本部での昼食と黒衣の者達の役割

 瑠璃の館を出て、ひとまず本部に戻ったレイとルークは、すっかり遅くなった昼食を食べに食堂へ向かった。

「ジャスミンの引越しは、真っ最中だったな」

 隣に座ったルークの言葉に、レイも笑って頷いた。

 丁度彼らが戻って来た時、本部の裏側の扉ではジャスミンの為の幾つもの荷物が搬入されている真っ最中だった。

 ジャスミンがいたら挨拶しようかと思って覗いたのだが、残念ながら、彼女の姿は見つけられなかった。



「お前、そんなの搬入の現場にいる訳無いだろうが。全部運び込まれて、侍女達が全部準備を整えて綺麗になってから来るに決まってるじゃないか」

 呆れたようにそう言われて、燻製肉を食べていたレイは顔を上げた。

「つまり、ジャスミンは引越しは手伝わないの?」

「当たり前だろうが。お前、貴族の女性に何させる気だよ」

 呆れたように言われて、レイは考えた。確かに、ジャスミンの細い腕では家具や荷物運びは出来そうに無い。

 納得するレイを見て、ルークは笑っている。

「全く、良い加減覚えてくれよな。お前だって、今となってはそんな風に皆から世話を焼かれているだろうが」

 口を尖らせたレイは、小さなため息を吐いた。

「確かにそうだけどさ、やっぱり慣れないよ。自分の事なのに何もしなくて良いって言われても、何か忘れたまま来てるみたいな気がする」

「諦めて慣れてくれ。でもまあ、気持ちは分かるよ。俺も最初はそうだったからさ」

 肩を竦めるルークに、レイは目を輝かせた。

「ルークはどうやって慣れたの?」

 身を乗り出すレイに、ルークは仰け反って苦笑いしている。

「俺はもう、最初の頃は何でも自分でやってはジルや他の従卒や執事達にいつも叱られてたよ。使用人達の仕事を取るなってな」

「仕事を取る?」

「そ、つまり、俺の世話をしている従卒や執事達にすれば、俺が勝手に何かすると当然それをしなければいけなかった誰かの仕事が無くなるだろう? それはやっちゃ駄目だって何度も何度も言われたよ。だけど、人を使う事自体が最初は嫌だったからさ。そりゃあもう大変だった」



 小さくため息を吐いたルークは、ちぎったパンを飲み込んでからまた口を開いた。



「だけどさ。ある時逆の立場だったらどう思うかって考えたんだ。竜騎士の世話をしてくれる彼らは、様々な竜騎士の務めや決まり事、貴族の習慣を知り尽くしている。そんな彼らの所へ突然、全く何も知らない市井の若者が来るわけだ、竜の主になったっていう、それだけの理由で」



 レイも、食べていた手を止めてルークを振り返った。



「竜の主になった。ただそれだけの理由だけど、ここではそれに勝る理由は無い。そうなってしまった以上、彼らの仕事は一つだよ。無知で未熟なその若者に、竜騎士としての心構えや様々な知識と技術を何が何でも得てもらわなければならない。これは、嫌だと言おうが何と言おうが絶対にやらなければならない事だ。そうなるともうそれに集中してもらう為に、それ以外の本人じゃなくても出来る事は周りが代わってやるようになるのは自然な事だろう? 例えば、寝ていたシーツを交換する事。着ていた服にブラシをかけて綺麗にする事。汚れた物を洗濯する事」

 レイが納得したように何度も頷くのを見て、ルークは笑った。

「そう考えたら、皆に世話されるのも嫌じゃなくなった。彼らが見ているのはもちろん俺だけど、俺の向こうにはパティがいて、パティが俺を主と認めてくれたからこそ彼らは俺を認めてくれている。そこまで分かれば、俺がやるべき事は一つだけだ。皆に助けてもらって自分じゃなければならない事をするだけさ。な、そう考えたら簡単だろう?」

「凄い、ルーク……」

「まあ、今でも正直言って嫌になる事も有るけどさ。そんな時にはこう考えるんだ。パティの主は俺しかいないんだってな」

「ええと、今のは盛大な惚気?」

 上目遣いのレイの言葉に、ルークは大きく吹き出した。

「言うようになったなあ。そうだよ、だってその通りだろう? お前だって、ラピスにとっては唯一無二の存在なんだから、ちょっとは傲慢になっても良いんだぞ」

「それは難しいと思うけど、僕がブルーの唯一だって考えは確かに良いね。それなら、他の人達がお世話してくれても素直にありがとうって思えそう」

「な、何でもものの考え方一つで変わるものさ」

「うん。じゃあ今度からそう考えてみます」

 大真面目なレイの言葉に、ルークは面白そうに笑うのだった。






「例の新しい女性の竜の主は、竜騎士隊の本部へいよいよ引っ越しか」

「ああ、明日の城の会議で皇王の口から正式な発表がされれば、間違いなく大騒ぎになるだろうな」

「まあ、今の竜騎士隊なら何があろうと心配は要らんよ。彼らは優秀だ」

 春真っ盛りの国境近くの竜の背山脈に近い北の森の高台から、黒衣の男達がオルダムの方角を見ながらのんびりとそんな話をしている。

 彼らは今からピケの街から街道を南下して、エピの街を経由して堂々と街道の関所を通ってタガルノへ戻り、森の中に作られたアルカディアの民達の野営地へ向かうのだ。

 彼らは城の監視と共に、城の中で孤軍奮闘するパルテスと密かに連絡を取り影から様々な手助けを行なっているのだ。

「竜達の順調な回復は、何よりの朗報だな」

「確かに。二頭だけとはいえ、タガルノに動ける竜がいるのといないのでは、何かあった時の対応の早さに雲泥の差が出るからな」

 ガイの呟きに、バザルトが大きく頷く。

「それから、どうなる事かと心配していたあの馬鹿王だが、いっそあそこまで馬鹿だと清々しいな」

 バザルトの言葉に、皆笑いを堪えられなかった。

 もう、今の王はまつりごとの全てを竜人のパルテスに預けてしまい、日々暴食と色事に溺れている。

 だがそのお陰で、パルテスの指示の元竜舎はすっかり綺麗になり、竜達はまだ痩せてはいるものの、ようやく紫根草の後遺症から回復の兆しを見せ始めてた。



「気味が悪いくらいに地下の奴は静かだ。いっその事もうこのまま、あと千年く

 らい寝ててくれないもんかね」

 バザルトの呟きに、今度はガイが頷いて答える。

「その意見には心の底から同意するよ。だけど、そう甘くは無いだろうさ。この国でここまで立て続けに竜の主が誕生している意味を考えてみろ。間違いなくそう遠くない未来に、それだけの数の竜の主が必要になる日が来るって事だろうさ。その日までにどこまで我らが準備出来るかで、その後の世界は……それこそ天と地ほども変わる事になるだろう。責任は重大だよ」

 静かなガイの言葉に、全員の顔が引き締まる。

「じゃあ、まずは戻ろうか。薬の材料も山ほど手に入った事だし、早いとこ作ってパルテスに届けてやろうぜ」

「そうだな。竜の為の薬は、決して途絶えさせる訳にはいかんからな」

 ガイとバザルトの言葉に、皆笑ってそれぞれのラプトルに積んだ荷物を見上げた。



 竜の背山脈の森でしか育たない、唯一紫根草を体外へ排出するのを助ける春の薬草があるのだが、二頭の竜達の治療に、ほぼ持っていた手持ちの薬を使い切ってしまった彼らは、雪解けを待ってそれを取りに竜の背山脈の森の奥深くまで分け入っていたのだ。

 この薬は続けて飲めば飲むほど効き目が強くなり、完全に紫根草を排出した後は、竜達の体調を整える為にも使う事が出来るのだ。

 その為、今回は動ける人数ギリギリ迄動員して、文字通り総出で摘み取り、持てるだけ持って帰って来たのだ。

 ラプトルの鞍の後ろには、膨れ上がった薬草の入った袋がそれぞれいくつも積み上がっている。



 今の彼らは、パルテスが正式に発行してくれた薬草の注文書を持っているので、ひとまずエピの街で待っている仲間達と合流して薬草は全て荷車に積み替えてから、堂々と国境を越えてタガルノへ届け、森で採ってきた薬草を総出で薬にしてからパルテスの元へ届ける段取りになっているのだ。



「世界が良くなる為の苦労なら幾らでもするよ。だから、このまま平和が続くように、お前らも祈ってくれよな」

 ガイは、自分の周りを先程から楽しそうに飛び回っているシルフ達に、そう言って笑いかけた。


『平和が良いよね』

『私達も戦いは嫌い』

『嫌いよ』

『だから皆笑ってて』


「全くだな。じゃあ俺も、もうちょっと笑う事をしないとな」

 笑顔でそう言って、近寄ってきたシルフにそっとキスを贈るのだった。

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