帰宅ともう一つの訪問先

 ハートダウンヒルを撤収した一行はのんびりと一の郭まで戻り、それぞれの屋敷へ子供達を送り届けた。

「ありがとうござました。すっごく楽しかったです」

「またいつでも誘ってください!」

 満面の笑みで手を振るマシューとフィリスに手を振り返し、レイとルーク、それからタドラの三人は顔を見合わせて頷いた。

「いやあ、思った以上に面白かったな。まあ大変だったけど、執事や護衛の人達がいたから、それほど心配もせずに済んだしな」

「誰かさんがティミーごとラプトルから落っこちた時にはさすがに慌てたけどな」

「本当にね。ノームに守らせてるけど、場合によっては怪我する事だってあるからね」

 二人が揃ってそんな事を言っているし、その後ろでは、本気で肝を冷やしたラスティ達と護衛の者達がこれも揃って大きく頷いている。

「えっと、心配かけてごめんなさ……あ、違った。申し訳ありませんでした!」

 鞍上で頭を下げるレイに、ルークとタドラが笑って手を伸ばしてその背を叩いた。



「じゃあ行くか」

「そうだね、行こうか」

 二人の会話を聞いてレイは首を傾げた。もう本部へ帰ると思っていたのだが、まだ何処かへ行く予定があるみたいだ。

「今日はお休みだと思ってたけど、何処かへ訪問とかあるのかな?」

 ラプトルの頭に座ったブルーのシルフに向かってそう呟くと、ブルーのシルフは笑って肩を竦めた。

『まあ楽しみにしていろ。我は、其方がどんな顔をするかが楽しみだ』

 そう言ってふわりと浮き上がり、レイの頬にキスをしてから右肩の定位置に座った。

 それを見ていたルークとタドラは小さく頷きラプトルを進めたので、レイも大人しくその後をついて行った。




 道はブレンウッドほどは広くないが、新芽が一斉に芽吹いている街路樹の植わった道は、どこも見事に整った石畳でとても綺麗だ。

 また道に面したお屋敷は、これまたどこもとても大きくて立派で、広い庭や玄関先には春の花々が、自分が一番だと言わんばかりに咲き誇っていた。

「どこも綺麗だね」

 嬉しそうなレイの言葉に、二人は笑っている。

 しばらく道を進むと、前方に一際目立つ見事な建物が見えてきた。

 目に飛び込んできたその色に、レイは目を輝かせてルークを見た。

「ねえ! もしかして、あ、あれが瑠璃の館?」

 二人が揃って頷いてくれるのを見たレイは。一気に加速して先に走って行ってしまった。

 咄嗟の彼の行動について行けたのは、護衛役のキルートとラスティの二人だけだった。

「こらこら、ラプトルを走らせるなって、子供達に偉そうに言ってたのは何処の誰だ?」

 笑ったルークの声に、振り返ったレイは大きく舌を出した。



 その目は、正面の大きな建物に吸い寄せられたきり動けない。

 まるで、ブルーの鱗のような様々な青い色をしたタイルで建物の壁は全て覆われていた。出窓の枠までが、濃い青で統一される程の徹底ぶりだ。

 その建物は、東側部分にとんがった屋根を持つ塔があり、その横に繋がって三階建ての大きな建物になっていた。

 屋根は此処からはあまり良く見えないが、左右に綺麗な斜めに広がった三角形をしている。その屋根も、全て違う色の青い石の瓦でかれている。



 確かに、これは瑠璃の館と呼ばれるだろう。もうそれ以外の呼び名を思いつかなかった。



 目を輝かせて門の外から建物を見上げていると、追い付いてきたルークが笑ってレイの背中を叩いた。

「ほら、いつまでそこにいるつもりだ? 中を見ないのか?」

「見ても良いの!」

 前を通るだけだと思っていたレイは、目を輝かせて身を乗り出した。

「もちろんだよ。ほら、主人を出迎えに出て来てくれたぞ」

 ルークの言葉に驚いて中を見ると、執事が一人出て来て中から大きな門を開けてくれた。

「お待ちしておりました。レイルズ様。ようこそ瑠璃の館へ。現在、屋敷の管理を預かっておりますアルベルト・カリアスと申します。どうぞアルベルトとお呼びください」

 白髪の混じった執事に言われて、レイは慌ててラプトルから降りた。

「レイルズ・グレアムです。はじめまして。アルベルト。どうぞよろしくお願いします」

 執事に敬称は不要だと聞いているレイは、さんを付けかけて内心慌てて言い直した。

 そのまま彼の案内でまずは屋敷の門をくぐった。



「うわあ、これは見事だ」

「本当だね。瑠璃の館の庭に、これ以上の花は無いね」

 ルークとタドラが感心してそう言っているが、肝心のレイは、庭を見たきり一言も発していない。

「如何でしょうか。お気に召さないようであればご希望を言っていただければ直ちにそのように計らいますが」

 しばらくの沈黙の後、あまりに無反応なのに心配になったアルベルトが頭を下げてそう言うと、レイはいきなり身体ごと振り返って頭がもげるんじゃないかと思うくらいに必死になって首を振った。

「駄目です。こんな見事な庭を変えるなんて、絶対駄目ですって!」

 レイが言う通り、そこは見事なまでに青と白の花々だけで埋め尽くされていた。



「凄いや。こんなに沢山青い色のお花があったんですね」



 目を輝かせるレイが言う通り、門から屋敷へ続く道の両側には、青い色の小花が固まりになって咲いている。少し背の高い花々は、その小花の奥に植えられている。

 釣り鐘のように下向きに咲く花、天に向かって花びらを広げる花、塔のように縦に長く伸びて房状の花を咲かせているものもあれば、幾重にも重なる花びらを持つ大きな花もあった。

 その後ろには白い花を咲かせる木や、新緑の枝を伸ばす、大きな葉を持つ木々も植えられている。

 屋敷の壁に沿うようにして植えられた低木の木々も、あちこちに粉砂糖を振りかけているかのように隙間なく咲く小花達で白く染まっていた。



 そして、そんな青と白しか無い景色の中に、一本だけ凛と立つ、薄紅色の花を咲かせた木があった。



 葉は殆どなく、ごく薄いピンクの花だけが枝という枝に見事に咲き誇るその姿は、周り中の木々を従えているかの様な貫禄があった。

「これだけ、色は薄いけどピンクなんだね」

 近くへ行って見上げると、視界が全て薄紅色に染まる。

 時折枝の隙間から見える真っ青な空と雲が、木々の枝に見事なまでの陰影を浮かび上がらせていた。



「なんて綺麗なんだろう……凄いや、これが僕のお家なんだって。夢みたいだね。一日中だって見ていられるよ」

 目の前に来てくれたブルーのシルフにそう言って笑いかけた。

『これはまた見事に咲いたな。この薄紅色の花が咲いている木は、其方も好きなさくらんぼのなる木だぞ。この様子だと、夏の前には見事な実がなるだろうから、ノーム達によく守りをしておくように言っておこう』

 満足気なブルーのシルフの言葉の直後、地面から何人ものノーム達が顔を出した。


『喜んでお世話致しますぞ』

『夏には見事なサクランボをお届けいたしますぞ』

『裏庭には栗の木も多くございますぞ』



 ノーム達のその言葉に目を輝かせるレイを見て、ルークとタドラは堪える間も無く吹き出して大笑いしていたのだった。

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