二人の覚悟
「ねえ、ちょっと待ってくれる」
掃除道具を抱えて渡り廊下を歩いていた二人だったが、間も無くお城に着くところで、突然ニーカが足を止めた。
「どうしたの?」
「遅くなりついで。ちょっとだけ時間をもらっても良いですか?」
振り返ったニーカは、自分達の護衛について来てくれた女性兵士に向かってそうお願いした。
「もちろん構いませんよ。どうぞごゆっくり」
頷く彼女を見て、ニーカは渡り廊下の柱の根元の段差部分に座った。足元に抱えていた荷物を置くのを見て、クラウディアも荷物を置いて隣に座った。
それを見た護衛の兵士は少し離れて待っていてくれた。
そんな彼女に一礼したニーカは、隣に座るクラウディアを見た。
「ジャスミンの事なんだけど、レイルズから何か聞いた?」
ニーカは、帰る際にマイリーから、ジャスミンの事は正式に公表するまでは他言しないように言われたのだ。しかし、現場に立ち会ったクラウディアは別だろう。
「詳しくは聞かなかったわ、だけど陛下が何か考えて下さったって言っていたから、あまり心配はしていないけれどね」
「そう、じゃあ詳しくは言わないけど、大丈夫よ。彼女が怖がっていたみたいに、ジャスミンも私も、竜騎士にはならないから」
キッパリと断言するニーカのその言葉に、クラウディアは驚いて彼女を改めて見つめた。
「だって、だって……竜の主なのよ?」
彼女の中でさえ、竜の主になる人は必ず竜騎士になるのだと言う思い込みがある。
「あのね、軍人としての竜の主じゃなくて、前線には出ない、聖職者としての竜の主の役割を考えて下さるんだって。要するに、全く新しい役職を一つ作っちゃうんだって。凄いわよね。だけど、考えたらそれが陛下のお仕事なんだものね。信じて全てお任せするわ。私も、ジャスミンも、竜騎士にはなりたくないって、はっきり申し上げて来たの。陛下や竜騎士隊の皆は分かってくれたわ。ここは本当に良い国ね。王様が、直接どうしたら良いか考えて下さるんだもの。私、私この国へ来れて本当に良かったわ」
晴れ晴れと笑うニーカを見て、クラウディアは突然泣き出した。顔を覆って、声を上げて泣き出したのだ。
驚いた護衛の兵士が駆け寄って来るが、振り返ったニーカが小さく笑って首を振るのを見て、一礼してまた下がってくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから、顔を覆って泣いているクラウディアを横から手を伸ばしてそっと抱きしめた。
「貴女が考えていた事、当てて見せようか。どうして、どうして竜の主が自分じゃ無かったんだって、そう思ったよね」
俯いたまま息を飲むクラウディアのつむじに、ニーカは笑ってキスを贈った。
「そりゃあ思うわよね。そうなったら、誰に
「そ、そんな事……」
しゃくりあげながら、真っ赤な目で顔を上げたクラウディアは、自分を見ている優しいニーカの笑顔に言葉を失った。
「でもごめんね。あの時、第二竜舎で私は思ったわ。選ばれたのが貴女じゃなくて良かったって……」
また息を飲むクラウディアに、ニーカは晴れ晴れと笑った。
「誤解しないでね。別に意地悪で言ってるんじゃないわ」
「それは分かってる……じゃあ、どうしてか聞いても良い?」
遠慮がちなクラウディアの質問に、ニーカは一つ大きく息を吸った。
目を閉じて、黙ったまま俯いてしまう。
「だって、クラウディアが竜騎士になったら、あの戦場に貴女が行く事になったらどうしようって、咄嗟にそう考えた自分がものすごく嫌だった。泣いて、ルチルに抱きついて泣いているジャスミンが可哀想だった。女の子なのに、あの戦場へ行かなきゃいけないのかって思って、心の底から気の毒だって思ったわ。だけど、だけど陛下は、私達が戦場へ出るのは無理だってちゃんと考えて下さった。これから先どうなるかは分からないけど、それでもやっぱり……勝手な思いかもしれないけど、貴女には自由で居てほしいわ」
「……自由?」
泣き止んだクラウディアの言葉に、ニーカはもう一度彼女を横からしっかりと抱きしめた。
「竜と共に生きるって事の意味を、今でも時々考えるわ。スマイリーの方が圧倒的に寿命は長い。私はいずれあの子を置いて精霊王の元へ行かなきゃいけない日がくるわ。その時、置いていくあの子に何を残せるだろうって、そう考えるの」
驚きに声もないクラウディアに、またニーカは笑う。
「ほら、街の神殿にいた時、時々来ていた、酔っ払いのおじいさんが言っていたのを覚えている? 結婚は人生最高の時であると同時に、人生の墓場でもある、って言うあれ」
「ええ、覚えているわ、伴侶がいる事の幸せと不幸せを、毎回延々と語って下さったわね」
「面白かったけど、あれってそのまま相手が竜でも同じ事なのよ」
目を瞬くクラウディアに、笑ったニーカはもたれかかった。
「苦楽を共にして、時に助け合い、時に喧嘩もして……分かち合って支え合って人生を共に歩む魂の伴侶。あの子が笑ってくれたらそれだけで幸せよ。ずっと一緒に居たいって、素直にそう思えるわ。ね、同じでしょう?」
「確かに、そうかもしれないわね。私には分からないけれど……」
「竜の主になる事で、手に入れる力は強大よ。あの子の力がそのまま私の力になるんだもの。だけど、力には責任が併せて一緒に来るのよ。あの子に出逢えて、私の人生は本当に激変したわ。レイルズだってそうだったって言ってたものね。きっと、ジャスミンだって、これから先、沢山のものを得る代わりに……沢山のものを失くすわ。普通の女の子の生活はもう絶対に望めない。神殿での司祭としての役目。もちろん誰にでも出来る事じゃない。でもそれが幸せかどうかなんて、本人にしか分からない。出来ればそんな思いは、貴女にはして欲しくない」
自分にもたれかかる小さな身体を、クラウディアは抱きしめ返した。
「大好きよニーカ。私の大事な妹。どうか、貴女のこれからに幸多からんことを。ジャスミンにも精霊王と女神オフィーリアの加護があるように毎日祈るわ」
呟くようなその言葉に、ニーカはもう一度笑って額にキスをした。
「私も大好きよディア。貴女はどうか幸せになってね。彼の手を自分から絶対に離しちゃダメよ」
真顔でそう言われて、クラウディアは小さく頷いた。
「あのね、後で聞いてくれる。私……私、今から考えたら、彼にとんでもない事を言ったような気がするの……」
後ろに控えている護衛の兵士を横目で見て、クラウディアは小さな声でそう言った。
「それってもしかして、レイルズと二人で隣の部屋に行っていた間の事?」
下から覗き込まれて、唐突にクラウディアは耳まで真っ赤になった。
あの時のルークとシルフ達の会話を思い出したニーカは、それを見て思わず声を上げて笑った。
「ちょっと、どうして笑うのよ!」
「だって、だって、ディアったら……」
堪えきれずに吹き出して、その場でしゃがみこんでしまう。
「もう知らない!」
叫んだクラウディアは足元に置いた自分の荷物を抱えて立ち上がると、早足で本部の方へ向かったのだ。
「ああ、待ってよディア。置いていかないでって。ってか、そっちへ行ってどうするのよ? 本部に泊まらせてもらうの?」
慌てて荷物を抱えたニーカも、まだ笑いながら早足で彼女の後を追いかけ、自分がどっちを向いていたか気が付いたクラウディアは声を上げて笑い、護衛の兵士が笑って見ている前で、二人は笑いながらしばしの追いかけっこを楽しんだのだった。
そんな彼女達を、渡り廊下の柱の彫像に座ったブルーのシルフとクロサイトの使いのシルフが愛しげにずっと見守っていたのだった。
『良い主に巡り会えたな』
『もちろん、ニーカは僕にとっての全てだからね』
得意気に胸を張るクロサイトのシルフに、ブルーのシルフは目を細めた。
『幼き主と愛しき竜に、我からの祝福を』
そっとキスを贈られたクロサイトのシルフは、嬉しそうに声を上げて笑い、それからそっと跪いてブルーのシルフの指先にキスを贈った。
『偉大なる古竜とその主に最大の敬意と感謝を贈ります。僕と主のこれからをどうぞお導きください』
鷹揚に頷くブルーのシルフの周りには、数えきれないくらいの、シルフや光の精霊達が現れていた。
『我ら、共に行こう。愛しき主と共に』
『愛しき主と共に』
クロサイトが答えた瞬間、周りにいたシルフや光の精霊達は大喜びで手を叩いたり手を取り合ってくるりくるりと踊っていたのだった。
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