フルームでの参拝とそれぞれの街

 人々の注目を一身に集めて、レイとルークは並んで神官長に続いてゆっくりと神殿の中へ入って行った。



 神殿正面の大きな扉を潜った先にあるのが広い礼拝堂で、その正面には巨大な精霊王の彫像を祀った大きな祭壇がある。そして、その精霊王の彫像の背後の祭壇上部正面には、直径15メルトからなる、円形の薔薇窓と呼ばれる巨大な色硝子で作られた玻璃窓がある。

 それは、花を正面から見たかの様に中央の小さな円を中心に放射状の花びらのような模様になっていて、赤と青を中心とした様々な色のガラスが幾何学模様に嵌め込まれている。南側に面していて、背後からの太陽の光を受けるとそれは見事に輝く。

 ちょうど今、午後の明るい日差しを受けて一番薔薇窓が美しく輝く時間でもあるのだ。



 祭壇前の参拝者達の席は、ぎっしりと隙間なく大勢の人達が座っている。

 その席の前、祭壇の正面に並んで立ったルークとレイは、互いに目を見交わし小さく頷き合った。

 祭壇の両横に、ミスリルの鈴が付いた杖を持った神官達と一緒に、子供達が出てきて整列する。

 皆、お揃いの肩掛けをして丸い帽子を被り、それぞれの子供達の手には、ハンドベルと呼ばれるミスリル製の小さなベルが握られていた。



「謹んで精霊王にご挨拶申し上げ候」



 ルークが、顔を上げて朗々と響く声でそう言うと、神殿のざわめきがピタリと止まり水を打ったように静かになる。

 ルークは静かにミスリルの剣を抜いて、足元に横向きに置いて跪いた。そして両手を握り、額に押し当てて深々と頭を下げて祈りを捧げた。

 しばしの沈黙の後、ゆっくりと顔を上げてミスリルの剣を持ったルークは、立ち上がってミスリルの剣を音を立てて鞘に戻した。

 ミスリル独特の甲高い金属音が響き、聖なる火花が散らされる。

 少し、横に移動したルークは、次のレイが参拝するのを待った。



 しかし、レイは薔薇窓を蕩然と見上げたまま動かない。

『レイルズ、何をしている?』

 耳元で聞こえた小さなルークの声に、レイは我に返った。

『ほら、お前の番だよ』

 一瞬ビクッとして無言で周りを見回し、小さく深呼吸をしてから一歩前に進み出る。

 同じように、腰の剣を抜いて足元に横向きに置き、跪いて両手を握りしめて額に押し当てて祈りを捧げた。

 顔を上げて立ち上がり、剣を音を立てて鞘に戻した。

 聖なる火花が散らされると、シルフ達が大喜びで手を叩いて飛び回っていた。



 ミスリルのハンドベルと鈴が、綺麗な音を立てて一定の間隔で鳴らされる。

 ルークが一歩前に進み出て、精霊王に捧げる歌を歌い始めた。それに合わせてレイも歌い始める。

 神官達と少年達がそれに続いて歌い始める。



 正しき道を進む者、迷う事なく進み行け

 光あれ、精霊王の御護りをここに

 苦難の道を進む者、折れる事なく進み行け

 讃えあれ、精霊王の御護りをここに



 レイの大好きなその言葉が繰り返し歌われる。

 低めの優しいルークの独唱部分が終わると、その声にやや高いレイの声が寄り添う。

 神官達と子供達の歌声と共に、静まりかえった礼拝堂を二人の歌声が響き渡る。


 二番の独唱部分はレイの担当だ。

 頬を赤くしながら顔を上げて胸を張ったレイは、心を込めて一生懸命歌った。

 エケドラにいる彼らは今どうしているだろうか? ブレンウッドで会った母親を亡くした少年は元気でいるだろうか?

 様々な思いが胸の中を交差して、歌う声が震えたが構わなかった。



 明るく輝く薔薇窓を背にした精霊王の彫像は、少し笑っているように見えた。




 歌が終わり、ハンドベルが鳴らす一定の音だけが響き、やがてそれも静かになる。

 背後の参拝者達から一斉に、大歓声と拍手が沸き起こる。

 振り返って一礼した二人は、神官長の案内でゆっくりと神殿を後にした。

 彼らが神殿から出るまで、参拝者達は全員が大人しく着席したままじっとしていたのだった。



 そのまま、同じ敷地内にある女神オフィーリアの神殿へ歩いて向かう。

 僅かな距離だったが、ここも人であふれていて、護衛の兵士達と神官見習い達が手を繋いで道を作ってくれていた。



 女神の神殿では、綺麗な女神像が立つ祭壇の前に置かれた大きな燭台に蝋燭と祈りをそれぞれ捧げた。

 それから、すぐ横にあるエイベル様の像にも蝋燭と祈りを捧げる。

 並んで出てきた巫女達が、同じくミスリルの鈴がついた杖を持ち合唱を担当した。



 ここでは女神に捧げる歌を奉納した。

 レイが一番の独唱部分を歌い、ルークが二番を担当する。

 大勢の人達が固唾を飲んで見守る中、大きなミスも起こさずに何とか歌い終える事が出来たのだった。



 湧き上がる歓声と拍手に見送られて神殿を後に、また大勢の人であふれる街の中を行進して駐屯地へ戻って行ったのだった。





 大騒ぎの街を通り抜け駐屯地へ戻った途端に、鞍上でレイは密かにため息を零した。

「すごく綺麗だったね。神殿の薔薇窓。僕、つい見惚れちゃったよ」

 照れたようにそう言って笑う。

 並んでラプトルを進ませていたルークが、その言葉を聞いて笑いながら手を伸ばしてレイの足を突っついた。

「やっぱりそうか。お前、絶対立場を忘れて俺が参拝している間中、薔薇窓に見惚れていただろう」

 照れたようにもう一度笑ったレイは、小さく舌を出して頷いてから頭を下げた。

「ごめんなさい。確かに、自分が今何処にいるか忘れそうになりました」

「ま、確かに見事な薔薇窓に見惚れる気持ちは分かるけど、正式な参拝で、本当にそれをやるお前は大物だと思うよ」

 呆れたようなルークの言葉に、聞こえてしまった周りにいた護衛の兵士達は、笑いを堪えるのに苦労していた。



 一旦建物の中に入り、お茶とお菓子を頂いて休憩してから、早々に次の街へ出発した。

 上空に上がった時にまた、街から大歓声が聞こえて、二頭の竜は街の上空を何度も旋回してから南へ向かった。



 このフルームの街は、オルダムから南下した街道にある最初の大きな街だ。

 そのまま東へと繋がる街道を行けば、リオ川沿いにある街、エンブルクを通って川を越えて、北の交差点と呼ばれるブリストルへと繋がっている。そのまま街を通り抜けて街道をさらに南下すれば、ケヒラト、海沿いの街センテアノスとクレア、そのままぐるっと回って北上してブレンウッドへと続く北の大廻りと呼ばれる街道が続く。


 幼かったクラウディアが暮らしていたのが、実はクレアの街で、両親の死後、クレアからフルームの街の女神の神殿へ移動して修行を積み、ブレンウッドの神殿へ行ったのだ。

 その事を彼女から聞いたレイは、今回の旅で女神の神殿へ行くのも、密かな楽しみにしていたのだった。

「女神の神殿へ行った事、後でディーディーに知らせておかないとね」

 嬉しそうに小さく呟いたレイに、ブルーは面白そうに喉を鳴らした。




 次はケヒラトの街だ。

 ここは街道沿いにある比較的小さな街で、元は街道沿いの軍の駐屯地があった場所で、そこに勤める人々が駐屯地の周囲に住み始めて、やがて街へと発展したのだ。

 その為、街道のすぐ横が軍の駐屯地になっていて、街はその周りを取り囲むようにして作られている。

 ここでは、駐屯地で司令官達と挨拶をして敷地内を少し見学する程度だ。

 すぐに飛び立ち、街を上空から見て、湧き上がる大歓声に見送られてまた街道沿いを南下した。


 今日の最後の目的地はセンテアノス。

 街としてはフルーム程は大きく無いが、クレアと並んで海からの恵みを街道を通じて国中に届ける重要な役目を担っている。

 特に、この街で盛んに作られている海の水から作る塩は、大きな産業として国からの厚い保護を受けている。

 また、星系信仰が今も深く根付いている地域で、レイは楽しみに高鳴る胸を抑えられず、街が見えた時には大きな声で歓声を上げて、ルークに笑われたのだった。


『楽しみ楽しみ』

『嬉しい嬉しい』


 シルフ達が、嬉しそうにそう言いながらレイの周りを一緒に飛んでいる。

「そうだね、待ちに待ったセンテアノスだよ。明日の参拝が、もう今から楽しみなんだよ」

 嬉しそうなレイの言葉に、シルフ達も嬉しそうに笑って手を叩き合っていたのだった。



 傾き始めた太陽を右手に見ながら、二頭の竜はセンテアノスの街の上空をゆっくりと旋回してから、街の横にある、大きな軍の駐屯地にゆっくりと降下して行ったのだった。

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