下準備と様々な伝手と繋がり

 訓練所で楽しく勉強するレイルズと違い、大人組の話し合いはかなり難航していた。

 ルークがまとめた草案にもう少し手を入れて一旦まとめたのだが、これには神殿側の意見は一切入っていない。

「とにかく、これで一度陛下に目を通して頂こう。その上で、場合によってはもう一度陛下の意見も入れてまとめ直し、その後に直接、陛下から神殿側へ申し入れをしてもらうのが良かろう」

 天井を見て大きなため息を吐いたマイリーの言葉にカウリも同じくため息を吐いて頷いた。

「ああ、神殿側にもうちょっと協力者がいりますね。誰かいないんですか?」

 含みをもたせたその言い方に、マイリーは鼻で笑った。

「いない訳では無いんだがね。どうするべきか、考えてるんだ」

「伝手があるなら、今こそ使い時だと思うけどなあ」

「まあそのつもりだが、神殿内部に亀裂を生じさせるのは得策では無い。やるなら出来るだけ穏便にな」

「マイリーの言葉とは思えないんですけど」

 からかうようなカウリの言葉に、マイリーは肩を竦めた。

「本当に必要なら何処とでも喧嘩するぞ。だけど、これから先協力しないといけないと分かっている相手を無闇にかき回すような事は、正直言ってしたく無いし、するべきではなかろう?」

「まあ、そうですね。じゃあ、こっちからの伝手は要りませんかね?」

 振り返ったマイリーは、無言でカウリを見つめた。

「お前が持っている伝手は何処経由だ?」

「ええ、いきなりそこを聞きますか?」

「茶化すな。今は時が惜しい」

 カウリの誤魔化すようなその言葉に、ヴィゴが真顔で突っ込んだ。横では苦笑いしつつルークも頷いている。

「城の精霊王の別館にいる、フォーレイド正一位高等神官ってご存知ですか? 実は彼とは、ちょっとした密輸事件でご一緒しましてね。ちょっと不味い事になりそうだったので、色々と手を貸して後始末をして差し上げたんです。以来、表立ってではありませんが、色々とこっちも相談に乗ってもらったりしているんです。俺は竜騎士見習いになって以降は、まあ……」

「ちょっとした、密輸事件?」

「あ、そこ聞きます?」

「以前聞いたはずだぞ。事件性があるものはもう無いのかとな」

 真顔のヴィゴの言葉に、カウリは笑って顔の前で手を振った。

「ご心配無く。もう全部解決してます。ハシシを内緒で仕入れる際に、神官殿は知らずにタガルノの商人経由で買っちまったらしくてね。それは絶対手を出しちゃいけない相手なんですよ。後々脅しに来られたり、押し売りに来たりする奴でしてね。で、別の俺が懇意にしていた商人経由で、神殿にタガルノ側に取り込まれそうな奴がいるって情報を聞きまして、まあ裏から手を回してその商人を追い出したんです。そっちは上手くいったんですけど、事情を知らなかった神官殿が取り引きの邪魔をされたと思って激怒なさいましてね。そりゃあもう大変だったんですよ。全部話して、あれが如何に不味いルートだったかを理解してもらうのに、もうかなりの時間が掛かったんですよ。でもまあ、お陰でその後は俺の事は信用してくださったらしくてね。以来ハシシが欲しい時には素直に連絡して来るようになってくれたんです。そっちは言ったように、俺がこっちへ移動する際に正式に別の奴に丸ごと頼みましたよ。まあ、上手い事やってくれてるみたいです」

「またそっちか」

 呆れたようなヴィゴの言葉に、カウリは無言で肩を竦めた。

「そう仰いますけど、こういう同好の志って言うか、いわゆる趣味の繋がりって馬鹿に出来ませんよ。表の仕事や立場とは全く違う繋がりになるので、案外使えるんですよ。ハシシ自体は別に違法ではありませんから、もし表沙汰になったとしても、悪趣味な奴だな、程度で済みます」

「ヴィゴ。彼の言う通りだ。俺が欲しかったのは、まさにこういう独自の繋がりを持った奴だったんだ。カウリ、竜騎士隊に来てくれて心から感謝するよ。是非そのフォーレイド正一位高等神官に連絡してみてくれるか。恐らく、俺の持つ伝手つてと重なる。これは使えるな」

 ニンマリと笑うマイリーに、カウリは頷いてシルフを呼び出した。



 半刻もせぬ内に、知らせを聞いて竜騎士隊の本部へ駆けつけて来たフォーレイド神官は、マイリーとも実は懇意にしている仲だったのだ。表立って言いふらしてはいないが彼の実家経由で繋がりがあり、詳しい事情を聞いたフォーレイド神官は苦笑いしつつ協力を約束してくれた。



 その場でルークの書いた草案を見せて、神殿側からの意見を聞く事になった。

「成る程、これは良く考えられてありますね。確かに……確かに新たな役職を一から作ってしまうと言うのは良い考えだ。既存の役職に就かせようとすれば、そこに居る人との軋轢が生じるからな」

「具体的に神殿内部の階級では、どう言った位置に付けるのが良いと思いますか?」

 腕を組んだフォーレイド神官は、しばらく考えてマイリーを見た。

「いや、そこは無理に神殿側に入れる必要は無いと思う。それこそ、竜神官とか竜司祭とかと言った呼び名で良いのでは? あるいは、竜の巫女とか。竜騎士と双璧を成す存在として正式に位置付けてしまえばいい。無理に神殿内部の役職の中に入れようとすれば、いきなりその役職に就く事になる。それでは、試験を受けて一つでも位を上げようとしている下にいる者達から無言の不平が出兼ねない。組織としてそれは良くない。あくまでも、在籍は竜騎士隊内部にするのが良かろうと思う。それならば、祭事に誰が来るかはそちらの裁量で判断出来るだろう」

「そうか。そうすれば、詳しい手続きも竜騎士隊内部で済むな」

 ルークが納得したように頷き、幾つか書類に書き込んだ。

「こういった役職を竜騎士隊内部で新たに作り、竜騎士と同等の扱いとする。それを正式な場で陛下の口から言って頂ければ、神殿側は特に反対もせず納得するだろう。陛下が認める身分の者が来るのであれば、竜騎士と同等の扱いをするのになんら問題は無かろう。もちろんその彼女達にも、それ相応の勉強はしてもらわなければならないでしょうがね。つまり、私にそのお役目をしろと仰りたいのでしょう?」

「話が早くて助かるよ。頼めるか?」

「まあ、ここまで聞いて断るほど、私も酷い人間では無いつもりだよ。それならば、その光の精霊魔法を使えるクラウディアも一緒に呼んで勉強させてやれば良い。彼女の噂は私も聞いていますよ。大僧正辺りは、彼女を自分の都合で動かす事だけを考えているでしょうが、光の精霊魔法を使える巫女は、はっきり言って貴重です。精霊王を頂点とする全体組織内部でも、彼女は高く評価されていますからね」

 目を見開くカウリに、フォーレイド神官は大きく頷いた。

「まあ、神殿内部でも正直に申し上げて派閥争いや勢力争いは色々とあります。良い加減にしろよと言いたくなるくらいにね。彼女達をそれらの諍いの理由にさせてはならない。なので、ある程度そう言った事から距離を置かせたいのです。彼女達にはディレント公爵様が後見人になって下さったと聞きました。良い事です。閣下なら神殿側の思惑から彼女達を守ってくださるでしょうからね」

「ご慧眼恐れ入ったよ」

 カウリが苦笑いしながらそう言い、大きなため息を吐いた。

「以前うっかり甘い言葉に乗って酷い目を見そうになって以来、もう二度と同じてつは踏まぬと誓って、頑張って勉強しているんですよ。あの時の恩は忘れていませんよ」

 フォーレイド神官の言葉に、カウリは顔を覆って笑っている。

「すごい剣幕だったもんなあ。俺、本気で殺されるかと思ったぞ」

「あはは、それに関しては心の底から謝るよ。知らなかったとは言え、自分を助けてくれた人に向かってずいぶんと言いたい放題だったからね」

「お気になさらず。俺は嫌な事はとっとと忘れる事にしてるんですよ。だって、いつまでも腹立てたり恨んだりするのって、体力使うし自分がしんどいだけでしょう? そんな元気があるなら目の前のもっと建設的な事に使いますって」

「良い考えだな。見習う事にしよう。では、何か動きがあればいつでも連絡して下さい。この話はまだ神殿内部ではしない方が良いのですよね?」

「ええ、それでお願いします。じゃあ、ここまでを一度陛下に相談してご意見をいただいて来ます。もしかしたら、陛下からそちらに直接連絡が行くかもしれませんね」

「ああ、了解です。そうか、そうして頂けると後々色々と楽になるな」

「ではそっちの根回しは任せてください。堂々と担当出来るように計らっておきます」

 ニンマリと笑うマイリーに、フォーレイド神官も同じくニンマリと笑い返した。

「じゃあ、何かあったらいつでもシルフを飛ばしてくれ」

 カウリの肩を叩いて、あっという間にフォーレイド神官は帰って行った。



「なんとかまとまりましたね。じゃあこれでひとまず終わりですかね」

 カウリの言葉に、マイリーも頷いた。

「じゃあ行ってくるよ。工事の方は任せるから上手くやってくれ」

「了解です。しかし使える予算を見て驚きましたよ、どれだけ贅沢出来るのやら」

 彼女達の為の部屋を用意する為に、使っていなかった四階を全面的に改装する事になったのだ。その責任者にヴィゴとカウリが当たる事になった、しかし、これは事実上カウリの担当となる。

「まあ、女性が暮らす部屋だ。出来る限り快適に過ごせるようにしてやってくれ」

 そう言って、書類の束を持ってマイリーとルークが出て行くのを見送り、カウリとヴィゴはそれぞれ立ち上がった。

「じゃあ、午後からは工事の業者が来るので、一緒に会ってください。詳しい話は俺がします」

「分かった。じゃあ先ずは食事に行こう」



 会議室を出て行く二人を見送ったブルーのシルフは、満足気に頷くとその場から消えてしまった。

 それを見ていたシルフ達も、嬉しそうに頷き合うと、くるりと回って次々と消えて行ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る