草案と少女達の約束

「さてと、これからが大変だぞ。具体的な仕事の割り振りを含めて、まずは一度まとめてみなくてはなるまい」

 ヴィゴが腕を組んでそう言うのを聞き、マイリーとルークは顔を見合わせて頷き合った。

「まさか、こんなにも早く役に立つとはね」

 苦笑いしながらのルークの言葉に、マイリーはニンマリと笑って彼の背中を叩いた。

「だから言っただろう、何事も事前準備は怠るなと。とにかく持ってきてくれ、あの後どうなった?」

「一応まとめてあります。だけど、これは俺達側からの考えであって神殿側の意見は一切入っていませんよ」

「だから良いんだよ。一旦まとめてしまうから改めて見せてくれるか」

「了解。それじゃあ持ってきますので待っててください」

 そう言って当然のように出て行くルークを、マイリー以外の全員が呆然と見送った。



「マイリー、お前まさか……」

 まだ呆然としながら訪ねたヴィゴの言葉に、振り返ったマイリーは肩を竦めた。

「以前、お前から相談を受けて以降、俺なりに色々と考えていたんだよ。万一、ジャスミンのような少女が竜の主になったらどうするか、とね」

「じゃあ、さっきの陛下のお考えって?」

 ロベリオの驚く声に、マイリーは首を振った。

「いや。以前一度だけ、我が国には女性の竜の主が出たと言う話は聞きませんね。という話はしたがな。どちらかと言うと、陛下はニーカの事を前提に考えておられたようだな。それに今ルークが取りに行ってくれたのは、あくまで草案であって正式な文書では無い。俺が以前書いた草案に、ルークが加筆修正してくれたものさ。この後二人でまとめようと言っていたきりなので、彼が書いてくれたものはまだ俺も見ていない。だけど、今日の話を聞くかぎり……俺達が考えていた事と陛下のお考えはほとんど変わらないと思う。後ほど、まとめたものを陛下にもお見せして一度ご意見をお聞きするよ」

「さすがマイリー、凄すぎる」

「そんな事、俺達考えもしませんでした」

 感心したようにそう言うロベリオとユージンの横で、タドラとレイは無言で頷いていた。

「お前達も読んで意見があったら遠慮なく聞かせてくれ。全く新しい役職だ。考える頭は多い方が良い」

 書類の束を持って戻って来たルークを見て、全員が会議室へ移動したのだった。




 全員が、まずは無言で順番に渡された書類を回し読みした。

「よく考えられておる。これならば神殿側も納得するのではないか?」

 唸るようなヴィゴの言葉に、ロベリオとユージンも書類から目を離さないまま頷く。

「ほう。俺の時より、かなり神殿に配慮した内容になっているな」

 笑いを含んだマイリーの言葉に、ルークも顔を上げて笑っている。

「だって、幾ら何でも最初のマイリーの草案では、はっきり言って神殿に喧嘩売ってるのか?って内容でしたからね」

「そうなのか?」

 ヴィゴの言葉に、ルークは分けてあった別の束を渡した。

「じゃあ、こっちも読んでみてくださいよ。ああ、混ざらないように俺のは一旦回収しますね」

 ここでも、レイルズはまだ一人だけ全部読めていなくて、彼の前にルークが書いた草案が束ねて置かれた。

 皆がマイリーの書いたものを見て苦笑いするのを横目に、レイは必死になってルークが書いた草案を読んでいった。



『どうだ? 分かるか?』

 書類を覗き込みながら聞いてくれたブルーのシルフに、レイは小さなため息を吐いて頷いた。

「読むのはちょっと大変だけど、もちろん分かるよ。だけど……これを考えて一から書けって言われたら絶対無理だと思う」

 ようやく読み終えて、情けなさそうに呟くのを見て、苦笑いしたルークはレイの背中を叩いた。

「ここへ来てすぐの頃のお前だったら、これを読む事すら出来なかったと思うぞ。大丈夫だよ。お前だって、これくらいすぐに出来るようになるさ」

「そうかなあ。全然自信無いや」

 そう呟いて、大きく深呼吸したレイは、マイリーが書いた分の前半部分を受け取り読み始めた。しかし途中で止まってしまい、レイはもう一度小さくため息を吐いた。



 読ませてもらったルークの草案は、かなり具体的で尚且つ筋道立てた書き方をしてくれているので、レイが読んでもすぐに理解出来た。時々わからない事があれば、質問すればすぐに教えてもらえた。

 しかし、マイリーの草案は、文章がまとまっておらずかなり雑然とした書き方をしている。これは、ある程度考えてから書き始めるルークと、考えながらひたすら文字にして残しておき、最後に一気にまとめていくと言う、マイリーの書き方や考え方の違いに寄るところが大きい。

 ヴィゴ達はそんな彼のやり方に慣れているので、当たり前のように書かれたものを読み解くが、書類そのものにまだ慣れていないレイに、いきなりそれをしろと言うのはかなり無理があった。

 前半に目を通して、既に泣きそうになったレイに気づいてロベリオとユージンが左右に座る。

 二人は白紙の紙に幾つかの文章をサラサラと書き写して、レイに小さな声で読み解き方を教え始めた。

 ルークはカウリやヴィゴ、マイリーと一緒に新たな紙に相談しながらメモを取り始めていたからだ。

 時折詳しい説明をしながら、一通り読み終えたレイは、苦笑いしながらロベリオとユージンにお礼を言った。

「よく分かりました。ありがとうございます。うん、ルークが言った通りだね。こっちはかなり乱暴だと思います」

 マイリーが書いた書類を置いて、真面目な顔でそう言うレイに、話をしていたマイリーが堪えきれずに吹きだす。

「おう、容赦無い評価をありがとうな。まあ、それはあくまで本音だよ。それを如何に上手な文章にして誤魔化してやり、丸ごと相手に飲ませるのか、って所が腕の見せ所なんだぞ」

 胸を張るマイリーを見て、レイはもう一度ため息を吐いた。

「それは自慢気に言う事じゃ無いと思います」

 またしても真面目なその答えに、マイリーだけでなく、カウリとルークも隣で揃って吹き出した。

「言うようになったな。じゃあこうしよう。丁度良い機会だから、レイルズにも草稿からの文書作成をさせてみましょう。実際には使いませんが、出来上がったものを添削してやれば、それは良い経験になるでしょう」

 ルークの提案に、マイリーも頷く。

「同じ事を考えていたな。これなら自分にも関わりがあるし、なんらかの提案を考えるにしても、やり易いと思うぞ」

「じゃあ決定だな。後でこれの写しを渡してやるから、一度自分なりにまとめてみろよ。質問は随時受け付けるからな」

  当然のように言われて、レイは悲鳴を上げて机に突っ伏したのだった。


『大丈夫だよ』

『私達も教えてあげるからね』


 ニコスのシルフ達はそう言ってくれたが、実際に考えること自体は、レイがやらねばならない。彼女達が教えてくれるのは、あくまでもやり方そのものなのだ。

「うう、頑張ります……」

 その、あまりにも情けなさそうなその声に、ルークが小さく笑って慰めるように背中を叩いてくれた。






 一方神殿に戻ったクラウディアとニーカは、急いで夕食を食べてから、夜のお祈りに参加した。

 それが終われば交代で礼拝堂の掃除を行い、また蝋燭の準備をする。全部終わって自由時間になる頃には、二人共疲れ果てていた。



「なんだか長い一日だったわね」

「そうね、本当に長い一日だったわ」



 部屋に戻った二人は、黙って部屋に結界を張ってから、ベッドに並んで座ってクラウディアが今日の出来事を話した。

「……それで、それで私……」

 竜の主が彼女じゃなくて良かったとレイルズが言った事を聞かされたニーカは、呆れたように小さくため息を吐いて彼女を見た。一緒に話を聞いていたクロサイトのシルフも、苦笑いして頷いている。

「レイルズもそれはちょっと軽率だと思うわ。仮にそう思っていたにしても、なんでも言っていいわけじゃ無いと思うんだけどなあ」

「あ、彼もうっかり口に出しちゃったみたいで、私が聞き返したら慌てていたわ」

「だったら尚の事軽率よ。もっとしっかりしないと、これから先が思いやられるわ」

 またしても、どちらが年上か分からない言葉だったが、クラウディアも笑って頷くだけだ。

「でも、変に誤魔化したりせず正直に話してくれたわ、どうしてそう思ったのかって……」

「彼はなんて言ったの?」

「さっき、貴方が言った事と変わらないわ。戦場へ、私が行くと思っただけで我慢出来ないって言われた。それから……竜騎士様の役割についても少しだけ話してくれたわ。それから、軍人がどう言う立場にあるのかもね」

「それって要するに……出撃命令が出たら、拒否権が無いって事よね?」

 驚くクラウディアに、ニーカは頷いて見せた。

「だって、私がタガルノにいた時が、まさにそれだったもの。猊下から直接命令されたわ。ファンの砦を落として見せよ。ってね。精霊魔法が何たるかさえも知らなかった十二歳の私に、そんな事出来る訳が無いって事くらい、少し考えれば分かる事なのにね。でも、あの時の私に拒否権なんて無かったわ。国が変わっても軍人なんて基本的には同じよ。違うのは、例えば残される家族への補償だったり、実際に本人が前線へ出る前には、充分な教育と訓練がここでは行われているって事ね。だけど、その違いは果てしなく大きいわよ」

 頷く事しか出来ないクラウディアに、ニーカはニンマリと笑った。

「それで、その後は?」

「えっと……」

 やや口ごもりつつ、レイルズは、それも含めて簡単に死ぬつもりはないと言った事や、今ではこの国を守りたいと思っていると言った話をした。



「それで?」



 何か言いたげなニーカの問いに、クラウディアは俯いた。

「黙って聞いていたのだけれど、その……どうしても我慢出来なかったの」

「うん。それで?」

「それでつい叫んじゃったの、私の気持ちはどうなるんだって」

 驚くニーカに、クラウディアは必死になって詰め寄った。

「だってそうでしょう? ただ黙って守られるだけなんて私は嫌よ。そりゃあ私は力も無いし、ラプトルに乗ったり、剣を持つ事なんて出来やしないわ。だけど、じゃあ私は何の為に精霊魔法を習っているの? 私だって、私だって彼を守りたいって思っているのに!」

 必死になって叫ぶクラウディアの言葉を聞いて、ニーカは無言で顔を覆った。

「ごめん、ちょっとだけ待ってくれる」

 小さくそう言うと、くるりと後ろを向き、クラウディアに背中を向けて床にしゃがみ込んでしまった。

「あの……ニーカ? どうしたの、何処か具合でも悪い?」

 心配そうに覗き込むと、肩が震えている。それだけではなく苦しげに声を殺しているのに気が付き、本気で何処か具合が悪くなったのだと思い慌てた。

「ど、どうしましょう。あ、誰か……」

「待って。待ってちょうだい。誰も呼ばないで。大丈夫だから」

 突然手を掴まれて、クラウディアはもう一度ニーカを覗き込んだ。

 その瞬間、ニーカはクラウディアに抱きついて声を上げて大笑いしたのだ。

「もう、貴女ったら最高ね。どれだけレイルズの事が大好きなのよ」

「え、え、ちょっと……」

「それで、それでキスしたのね?」

 唐突に、クラウディアは真っ赤になった。

 それを見て、ニーカはまた笑い転げる。

「もう知らない!」

「ああ、逃げないで。ねえ、レイルズはなんて言ってくれたの?」

「知らない!」

「そんな事言わずに教えてよ。ねえってば」

「しーらーなーいー!」

 笑った二人は、そのまま勢いよくベッドに倒れこんだ。

 ベッドに転がり天井を向いて、揃って気がすむまで笑い転げたのだった。



「絶対に、絶対に離しちゃ駄目よ」

 ようやく笑いが収まり、二人揃って放心したようにそのまま天井を見上げていたのだが、ニーカが小さな声でポツリと呟いた。

「ええ、もちろんよ。あのね、貴女には話すわ。絶対、絶対に誰にも言わないでね」

 同じく小さな声で答えたクラウディアは、天井を見上げたまま、口を開いた。

「私は誓った。この恋を生涯一度の恋とするって。もう迷わないわ。何があっても、誰に何を言われても、ただ彼一人を愛するって、叶わぬ恋ならそれで良いって精霊王と女神オフィーリアに誓ったの」

 驚いて起き上がったニーカに、横になったままクラウディアは笑って見せた。

「貴女って人は……」

「でも、私はまだまだ未熟者だから、これから先、やっぱり揺れる事があるかもしれない。彼を疑いそうになる事だってあるかもしれない。でも決めたの。生涯一度、一生かけて彼一人を愛するって。だから、もしも私が揺れていたら叱ってね。しっかりしろって」

「分かった、見届けてあげる」

「ありがとう」



 そっと伸ばした手を、お互いに縋るように握り合う。



「だけど、絶対に諦めちゃ駄目よ。ほら、公爵様が下さった本にも書いてあったわよね、主人公の女の子が迷っている時に、先生が言ってくれた言葉。諦めずに、苦難の道を進む者だけが、最後の場所に到達出来るんだって。応援する。私だけじゃ無いわ。公爵様だって、竜騎士隊の皆様だって応援してくださってるのよ。貴女が最初から諦めてどうするの? 絶対幸せになるんだって思わないと」

 ニーカのその言葉に、クラウディアは泣きそうな顔で、それでも笑った。

「ありがとうニーカ、大好きよ。貴女がいてくれるだけで、本当に私は勇気を貰えるわ。約束する。絶対に諦めない」

「約束よ。絶対に幸せになるって」

 小指を差し出されたクラウディアは、目を瞬いて笑顔になった。

「約束約束この先ずっと、絆はずっと結ばれたまま」

 声を揃えて歌った二人は指を離した後、また声を上げて笑い合い、もう一度しっかりと抱き合ったのだった。



 そんな二人を窓辺に座ったらブルーのシルフとクロサイトにシルフが黙って笑顔で見つめていたのだった。

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