

「それじゃあこっちは頼むよ」

 車椅子で机の近くまで来たマイリーは、そう言ってアーノックに何かを頼んでいる。

「今度は何を作るんだい?」

 興味津々のアルス皇子に、マイリーはニンマリと笑った。

「知り合いから教えてもらった別の一品です」

 アーノックが、手際よく茹でたジャガイモを切ってフライパンにバターを溶かして炒め始めるのを、アルス皇子は身を乗り出すようにして見ていた。

「殿下、レイルズみたいですよ」

 ルークに笑いながらそう言われて、皇子は小さく笑って首を振った。

「レイルズと違って、私は料理を作っているところを見る事なんて滅多に無いんだから、楽しませておくれ」

 その言葉に、ルークとヴィゴだけでなく、マイリーとアーノックまでが笑顔になった。



 バターがしっかりと絡んだジャガイモに罪作りをたっぷり入れて更に炒めると、一気に良い香りが部屋中に漂う。

「まだ勤務中のお前らは駄目だけど、俺は今日は休みだから良いんだぞ」

 自慢気なマイリーの言葉に、三人が揃って悲鳴を上げる。

 彼が手にしていたのは、未開封のウイスキーの三十年物だ。

「ではどうぞ」

 アーノックが手早く出来上がった料理を小皿に取り分けてくれる。

 氷を入れたグラスに封を切ったウイスキーを注ぐマイリーを見て、三人は声を揃えて断言した。



「よし、今日はもう仕事は終わりだ」




「レイルズ様、ちょっとよろしいですか」

 揃って食堂へ行き早めの夕食を食べたレイルズとマークとキムの三人は、そのまま一緒にここに戻って来てまた話しに花を咲かせていたのだが、しばらくするとノックの音がしてラスティが入ってきた。

「あれ、何かあった?」

 今日はゆっくりして良いと聞いていたが、何かあったのだろうか。

 慌てて振り返ると、ラスティが側に来てくれた。

「マイリー様から、休憩室に来て欲しいとの事です。お二人がお越しになっている事をお伝えすると、お二人も是非ご一緒にとの事でしたが、どう致しましょうか?」

 目を瞬いて二人を振り返る。

「何、どうかしたか?」

「ああ、急用なら俺達はもう戻るよ」

 慌てて立ち上がる二人に、レイも慌てて立ち上がる。

「違うよ違うよ。えっと、マイリーからの伝言でね。二人も良かったら一緒に隣の休憩室に来て欲しいんだって。良いでしょう?」

 いきなりのお誘いに、今度は二人が揃って目を瞬く。

「ええと、俺達も一緒に?」

「うん、来てくれって」

 顔を見合わせてしばしの無言のやり取りの後、揃って頷いた。

「もちろん、喜んでご一緒させて頂きます!」

 直立する二人にレイは笑って手を引いた。

「マイリーも今日はお休みだって言ったでしょう。だからそんなにかしこまらないでよ」

 そのままラスティと一緒に、隣のいつもの休憩室に向かった。



「あれ、何この良い匂い?」

 廊下に出た時点で、既に良い香りがしている。

「うわ、めっちゃ良い匂い」

「本当だ。これはバターと……?」

 首を傾げていたマークだったが、隣でキムがいきなり笑い出した。

「ああ、そう言う事か。うわあ、これは最高だな」

「待ってキム。一人で納得しないでよ」

 口を尖らせたレイに文句を言われて、キムは笑って背中を叩いた。

「まあ、行けば分かるよ」

 その言葉に頷いたラスティが扉を開いてくれたので、中に入った途端にレイは歓声を上げた。



 アルス皇子とヴィゴとルーク、それから車椅子に座ったマイリーの四人が、揃って振り返ったのだが、差し出された彼らの手には飲みかけのグラスがあり、どう見ても酒盛りの真っ最中だったのだ。

「ああ、来たな。早速土産で楽しませてもらってるんだけど、これが本当に美味くてな。せっかくだから、お前らも食って行けよ。それからついでに飲んで行け。これは本当に罪作りな一品だぞ」

 マイリーの言葉に、笑顔で頷いたアーノックが差し出す蒸したジャガイモを見て、レイは大喜びでいつも座っている椅子に座った。

 彼の椅子の左右には、普段は置かれていない別の椅子が並べられている。

「ほら、何してるんだよ。早く」

 椅子を叩きながら、振り返ったレイが嬉しそうにそう言って笑う。

 呆然と入り口に立ち尽くしていた二人は、揃って大きく息を吸うとその場で直立した。

「お誘いいただき光栄です」

「ご一緒させて頂きます!」

 声を揃えてそう言うと、そのままレイの左右に座った。

 彼らの前にも湯気を立てるジャガイモが置かれて、罪作りの壺が渡される。

 大喜びで、レイがジャガイモに罪作りをすくって乗せる。それを見て笑顔の二人もそれに倣った。

 その後も、罪作りを使った酒の肴がいくつも提供されて、皆喜んで大いに食べて飲んだのだった。




 最初のうちこそ遠慮していたマークとキムだったが、一通り食べ終わり追加のお酒が登場する頃には、二人が研究している光の精霊魔法の合成と発動についての魔法談義が始まっていた。

 お酒が入っている事もあり、二人も遠慮無く話をするのでマイリーやアルス皇子はすっかり喜んでしまい、二人が兵舎に戻ったのは、かなり遅い時間になってからの事だった。




 こうして最後は酒盛りと魔法談義で終わったマイリーの休日だったが、自分も休みを貰って屋敷に戻っていたカウリと、一日中ご婦人方のお相手をしてすっかりくたびれてそのまま兵舎に戻って寝てしまった若竜三人組が、翌日、楽しかったその話を聞き大いに拗ねて悔しがった事は、しばらく皆の間で話しの種になったのだった。

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