センテアノスの駐屯地にて

 到着したセンテアノスの駐屯地でも広場に整列した大勢の軍人達に迎えられ、ゆっくりと広場に降り立ったブルーの背の上から、レイは周りを見回して目を輝かせていた。

「大きな鐘楼が見えるけど、あれが精霊王の神殿だね」

「そうだな。あそこへ行くのは明日の予定だがな」

 ブルーの言葉に、レイは嬉しそうに大きく頷いた。

 ルークに続いてブルーの背から降りる。



「大きい……あれが古竜なのか……」

「凄い……」

 ブルーの大きさに驚く兵士達の密やかな囁やく声が聞こえて、レイは笑ってブルーを見上げた。

 嬉しそうに大きな首を伸ばしてくれたので、力一杯抱きついて大きな額にキスを贈った。

「じゃあ、行ってくるから待っていてね」

 竜人の兵士が駆け寄ってくるのを見て、レイはブルーに手を振ってルークの横へ走って行った。

 それを見送りじっとしていたブルーは、駆け寄ってきた兵士達が鞍や手綱を外してくれるのを待ってから、その場に寝転がった。

「特に我には世話は必要無い。構うな」

 それだけ言って、素知らぬ顔で頭を翼の中に差し込んで丸くなってしまった。



 ブルーが過度な世話を嫌う事は、既に連絡を受けて詳しく聞いている竜の担当者達は、何も言わずに深々と一礼してその場を後にしたのだった。

 人に世話をされる事に慣れているルークの竜のオパールは、水を飲んだ後でブラシをしてもらい、ご機嫌で喉を鳴らしていたのだった。



「ようこそお越しくださいました。センテアノスの司令官を務めておりますノートル・シルヴェストンと申します」

 進み出て挨拶したのは、大柄なおそらくヴィゴやマイリーと然程年の変わらないであろう士官だった。

「ノートル大佐。今はこちらにいらっしゃったんですね」

 笑顔でルークと握手を交わすノートル司令官は、以前はオルダムのにいたのだと聞き、レイも笑顔になる。しっかりと握手を交わして、食事の為に別室に通された。

 此処でも司令官以外にも大勢の士官の人達と挨拶を交わし、一緒に豪華な夕食を頂いた。



「この後、駐屯地内にある広間で、街の各ギルド合同の夜会を催します。まあ、お二人にご挨拶をさせて頂きたい者達を集めましたので、お疲れかと思いますが、どうかご理解ください」

 申し訳無さそうな司令官の言葉に、ルークは笑って頷いている。

「それが俺達の仕事ですから、どうぞお気になさらず。なあレイルズ」

「はい、大丈夫です。それに実は僕、此処へくるのを楽しみにしていたんです」

 嬉しそうなレイの言葉に、司令官は驚いたように目を瞬いた。

「それは嬉しい事です。塩作りに興味がおありですか?」

 この街で他との違いなんて、司令官にはそれくらいしか思い付かない。

 夜会に出席する商人達の中に、塩田の経営者や、実際に塩田で働いていた者もいるので、塩作りの詳しい話は彼らに任せようと密かに考える司令官だった。



 此処での主な産業の一つである塩作りは、確かに国の中でも重要な位置を占める。しかし、はっきり言って実際の作業は重労働だし、とても地味だ。

 海水を塩田とばれる砂地に撒き、太陽の光で海水を乾燥させて砂に付着させる。その砂を集めて海水に溶かすと、とても濃い塩水が作られるのだ。これを煮詰めて灰汁あくを取り除き水分を蒸発させる事で塩を作り出す。

 どう考えても、彼のような若者が興味を持ちそうに無くて、密かに首を傾げていた。

 ルークは司令官の混乱が手にとるように分かっていたが、あえて知らん顔で、案内の兵士とにこやかに話をしていたのだった。



 案内された部屋は、広いホールになっていて、いくつか立食式の机が置かれている。

 そこには大勢の人達が彼らが来るのを待っていたのだった。

 センテアノスの街の長でもある街議会の議長を始めとした議員達や、主だった商人達やギルドの関係者が中心だ。

 次々に挨拶をしながら、笑顔を絶やさずに一人一人と丁寧に言葉を交わすレイルズに、皆感激して、良い方が竜騎士になってくれたと喜んでいたのだった。



「初めまして。ザルツフェルト商会のヴィントと申します」

「ザルツフェルト商会という事は、えっと塩作りの?」

 レイルズの言葉に、ヴィントと名乗った初老の男性は笑顔になった。

「はい。我が商会の名をご存知頂けていたとは嬉しい限りです。海岸沿いの土地に、塩田を多く所有して、特産の塩を作っております」

「塩田って、確か海水から塩を作るんですよね」

 レイの質問に、ヴィントは笑顔で簡単な塩の作り方を説明した。

「僕が住んでいた森のお家では、お料理には岩塩を主に使っていました。でも、ザルツフェルト商会の塩は、塩漬け肉を作る時にはいつもお世話になっていましたよ」

 ザルツフェルト商会の紋章と名前の入った大きな塩の袋は、地下の食糧庫に必ず一つは在庫があったので、その名前はレイでも知っている程だ。

「おお、塩漬け肉をお作りなられた事があるのですね。それは素晴らしい」

 嬉しそうな彼の声を聞き、二人の周りに人が集まる。

 初めて聞く知らない地方の話の数々に、レイは目を輝かせて聞き入っていたのだった。




 ようやく解放されて部屋に戻った時にはすっかり遅い時間になっていて、湯を使わせてもらったレイは、疲れていたので早々にベッドに潜り込んだのだった。

 ここでレイの世話を担当してくれたのは、レンディアと言うまだ若い男性兵だったのだが、彼はまるでラスティのように細やかな気配りで、レイの世話を焼いてくれた。



「明日は、六点鐘で起床して頂きます。早朝訓練に参加なさいますか?」

「朝練があるの? えっと、出来れば参加したいです」

 嬉しそうなレイの言葉に、レンディアは笑顔で頷いてくれた。

「先程ルーク様に確認させて頂きましたが、軽い運動程度なら構わないとの事です。では、白服をご用意しておきますね」

「お願いします。それじゃあ、もう休ませてもらいますね」

「おやすみなさい。貴方に蒼竜様の守りがあります様に」

 笑顔でそう言われて、レイも笑顔になる。

「おやすみなさい。レンディアにもブルーの守りがあります様に」

 顔を見合わせて笑い合った。



 ランプの火を落として一礼して部屋を出て行く後ろ姿を見送ってから、レイは小さくため息を吐いて天井を見上げた。

『お疲れ様。大勢の人が挨拶に来ていて大変だっただろう』

 ブルーのシルフに枕元でそう言われて、レイは笑って頷いた。

「ニコスのシルフ達がいてくれなかったら、僕絶対殆どの人の名前を覚えていられなかったと思うよ。あの子達には、本当に助けてもらってばっかりだ」

 嬉しそうにそう言い、ブルーのシルフの隣に現れたニコスのシルフにそっとキスを贈った。

「明日はいよいよ神殿への参拝なんだよ。どんな風なのかな? 楽しみだな」

『疲れているだろうに、もう良いから早く寝なさい』

「うん、おやすみ。また明日ね」

 ブルーのシルフにもキスを贈り枕に抱きついたレイは、すぐに寝息を立て始めた。

 そっと上を向かせてやり、胸元まで毛布を引き上げたシルフ達は、眠るレイを飽きもせずにいつまでも愛おしげに見つめていたのだった。




 翌朝、鐘が鳴る前にシルフ達に起こされたレイは、ベッドから起き上がって大きな伸びをして嬉しそうにシルフ達に挨拶をした。

「おはよう、起こしてくれてありがとうね」

 丁度ノックの音がして、白服を手にしたレンディアが入ってくる。

「おはようございます。外は良いお天気ですよ。朝練に参加なさるのなら、そろそろ起きてください」

 ベッドに座っていたレイは、もう一度大きな伸びをして、元気に挨拶をしてから顔を洗いに洗面所へ向かった。

『おはよう、昨夜はよく眠れたか?』

「おはようございます。うん、ぐっすりだったよ」

 朝から元気いっぱいのレイに、ルークは苦笑いしていた。



 同じく白服に着替えたルークと一緒に、案内された訓練場で一般兵達と一緒に柔軟体操と走り込みを中心に汗を流した。

 出来れば乱取りに参加したかったのだが、ルークにさりげなく止められてしまい残念ながらそれは叶わなかったが、怪我でもしたらどうするんだ、と後で真顔で言われてしまい、確かにそうだと納得した。



 一旦部屋に戻り汗を流した後、竜騎士見習いの制服に着替えてから昨日夕食を頂いた部屋で司令官と一緒に朝食を頂いた。

「少し休んだら、悪いけどもう神殿へ出発するぞ」

 ルークの言葉に、レイは目を輝かせた。

「はい、いつでも大丈夫です!」

「元気でよろしい」

 顔を見合わせて笑い合い、残りのカナエ草のお茶を飲んだ。



 いよいよ、楽しみにしていたセンテアノスの神殿への参拝だ。

 星空を表す祭壇は、どんな風なのだろう。

 案内されて表に出ながら、ずっとそればかり考えているレイだった。

「お前、楽しみなのは分かるけど、一応正式な参拝なんだからな。それは忘れるなよ」

 笑ったルークにそう言われてしまい、レイは慌てて頷くのだった。

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