星の祭壇への参拝
大歓声に包まれながらゆっくりと進んだレイルズ達一行は、ようやく目的地である大きな鐘楼のある精霊王の神殿へ到着した。
神殿前の広場も、大勢の人であふれていた。
「ようこそお越しくださいました。神官長を務めておりますアベル・バールと申します」
頬に大きな傷痕のある大柄な初老の男性が進み出て、深々と頭を下げる。
「アベル神官長殿。お久し振りです。今はこちらにお勤めなのですね」
ラプトルから降りたルークの言葉に、神官長は嬉しそうに顔を上げた。
「はい、もうこちらに来て五年になりました。気候も穏やかで中々に良い所でございます」
笑顔で握手を交わした神官長は、レイにも右手を差し出した。
「ようこそお越しくださいました。この旅が、貴方様に取って実り多きものとなります様お祈り申し上げます」
「はい、ありがとうございます。実は、この神殿に来るのを楽しみにしていたんです」
笑顔で答えるレイに、神官長は驚いた様に目を瞬いた。
「そ、それは光栄です。どうぞお好きなだけご覧くださいませ」
やや戸惑いつつもそう言い、ルークを振り返る。
「先程は、広場にて騒ぎを鎮めてくださったのだとか。本当に感謝致します」
改めて頭を下げる神官長と整列する神官達に、ルークは笑って首を振った。
「大した事はしていませんよ。怪我人が出なくて何よりです」
後ろで大人しく聞いているレイも、笑顔で首を振った。
「それではどうぞ、こちらへ」
神官長の案内で、いよいよ中へ入って行く。レイもルークの後の続いて中へ入って行った。
『いよいよだな』
右肩に座ったブルーのシルフにそう言われて、レイは嬉しそうに目を輝かせて頷くのだった。
人々がぎっしりと入った礼拝堂に、神官長に先導されたルークとレイが入って来る。
騒めきはさざなみの様に広がり、座っていた人達は一目でも多く彼らを見ようと、皆、身を乗り出す様にして彼らを凝視しているのだった。
並んで祭壇の正面に立ったレイの口から、堪えきれない様な感嘆の声が上がる。
隣では、同じ様にルークも驚きに息を呑んでいた。
このセンテアノスの神殿の祭壇は、多くの街の神殿に参拝したルークにとっても初めて見るものだった。
正面中央に立つ巨大な精霊王の彫像は、今から五百年近く前のドワーフの作で、優しき精霊王と別名がついている。
その名の通り、口元に優しい微笑みをたたえた精霊王は、他の神殿の多くのそれらがやや厳しい顔をしているのとは対照的な姿をしている。
やや俯いて下を見て微笑んでいるその精霊王の姿は、まるで己に跪く参拝者達を見て優しく微笑んでいる様にも見えた。
そして、通常ならばその背後にあるのは、天の山の森を表す木々や果実を表した装飾があるのだが、この神殿にあったのは、話に聞いていた通りに星の海が広がっているのだった。
漆黒の背景に使われているのは、黒曜石を細かく砕いて散りばめられた象嵌細工と呼ばれる見事な細工で、時折光る、合間に嵌め込まれた様々な色石の輝きが、正しく夏の夜空を描き出していた。
時折、真っ白な立体感のある大きな鉱石が嵌め込まれているそれは、恐らく空に浮かぶ雲を表したものなのだろう。
「夏の夜空だ……」
「へえ、そうなのか」
レイの呟きに、ルークが半ば呆然とそう尋ねる。
天の川と呼ばれる見事な縦長の模様が、夜空全体を斜めに横断している。
無意識に左右に目をやり、レイはもう一度感嘆の声を上げた。
そこには、春と秋の夜空が、やや小さいながらも正確に描かれていた。
思わず振り返ると予想通り、背後の礼拝堂入口上側には、冬の夜空が描かれていたのだ。
各夜空は、それぞれ見事な装飾された金細工の枠で囲われていて、天井画は、正面部分がやや大きい四分割されている。
そしてそのそれぞれの枠の部分には、恐らく聖デメティルであろう女性像が、小さいながらも見事な細工で彫り込まれていた。
それぞれの女性像は、右手に鈴のついた杖を持ち、それぞれ高く捧げて東側を杖で指し示していた。
まるで、進むべき道はこっちだと言わんばかりに。
迷わずに、己が定めの道を信じて進むべし。
星系信仰の教典の教えの中で、何度も繰り返される言葉だ。
また、聖デメティルが示してくれるのは、己が道に迷い助けを求める時だけだとされている。
信仰の対象である星は、必ず決められた道を進む。
しかし、それらでさえも実は、長い歳月の中では不動のものでは無いのだ。
それ故に、迷った時には聖デメティルの示す道を信じろとされている。
感動に打ち震えるレイの耳元で、ルークのからかうような声が聞こえた。
「そろそろ良いか? 参拝を始めるぞ」
「あ、はい!」
思わず声に出して答えてしまい、前列にいた参拝者達が驚いたようにレイを見た。
小さく笑ったルークが軽く咳払いをして顔を上げると、一瞬起こった騒めきもすぐに静かになった。
「謹んで、精霊王にご挨拶申し上げ候」
堂々としたルークの声が礼拝堂に響き渡ると、即座に水を打ったようにその場は静まり返っった。
一歩進み出たルークは、腰の剣を抜き目の前に横向きに置いて、いつもの様に精霊王に静かに祈りを捧げた。
ゆっくりと立ち上がり、置いてあった剣を音を立てて鞘に収めた。
振り返って参拝者達に一礼した後、レイに向かって小さく頷く。
同じく頷き返したレイも、続いて同じように祭壇の前に進み出て、腰の剣を抜いて祈りを捧げた。
立ち上がって腰の剣を音を立てて鞘に収めると、振り返って参拝者達に一礼してからルークの隣に戻った。
左右にミスリルの鈴が付いた杖を持った神官達が進み出て並び、ここでは精霊王に捧げる歌を歌った。一番をルークが、二番の独唱部分はレイが担当だ。顔を上げて優しく微笑む精霊王の彫像に見守られて、なんとか大きな間違いも無く歌い終える事が出来た。
感動のあまり、やや声が上ずっていたのには、皆気付かない振りをしてくれた。
そのまま、祭壇の横にある女神オフィーリアの像の前に進み出る。
そこでは、それぞれ用意された蝋燭を捧げてから祈りを捧げた。
同じく、その傍らに置かれた小さなエイベル像にも蝋燭と祈りを捧げた。
オルダムやブレンウッドにあるよりもかなり小さなエイベル像は、しかし、まるで生きているかのように、これも笑顔で両手を少し広げて参拝者を迎え入れる様な姿をしていた。
レイは、しばし無言でそのエイベル像を見つめた。
「また会えたね」
あふれた涙を誤魔化す様に、一度深呼吸をしてからごく小さな声で呟く。
その姿は、まるで見てきたかの様に、あの、闇の目と対峙した時に会ったエイベルにとてもよく似た姿をしていたのだ。
「タキスに教えてあげないと。エイベルにそっくりな像があったよって」
嬉しそうに小さく呟いたレイの声に、ブルーのシルフも笑顔で頷いてくれたのだった。
ここでも、女神オフィーリアに捧げる歌を奉納した。
ここでは、先程の神官達だけでなく子供達が大勢出て来て彼らの左右に並び、一緒に歌を奉納した。
ここではレイが一番の独唱部分を担当する。
少し歌い慣れて来た女神オフィーリアに捧げる歌を、レイは心を込めて一生懸命歌い上げた。
やや高い特徴的なレイの声が、静かな礼拝堂に響き渡る。
二番の独唱部分をルークが歌っている間、レイはずっとエイベル像を見つめていたのだった。
最後の合唱部分を歌い終えた時、会場からは割れんばかりの拍手が起こり、いつまでも止む事がなかった。
振り返って改めて参拝者達に一礼してから、二人は神官長の案内で外へ出て行った。
彼らが出て行くまで、参列していた参拝者達は全員大人しくじっと座っていたのだった。
彼らの姿が見えなくなった途端、ざわめきは一気に戻り、礼拝堂はどよめきに包まれたのだった。
一方、神官長の案内で外に出た彼らは、待っていた合唱団の子供達から花束を貰い、順番に握手をしてから、待っていたラプトルに乗ってその場を後にしたのだった。
大歓声の中をゆっくりと駐屯地へ戻りながら、レイの胸の中は先ほど見た見事な祭壇への思いで一杯になっていたのだった。
「祭壇の背景の星の海……綺麗だったね」
小さく呟いたその言葉に肩に座ったブルーのシルフが頷いて、感動に震えているレイの頬にそっと優しいキスを贈ってくれたのだった。
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