古竜の主

 外に出ると、もう兵士達が整列して待っていてくれた。

「こちらのラプトルをお使いください」

 ここでもかなり大きなラプトルを引いて来られたので、お礼を言って軽々とその背に飛び乗った。

 レイが乗る際に、そのラプトルは踏ん張ったままじっとしていてくれた。

「良い子だね、よろしくね」

 手を伸ばしてそっと首の辺りを掻いてやると、ラプトルは嬉しそうに高い声で鳴いてくれた。

「それでは出発いたします。街では既に、相当な人出だとの報告を聞いております」

 兵士の報告に、ルークと顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。

「まあ、ここに竜騎士が参拝に来るのは、二十五年振りらしいからな。そりゃあ大騒ぎになるって」

「そうなんだ。じゃあルークの格好良いところを見てもらわないとね」

「お前の格好良いところもな」

 からかうようにそう返されて、レイは小さく吹き出した。



「それでは出発致します!」

 先頭の杖を持った兵士の号令に、隊列を組んだ兵士達はゆっくりと出発した。

 並んだレイとルークの周りは、大柄な兵士達が取り囲んでいる。

 駐屯地の敷地から街へ入った途端にものすごい大歓声に迎えられた。

 人混みに慣れているラプトル達でさえ、一瞬止まった程の大きな声だ。

 兵士達が並んで通路は確保されているが、見える限りどこも人であふれ返っていた。

「竜騎士様!」

「ようこそ!」

「こっち向いてください!」

「ルーク様ー!」

「レイルズ様ー!」

 金切り声が響き、あちこちから花が投げられる。

 大歓声の中を、一行は静かに進んで行った。



 周りを取り囲む人混みは、それ自体がひとつの生き物であるかのようにどよめき動いている。

「大丈夫かな……」

 出発して最初の広場を通り過ぎた辺りで、人々の騒ぐ声は最高潮に達していた。

 あちこちから聞こえる叫び声に混じって、子供の泣き声が聞こえてレイは堪らず横を向いた。

 その瞬間、見た辺りがどよめいた。

 慌てて前を向いて進んだ時、何かが軋むような嫌な音が聞こえた。

 何事かと咄嗟に振り返ったレイの目に映ったのは、人混みに押されて今にも倒れそうにグラグラと揺れる、巨大な槍を持った英雄の石像の姿だった。



 それに気付いた辺りから悲鳴が起こり、石像の周りにいた人が一斉に下がろうとした。

 しかし、当然だが背後はぎっしりと詰まっていて逃げる隙間など無い。

 その上に、ゆっくりと石像が斜めになって倒れ始める。

 倒れてくる石像の真下では、さっきの泣いていた子供を抱いた母親の姿がある。自分目掛けて倒れてくる巨大な石像を見た母親の、甲高い悲鳴が広場に響き渡る。



 その悲鳴が聞こえて、逃げようとして広場のあちこちで更に人が転ぶ。

 一瞬で辺りは大混乱に陥った。




「シルフ! 皆を守って!」

 それを見たレイが咄嗟に叫ぶ。

「シルフ、倒れる石像を止めろ!」

 ほぼ同時にルークが叫ぶ。



 次の瞬間、倒れかけた石像がありえない角度で止まり、あちこちで倒れた人々が一斉に起こされる。

 驚き戸惑う声があちこちで聞こえたが、どうやら大きな怪我人は出なかったようだ。

 皆、呆然と真ん中にいる竜騎士達を見つめていた。



「皆さん、どうか落ち着いてください」

 手を上げたルークの声が広場いっぱいに響く。

 これは声飛ばしの応用の拡声の技だ。

「歓迎いただくのはとても嬉しいですが、怪我をしては意味がありません、どうか落ち着いて少し下がってください。石像が倒れられるだけの場所を開けてください」

 その言葉に、我に返ったようなざわめきが聞こえて、人々が後ろを見て少しずつ下がり始める。

 慌てたように隊列の後方にいた兵士達が駆け寄り、石像の周りを取り囲んで倒れられるだけの場所を確保する。

「よし、ゆっくり倒してくれ」

 それを見たルークの指示で、シルフ達が支えていた石像をゆっくりと地面に倒す。

 地響きがして、石像はそのまま地面に横倒しになった。

「はあ、怪我人は……無いようだな。ここは任せてもよろしいですか?」

 人員整理に出ていた兵士達が、整列してルークに敬礼する。

「街の人々をお助けいただき、有難うございます!」

「大した事はしていませんよ。それでは申し訳ありませんが、後始末をお願いします」

 直立する兵士達にそう言って敬礼したルークを見て、広場にいた人々から拍手が沸き起こる。

 兵士達が列に戻り、一行はその場を後にしたのだった。

「凄かったね。さすがはルークだね」

 目を輝かせて、ラプトルの頭に座ったブルーのシルフにそう言っているレイを見て、ルークは小さくため息を吐いた。




 先程のルークの指示は、シルフ達に倒れる石像を止めてもらっただけだ。

 シルフに指示を出す時は、出来るだけ具体的に何をすれば良いのかを言う必要があるのだ。

 なので、倒れる石像を止めろ。は、あの場では一番的確な指示だっただろう。

 対してレイが咄嗟にシルフ達に命じたのは、皆を守って、と言う、具体性に欠ける指示だ。

 これは、はっきり言って指示の意味がない程下手な指示だ。訓練所の試験なら、確実に不可が出る回答だろう。守る、が具体的に何を示すのかがシルフ達には分からないからだ。

 しかし、先程のシルフ達は逃げ惑う人々を一瞬で足止めし、倒れた人々を全員支えて起き上がらせた。お陰でかすり傷程度で大きな怪我をした人は誰もいなかった。



 こんな事、普通ではあり得ない。



 つまりこれは、シルフ達はレイが何を守りたいと思っているのかを、瞬時に理解して実行した事を示しているのだ。

 これは別の言い方をすれば、レイが完全にシルフを支配下に置いている事を意味している。

 今の竜騎士隊でも、これだけの指示をたった一言で出来る人物はいない。



 ルークは無言で隣にいるレイを見た。

 嬉しそうに頬を紅潮させながら、時折あちこちに手を振っているレイは、身体こそ大きくなったが、口を開かせればまだまだ子供だ。

 先程の自分が一瞬でした事の意味を、恐らくレイは気付いていないだろう。

 不意に襲われたよく分からない恐怖心に、ルークは全身に鳥肌が立つのを感じていた。

 手綱を持つ指先が震える。

「これが古竜の主の実力って訳か……俺達竜騎士が全員束になっても敵いそうに無いよな」

 自嘲気味のルークのその呟きは、人々の歓声にあっという間に飲み込まれてしまい、レイの耳に入る事は無かった。

 しかし、ブルーのシルフは黙ってそんなルークを見つめていた。

「聞こえたか? まあ、頼むからお手柔らかにな」

 苦笑いしたルークの言葉に、ブルーのシルフは小さく笑った。

「其方達が、レイに誠実である限り、我はどうこうするつもりは無い。安心するが良いさ」

 もう一度ため息を吐いたルークは小さく頷いて、自分を呼んでくれる人々に向かって笑顔で手を振ったのだった。

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