資料集めとジャスミンの出発

 遅い昼食を済ませたレイとルークは、事務所へ戻り、マイリーと一緒に資料室で午後からの時間を過ごした。

 探す資料は神殿での祭事に関する資料で、過去二百年分の資料を集めて、特に変わった祭事や役目がないかをレイはひたすら調べていた。



「あれ? これは何の資料?」

 ニコスのシルフが、棚に不自然に奥まで突っ込んでいる資料の束の上で合図をしているのに気付き、レイはそれを引っ張り出して手に取り、目を通していて首を傾げた。

「ええ、月送りと流星祭? これって……」

 突然声を上げたレイに驚き、二人も顔を上げてレイを見ている。

「へえ、星系信仰の祭事の一部がオルダムでも行われた事があるって書いてあります」

「どれだ。見せてくれるか」

 マイリーに持っていた資料を渡す。

「ああ、これも探していた資料だよ。何処にあった?」

「えっと、ここの隙間に何故だか縦向けに挟まってました」

「誰だ、そんな事した奴は、全く。ありがとう。これはこっちにもらうよ。ああ、そうそう。ちょっと聞きたい事があるからこっちへ来てくれるか」

 マイリーに言われて、素直について行く。

「レイルズが知っているもので構わないから、星系信仰の祭事に当たるものは、この中にあるか?」

 箇条書きのメモが付けられた資料の束を見ながら、レイは顔を上げた。

「えっと、星系信仰の祭事なら、教典があるので持って来ましょうか? 確か、基本的な年中の祭事は一覧が載っていましたよ」

「お前、星系信仰の教典なんか持ってるのか?」

 驚くルークに、レイは笑って頷き、以前マークに紹介してもらった、星系信仰の信者の第四部隊のダリム大尉からもらったのだと説明した。

「えっと、じゃあ持って来ますね」

 そう言って急いで兵舎の自分の部屋へ向かった。



「おや、どうなさいましたか?」

 こんな時間に急に部屋に戻って来たレイに、着替えの制服の整理をしていたラスティが驚いて飛び出して来た。

「ごめんなさい。ちょっと本を取りに来ただけです」

 そう言って本棚に駆け寄って、目的の本と、それから星系信仰の祭事に関する本をもう一冊取り出した。

「もう戻るから、気にせずお仕事してくださいね」

 取り出した本をラスティに見せると、笑顔で一礼してそのまま出て行ってしまった。

「おやおや、相変わらずお元気な事だ」

 苦笑いして階段を駆け下りて行く元気な後ろ姿を見送ってから、そっと扉を閉めた。



「お待たせしました! はい、これです。あ、こっちは別の本だけど星系信仰の祭事についての説明が詳しく載ってます」

 差し出された本を手に取り、マイリーは星系信仰の教典の本を開いた。

 真剣な顔で読み始めるマイリーを横目で見て、ルークはもう一冊の方を手に取った。

「あ、これは城の図書館で見た事のある本だな。へえ、お前も持っていたんだ」

「えっと、その本は、ハンドル商会のシャムが持って来てくれた本だよ。星系信仰に関する本ってあまり無くて、オルダムで手に入る本は、どちらかと言うと研究書みたいなのが多いんだよね。これもその一つなんだけど、季節の天体に関する祭事に関しては、かなり詳しく書かれているから、天文学の見地から見てもすごく良い本なんだ」

「ああ、そっちの本は、俺も読んだけど、確かにかなり詳しく書かれているよな」

 マイリーの言葉に、レイは嬉しそうに頷いた。

 ルークもしばらくその本を読んでいたのだが、顔を上げてマイリーを見た。

「マイリー、これって……」

「お前の言いたい事は分かるぞ。だけど、ちょっと待ってくれるか」

 教典を開いたまま立ち上がったマイリーは、メモを取り出して何かをすごい勢いで書き始めた。

「レイルズ、さっきの資料をもう一度貸してくれるか」

「あ、はいどうぞ」

 呆気にとられて見ていたレイは、そう言われて先程の資料を慌てて渡した。



「今、我々が日々の勤めの一部として神殿で行っている役割の多くが、星系信仰のそれらと重なるな」

「本当ですね。改めて見てみて驚きました」

 マイリーの呟きに、ルークも頷いている。

「えっと、僕がダリム大佐やシャムから聞いた話では、星系信仰の多くは、形を変えて今の精霊王を頂点とする精霊信仰の中に息づいているんだって言ってました。確かに、天文学を学んだ今ならよく分かります。精霊王や女神の神殿で行われている、特に年に一度しかない決まった祭事は、月や星の運行と関わっている事が実は多いんです」

「これは面白いな。こんな事考えもしなかったが、確かにこれらの祭事だって元を正せば何か理由があるのだからな」

 感心したように呟くと、マイリーはまた大量のメモを書き始めた。



「ねえルーク、今やっているこれは何の為の作業なの?」

 マイリーが散らかした資料を許可を取りながら片付けている時、ふと思いついてまた別の資料を読み始めたルークに質問した。

「ああ、ジャスミンの件があるからね。陛下からの提案で、まずは今、我々が参加して行われている神殿での祭事の一覧を改めて作ってるんだ。それで実際にジャスミンが主に参加するべき祭事と、俺達が参加したほうが良い祭事、あるいは全員で参加するべき祭事って具合に、一度全部洗い出して再確認する事にしたんだ。だけど、実際に書き出してみると、まずもうこんなにあったのかって笑うくらいに有るんだよね。そうしたら、今レイルズが言ったみたいに、月や星の運行に関わる祭事が多い事に気が付いてね。特に月と星に関する祭事には、女性が主な役割を果たしているんだよ。つまり、女神の神殿関係の祭事ってわけだ。って事は、これらはジャスミンに主に任せても良い祭事って事になるわけだ」

「へえ、面白いね」

 目を輝かせるレイに、ルークも苦笑いしている。

「こう言うのを見ると、様々な事象って色んな所から全部繋がってるんだって思うよ。な、無駄な事なんて一つも無いよ。お前が星系信仰や天文学に興味を持たなければ、俺達だってこんな考え方はしなかったと思うよ」

 自分が学んだ天文学や星系信仰に関する事が、思わぬ形で役に立っていると言われて、少し嬉しくなったレイだった。





「では、父上。母上。行って参ります。短い間でしたが、ここでの生活は、私に取って本当に素晴らしい救いになりました。心からの感謝と尊敬を父上、そして母上に捧げます。全てを無くした私を引き取ってくださり、本当にありがとうございました」

 ジャスミンはそう言うとその場で跪き、両手を握りしめて額に当てて、深々と頭を下げた。

 それを見ていたボナギル伯爵夫妻は、感極まった様に大きく息を飲むと、そっと彼女の顔を上げさせ、額にキスを贈った。

「其方の新しい旅立ちの日だ。行っておいで。其方の目の前には、誰も見た事のない全く新しい世界が広がっているのだからね。臆せず、堂々と顔を上げ、胸を張って進みなさい。だけど、時には辛い事や悲しい事、もう耐えられないと思うような事だって有るかもしれない。どうかそんな時には私達を思い出しておくれ。其方の進むべき道の露払いくらいは、私達にだって出来るだろうからね。愛しているよ、私達の大切なジャスミン」

 伯爵はそう言ってもう一度ジャスミンの額にキスを贈った。

「ジャスミン、どうか身体には気をつけるのですよ。無理はしない事。きちんと食事を摂るのですよ。辛い事があったら、いつでも帰って来て良いのだからね」

 奥方も、何度もジャスミンの頬にキスを贈りながら涙を浮かべてそう言っていた。

「ファロウ。どうかジャスミンの事をよろしくね」

 最後に、隣で控えている、ジャスミンについて行く年配の女性の手を取った。

 彼女は、長年伯爵家に仕えていた侍女の一人で、今回、ジャスミンと共に竜騎士隊の本部へ行く事になったのだ。ファロウ以外にも後二人、下働きをするメイドが随行している。


 馬車に乗り込むジャスミンを、伯爵夫妻は門の外まで出て見送った。

「行っておいで、ジャスミン。其方の人生に、幸多からん事を」

 心を込めたその短い言葉に、ジャスミンの瞳に我慢し切れない涙が溢れる。

 窓に縋るようにして顔を覗かせるジャスミンを、伯爵夫妻はじっと見つめていた。

「では出発いたします」

 執事がそう言って一礼して御者台に座る男性に合図を送る。

 ゆっくりと二頭立てのラプトルが引く馬車が動き始める。ゆっくりと進み始めたその馬車の中から、ジャスミンは身を乗り出すようにして、いつまでも見送る二人を見つめていた。



「お嬢様。どうぞお座りください」

 ファロウに優しくそう言われて、頷いたジャスミンは大人しく座ったが、真っ赤な目をしてしゃくり上げる彼女を見て、馬車は一の郭の道を大回りしてから、ゆっくりと時間を掛けて竜騎士隊の本部へ向かってくれたのだった。

 ファロウが差し出してくれた手拭いに顔を埋めて、ジャスミンはいつまでもしゃくり上げては鼻をすすっていて、そんな彼女を心配して現れた何人ものシルフ達が、代わる代わる慰めるように、彼女の頬や鼻の頭に優しいキスを贈っていたのだった。

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