訓練所での再会と報告

 翌日は、精霊魔法訓練所へ行って来ても良いと言われ、大喜びで出かけたレイだった。しかし、カウリは別の用事があるらしく、その日はレイ一人だけがキルートと二人で訓練所へ向かったのだった。



 朝練で、ルークからマークとキムにはジャスミンの事は話しても良いと許可を貰っている。

 しかし、到着した訓練所にはまだ誰も来ておらず、レイはいつもの自習室を借りて本を探しに図書館へ向かった。

「おはよう。今日は早いんだな」

 高い所の本を取っていた時、背後からかけられた声に振り返ると、廊下でマークとキムが笑って手を振っているのが見えた。隣にはクラウディアとニーカもいる。

「おはよう。僕も今来た所だよ。いつもの自習室取ってあるからね」

「ああ、ありがとう。鞄を置いてくるよ」

 手を上げて自習室へ向かう四人を笑顔で見送って、レイは取り出した本を確認して残りの参考書を探しに別の本棚へ向かった。



 各自が山程の本を取って来て勉強を始めようとしたその時、小さく扉がノックされてレイは驚いた。

 扉の窓から、ジャスミンが笑顔で手を振っていたのだ。

「ジャスミン! ええ、来ても大丈夫なの?」

 レイの言葉に、マークとキムが驚いて手を止める。クラウディアとニーカも、驚いて慌てて立ち上がって扉を開いた。

「入ってよジャスミン。ねえ、良いの? 訓練所へ来ても?」

 ニーカの驚く声に、ジャスミンも嬉しそうに頷く。

「父上が、いつも通りに訓練所へ行きなさいって、そう言って下さったの。いつもの馬車で父上と一緒に来たのよ。今、父上はケレス学院長とお話しされてるわ。私はいつも通りにしてて良いんですって」

「そうなのね、良かった。もしかしたらもう来られないんじゃないかって思って心配していたのよ」

「うん、心配かけてごめんね。大丈夫よ。今のところ、驚くくらいいつも通りなのよ」

 手を取り合って大喜びしているニーカとジャスミンを見て。マークとキムは呆気に取られていた。

「なあ、レイルズ。何かあったのか? 一緒に来た父上って、ボナギル伯爵閣下の事だろう?」

 振り返ったキムにそう聞かれて、レイは頷いて手招きした。近寄って来た二人に、レイは満面の笑みで昨日の出来事を話した。



「ええ! 待ってくれよ……ジャスミンが? ジャスミンが竜の主だって?」

 叫んだきり絶句したキムと違い、マークは苦笑いして頷いている。

「待てよお前! 知ってたのか?」

「昨日の夕食の時、本部の食堂ではその話で持ちきりだったんだぞ。だけど、正式な扱いが決定するまでは内密だって事らしいから、外ではおおっぴらに話すなって言われたぞ。俺は逆に、お前が知らなかった事の方に驚きだよ」

 昨日は、マークは通常勤務だったのだが、キムは午後から休暇をもらって、自分の論文を書くために遅くまで夕食も食べずに図書館にこもっていたのだ。

 マークはキムも当然知っていると思っていたので、ここでゆっくりレイルズに詳しい話を聞こうと思って黙っていたのだ。

「仕方ないだろう。昨日は午後からずっと図書館にこもっていたんだぞ。食堂に行ったのも、かなり遅かったからさ」

「だけど……それじゃあジャスミンは成人したら竜騎士になるんだな」

 感心したようなマークの言葉に、レイは首を振った。

「え? じゃあどうするんだよ?」

 キムの質問に、レイはまだ誰にも言っちゃ駄目だよ、と念押しして、陛下のお考えを簡単に話した。



「前線に出ない、新たに設立する役職に就く司祭の役割を担う女性の竜の主。成る程。確かに、竜騎士様は上位の神官と同じ扱いで、精霊王の神殿の祭事の際などに、いつも駆り出されているもんな。それだけでも、確かに一年中ほぼ途切れる事なく仕事はあるって。さすがだなあ、そこに目を付けるか」

 感心したように呟くキムの言葉に、クラウディアとニーカも頷いている。

「じゃあ、ジャスミンは巫女になるの?」

 無邪気なレイの質問に、ジャスミンは首を傾げた。

「どうなのかしらね。もちろん、お祈りを覚えたり、神殿での祭事の為の色んな事を覚えないといけないと思うわ。身分については、陛下がお考えくださるからそれを待ちなさいって、昨日父上に言われたの」

「そうなのね。いつでも相談して、私に分かる事なら幾らでも教えて差し上げてよ」

 それを聞いたジャスミンは、嬉しそうに笑ってクラウディアに抱きついた。

 ニーカほどでは無いが、まだまだ彼女も小さい。しっかりと抱きとめたクラウディアは、満面の笑みになった。

「貴女に、幸多からん事を。何か、困った事があればいつでも言ってね。私達でよければ、話くらい幾らでも聞くわよ」

「ありがとう。あのね、父上が、お二人を今度お屋敷に招いてくださるって仰ってたわ。是非来てね」

 驚いて顔を見合わせたクラウディアとニーカだったが、何となく納得した。

 ニーカが、ジャスミンと同じ年齢の竜の主であることは勿論、光の精霊を使いこなすクラウディアとも、これから先三人は、神殿での祭事で何度も顔を合わせる事になるだろう。恐らく、それを見越しての招待なのだろう。

 横で聞いていたマークとキムも、同じ結論に到達し、納得していた。



「なんだか、この部屋すごい奴らばかりになったな。考えたら、俺が一番平凡な凡人決定だな」

 苦笑いするキムの言葉に、マークとレイが同時に振り返る。

「だからお前らのその同調ぶりは一体何なんだよ!」

 仰け反って叫ぶキムに、二人はまた見事なまでに同時にため息を吐いた。

「あのな、寝言は寝てから言えよな。精霊魔法の合成と発動の確率の論文が、大学院でどれだけ評価されてると思ってるんだよ。それを一人で組み立てたお前が凡人? 凡人って言葉の意味を、辞書で調べて来いってな」

 呆れたようなマークの言葉に、レイも大きく頷く。

「僕も、図書館に所蔵されていたキムの書いた過去の論文、全部読ませてもらったよ。凄い。あれだけの事を考えられるなんて、僕には絶対無理。尊敬するよ」

 しかし、キムはレイの言葉に驚いて今度は身を乗り出した。

「ええ、ちょっと待って。お前、図書館にあった論文。全部読んだって?」

「うん、司書の方にお願いして、保管されている分は全部持って来てもらったんだよ。えっと、最初の論文から今で四年目だよね。全部で六本でしょう?」

「うわあ、お前……そんな暇が何処にあったんだよ。あれを全部読むだけでも、相当かかると思うけどなあ」

「まあ、字を読むのは得意だからね」

 誤魔化すように肩を竦める彼を、キムは驚きの目で見つめていた。



 最初の論文は、思いつきを勢いだけで書いたもので、今となっては存在そのものを消して欲しいくらいに恥ずかしい論文だ。

「あれをレイルズに読まれたってか……うわあ、俺、恥ずか死ねる」

 顔を覆って呻くようにそう言ったキムを見て。部屋は笑いに包まれたのだった。




 一方、応接室ではボナギル伯爵が、ケレス学院長と膝を付き合わせて昨日の詳しい話をしていた。



 ボナギル伯爵は、元々ケレス学院長が設立した基金の資金面でかなりの後援をしている。つまり、精霊魔法に適性のある子が恵まれない家庭の子だった場合、学院の寮への入寮後の日常生活での支援をしているのだ。

 それだけでは無く、一般の貧しい家庭への支援も積極的に行なっている。

 訓練所そのものは王立なので資金面では問題は無いが、そこに通う子供達は生活しなければならない。貧しい家庭の子の場合は、殆どが幼い頃から働く事になる為、そもそも学校に通わせてもらえる子は稀だ。いっそ神殿に出家してくれれば堂々と支援を受けられるのだが、個人宅の場合は中々支援が行き届かない事が多い。

 その為、親を説得して多少無理してでも学生寮に入れるのだ。勿論、働き手を失う親への支援は必要な場合は、担当の基金や部署に紹介したりもする。

 そんな伯爵だったので、ケレス学院長とは旧知の仲だ。そして実は飲み仲間でもあった。



「しかし、まさか、あなたが引き取った子が、竜の主になるとはね」

 ケレス学院長の感心したような言葉に、伯爵も苦笑いしている。

「最初は身勝手な親達に見捨てられた可哀想な子だった。正直言って、見るに見兼ねて引き受けた子だったんだよ。その彼女が竜の主とはね。本当に、まだ夢を見ているみたいだよ」

「じゃあ、正式に彼女の身分が決定したら、その時点で陛下の口から発表されるわけか。十三歳の少女が竜の主になったと」

「陛下はそのおつもりだそうだ。元々、それはあのニーカの為に考えておられた事だそうだから、やや神殿よりの扱いになっている。なので、竜騎士隊のマイリー様とルーク様が中心になって、詳しい内容を詰めて下さっている。もうどうなるかは……それこそ、精霊王しかご存知ないよ」

「大変だな」

「こんな大変なら、いくらでも喜んで引き受けさせてもらうよ。荷物は重いだろうが、やり甲斐のある重みだよ」

「貴方に幸多からん事を。何かあればいつでも遠慮なく相談してくれ、精霊魔法訓練所および、精霊魔法学院は、大学院まで含めて全面的に協力させてもらうよ」

「心強い言葉に感謝するよ。とにかくまずは精霊魔法について詳しく学ばせるようにとのご命令だ。それは私では全く役に立たないのでな。全面的にお任せするよ」

「ああ、任せろ。そうなると、教科の組み立てをもう少し考えるべきかな? ふむ、彼女は光の精霊魔法への適性もあったからな。もう一度改めて確認してみよう。恐らく適性はもっと上がっているはずだからな」

「任せる」

 伯爵の短いその言葉には、多くの気持ちが込められていたのだった。

 そんな彼を、ケレス学院長は眩しいものでも見るかの様に目を細めて見つめていた。



 伯爵は全く気付いていないが、彼の周りには、何人ものシルフ達が次々に現れて彼に感謝のキスを贈っていたのだ。

 ジャスミンを保護し、まっすぐに愛してくれた伯爵の事を、精霊達は感謝して彼の周りで見守っているのだ。

 ごく稀に、彼のように全く精霊魔法に適正が無いのに精霊に愛される人がいる。

 その多くは誠実で信じるに足る人物で、精霊達から愛される事で運が良くなったり、巡り合わせが良くなったりするのだ。



「羨ましい限りだな」

 小さく笑ってそう呟いたケレス学院長は、自分にキスするシルフに笑いかけてゆっくりと立ち上がった。

 彼女の将来がどの様になるのかは自分には分からない。それは、自分が関わるべき問題では無い。だが、この精霊魔法訓練所は、彼女の成長の一助になる事は出来るだろう。

 頭の中でこれからの事を考えながら、伯爵と改めてしっかりと握手を交わしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る