巫女達へお土産
「レイルズ様、巫女様方が来られたようですよ。如何なさいますか?」
ラスティの声に、夢中になって陣取り盤の駒を動かしていたレイは、慌てて顔を上げた。
「えっと、今来たところですか?」
「はい、先ほど祭壇のあるお部屋に入られました。ジャスミン様もご一緒に来られたようです」
「そうなんだ。じゃあ、彼女の分も一緒に渡せるね」
持って来て良かったと笑って、攻略本にしおりを挟んでから立ち上がった。
「じゃあ、お掃除のお手伝いが出来るかもしれないから、行ってみるね」
力仕事があれば手伝うつもりで、お土産の入ったカゴを持ってエイベルの祭壇がある部屋へ向かった。
部屋の前まで来てノックしようとしたその時、不意に部屋の中からジャスミンとニーカの笑う声が聞こえて手が止まる。
「ディアったら、もうさっきからずっと上の空ね。そっちは右側に取り付ける分よ、それを今そこに取り付けちゃったら、後で困ると思うんだけどなあ」
「そ、そんなの……分かってます!」
「心配しなくても、きっと来てくださるわよ」
二人の笑う声に、ディーディーの慌てた声が重なる。その様子にレイは嬉しくなって、笑って扉をノックした。
「はあい、いま開けます」
元気なニーカの声が聞こえて、扉が開く。
祭壇の前では、三人がかりで燭台を分解して部品の交換をしている所だった。
「ご苦労様、何か手伝える事はない?」
さり気なく籠を部屋の端に置いて、祭壇の前へ行く。
「おかえりレイルズ。巡行はどうだったの?」
隣に来て覗き込むニーカの言葉に、レイは笑顔で大きく頷いた。
「うん、ただいま。話には聞いてたけど、センテアノスとクレアの精霊王の神殿は、すごく綺麗だったよ」
「クレアに行かれたんですか?」
燭台の金具を置いたクラウディアが、レイの言葉に驚いたように振り返る。
「ただいま、ディーディー」
笑ったレイにそう言われて、慌ててクラウディアはその場に跪いて両手を握って頭を下げた。
「おかえりなさい……」
「いいって、立ってよ」
慌てたレイが駆け寄って彼女を立たせる。それから互いの顔を見て、慌てて目を逸らす。
「もう何やってるのよ。二人揃って」
笑ったニーカがレイの背中を叩く。
「ニーカ、乱暴はダメよ」
笑ったジャスミンにそう言われて、ニーカは小さく舌を出した。
レイも手伝ってあっという間に燭台の交換が終わり、祭壇のお掃除を終えてから外した飾りを順番に元に戻した。
「あのね、お土産があるんだ」
道具を片付け終えたのを見て、レイは急いで置いてあった籠を持って来た。
「お土産ですか?」
三人が、揃って籠を覗き込む。
「これは三人にね。えっと、これはクレアの駐屯地の司令官殿の知り合いのドワーフが作ったんだって。実は、お土産を買う暇なんて無かったんだけど、星系信仰の信者だった司令官殿が、本と一緒にお土産にどうぞって言って、持たせてくれたんだ」
それぞれにお礼を言って、手渡された箱を開く。
「まあ、これって……もしかしてお皿に描かれているのは、空の星ですか?」
クラウディアの質問に、レイは籠に入れて持って来ていた、自分の大きな天体盤を取りだした。
「ほら見て、これが僕が星空を見る時に使っている天体盤。ここの窓から見える星が、今見える星なんだよ、合わせる時は、この枠の部分で合わせるんだ。だけどそのペンダントでは、この目盛りはさすがのドワーフでも刻めなかったみたいだね」
天体盤を見せながら、実際にどうやって動かすのか簡単に説明した。
「面白い。へえ、これで空の星が解るのね」
感心したような言葉に、レイは嬉しくなった。
三人が、嬉しそうにペンダントの天体盤を手に話をするのを見て、レイは籠からもう一つの土産の罪作りの小さな壺を取り出した。
振り返ったニーカが最初に気が付いた。
「あら、それは何?」
「まあ、見た事がない壺ですね」
「コルクで蓋がしてあるわ。何が入ってるのかしら?」
ニーカとジャスミンは、レイの手にあるその壺を見て、不思議そうに首を傾げている。
「それはまさか! あの、それはもしかして……罪作り……ですか?」
ごく小さな声でクラウディアがそう言うのを聞いて、ニーカとジャスミンは揃って首を傾げた。
「なんだよその同調率。まるでマークとキムみたいだよ」
その言葉に、クラウディアが堪える間もなく笑い出す。
「ご、ごめんなさい……」
必死で笑いを堪えながらクラウディアが謝る。
「だって私達、仲良しだもんね」
「仲良しだもんねー」
ニーカとジャスミンは、嬉しそうにそう言って笑い合っている。
笑顔でそれを見てから、レイはディーディーの正面に立った。
「えっと、ディーディーは知ってるよね? 罪作り」
言葉も無く何度も頷くディーディーに、レイは笑って持っていた壺を差し出した。
「えっと、調味料としても使えるって聞いたんだけど、これをディーディーに渡すのは迷惑……かな?」
冷静に考えると、神殿の分所にいる彼女は、自分では料理なんてしないだろう。巫女の日常生活がどんな風なのか分からないが、こんなクセのある食べ物を気軽に渡すのはまずくはないだろうか?
勢いで買って来てしまったが、迷惑だったらどうしよう。
不意に心配になったが、次の瞬間、ディーディーはいきなりレイの腕を握った。
「迷惑だなんて、とんでもありません。嬉しいです。今になってまた罪作りを食べられるなんて」
満面の笑みで両腕を差し出されて、レイもほっとして、彼女の手に罪作りの入った壺を手渡した。
「嬉しいです。食堂に置いてもらって皆で頂きます」
本当に嬉しそうに壺を撫でる彼女を見て、二人が興味津々で覗き込んで来る。
「ねえ、なんだか物騒な名前だけど、それ何?」
「私も知りません。罪作りって何ですか?」
ニーカとジャスミンが、不思議そうにしているのを見て、クラウディアは笑って壺を見せた。
「これは、魚の内臓を塩漬けにしたものです。私の故郷のクレアでは、よく使われていた調味料なんです。懐かしい故郷の味です」
「魚の内臓で作った調味料?」
二人が口を揃えて彼女の言葉を反芻する。
「味の想像が全くつかないわ。それって、どんな味がするの?」
ニーカの言葉に、クラウディアは困ったように壺を見た。
「塩漬けですから独特の風味と言うか、匂いも少しあります。なので好みは分かれると思うわ」
「それって、もしかして……お酒を飲む時に一緒に食べたりする?」
ジャスミンの言葉に、レイは笑顔で頷いた。
「これは、ルークがマイリーとヴィゴに頼まれて買うって聞いたから、僕も一緒に買わせてもらったんだ。二人は強いお酒が好きだからね。その時に、酒の肴にするんだって」
「聞いた事があります。ロディナの苦草を使った干し肉と、罪作りはお酒の友だって」
ジャスミンの言葉に、クラウディアが大きく頷いている。
「まさにそうよ。この罪作りの名前の由来は、罪を犯してお酒を盗んででも、これを肴にお酒を飲みたくなるからだって言われているんです」
「それは駄目よ。いくら飲みたくても、代金はちゃんと払わないと」
ニーカの言葉に、全員揃って同時に吹き出した。
「えっと、ジャスミンは、また分所に一緒に帰るの?」
夕方のお祈りの時間までに帰らなければならないと聞き、空になった籠を廊下に置いて、一番重い燭台の入った箱を持って階段を降りた。
「はい、明後日まで分所で一緒に寝起きして、早朝のお祈りにも参加するんです」
「そうなんだ。頑張ってね。でも無理は駄目だからね」
「はい、大丈夫です。思っていた程大変ではありませんから」
笑って首を振るジャスミンに、ニーカも隣で笑っている。
「彼女は、私なんかよりずっと優秀よ。もう、私が教える事なんてほとんど無いもの」
「皆、感心しているわ。ジャスミンは凄いって」
「そんな事ないわ。もう必死なんだから」
ディーディーにまでそんな事を言われて、必死になって首を振るジャスミンだった。
荷物とお土産を抱えて分所へ戻る三人を、渡り廊下まで一緒に行って見送ってからレイは本部に戻った。
「良かったね、お土産、喜んでもらえたみたい」
肩に座ったブルーのシルフに、レイは嬉しそうに小さな声で言った。
『ふむ、良かったな。彼らも来たようだぞ』
その声に、渡り廊下の先を見ると、ちょうど来た所だったマークとキムが笑顔で手を振っているのが見えて、レイは大喜びで二人に駆け寄って行った。
『なかなかに、忙しい休日だな」
手を取り合って笑っている三人を見て、ブルーのシルフは満足そうに頷くのだった。
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